休日のゆっくりした時間
「ねぇ、お茶くらい出してくれないの?」椅子に座った葉月が我が者顔で俺に向かって言ってくる。
「だから、何でお前がここにいるんだよ?」
当たり前のように俺の家にズカズカ入ってきたと思ったら、こんな感じだ。
「だって、アッキーが今日はメガネと遊びに出掛けるって言うから〜」
口をとんがらせながら、葉月は目の前にあったお菓子をポリポリと食べ始める。
いや、何で俺の家の場所を知ってるんだよ!?
俺がカリカリと頭を描いてると、その小脇から歩君がひょこっと現れる。
「粗茶ですが。」
「あら、どうも〜気が効く子ね。」
葉月はお茶を手に取るとアツッ!!と叫ぶ。
「もう熱くて飲めないじゃない!」
「俺の家はその温度が普通なんだよ。文句言うなら引っ込めるぞ。」
俺は葉月にニヤリと笑ってみせた。
その時、プルルルルルルルと家の電話が鳴る。
「東堂か?」俺は慌てて電話を取った。
『…私だ。星野だ。』
「あっ部長でしたか。どうされたんですか?」
『昨日、川口と飲みに行ったんだってな?』
「そうですが…」
『あいつはしばらく謹慎処分を下す事にした。個人情報の流出があまりにも酷いので、外部の人間ともしばらく接触禁止だ。以後、川口との関わりには気を付けるように。』
「えっ昨日の今日でですか?」
『そうだ。わかったな?』
「はっはい…」俺がしぶしぶ返事を返すと星野部長からの電話はすぐに切れる。
受話器を置くと葉月が動揺してる俺の様子を見て、クスクスと意地悪く笑っている声が聞こえてきた。
「どっちが本物で、どっちが偽物なのかしら…?」
「はぁ? 今なんて…」
ピンポーン
玄関のインターホンチャイムが俺の言葉をかき消す。
「あっ!アッキーだわ〜♡ 」
俺よりも先にドアに向かって行ったのは葉月だった。
「おいコラ!勝手に…」
玄関のドアが開くと携帯を弄っていた東堂が顔を上げる。
「やっと来たか。」
俺は東堂と歩君、なぜか葉月も車に乗せて、腹山さんの家へ向かった。
腹山さんの家は広く大きく、何処が入口なのかだいぶ迷ったが、ようやく表札が見える門の前を見つけることができた。
俺達は近くの駐車場に車を停めて、腹山さんの家のチャイムを鳴らす。
その間、葉月が怪訝な表情で首を傾げていた。
「…はら…やま? ねぇ? 腹山ってあのルチル アル・コーンの腹山じゃないでしょうね?」
「えっ? その腹山さんだけど…?」
「えっ! あの人なの!? うわぁ〜私、あの人苦手なんだぁ〜」
葉月が大袈裟なほど頭を抱える。
「アッキー!ごめん! 私は先に帰らせて貰うね。」
そういうと葉月はそそくさと駅の方向に向かって走って行ってしまった。
いつもあんなに、東堂と一緒にいたがる葉月が、こんな理由で帰るとは珍しい。
そんなに腹山さんが嫌いなのか…
その時、門の扉がガチャリと開く。
「お待ちしておりました。皆様方。」
そう言って出てきたのは、背の高い黒服の執事さん?が出て来られた。
執事さんに連れられて俺達3人は門の中を進む。
庭が随分と広い。
玄関の扉まで辿り着くのに、どれだけ歩いたことか。
庭にはいくつも見慣れない装置や道具の類いがあったように思う。
どれも腹山さんが発明したものなのだろう。
腹山さんの家は土地の広さの割に、中心にある家はこじんまりとしていた。
広い玄関で靴を脱ぐと、また長い廊下を歩く。
「旦那様はこの中です。」
執事さんはノックすると木製の扉をガチャリと開けた。
部屋の中は本の書斎になっているらしく、天井が見えてこないほど高い壁にズラっと本が敷き詰められていた。
そんな本棚から本棚へ飛び回る人影が見える。
「旦那様〜東堂様が来られましたよ〜」
執事さんがその人影に向かって大きな声で話し掛ける。
「わかった〜」
高い所から、そんな声が返ってきた。
人影が俺達に向かって降りてくる。
まるでモモンガが手足を広げて、ゆっくり降りてくるように地面に着地した。
「いらっしゃい。」
モモンガのような衣装を着た腹山さんが俺達を見上げながらニコッと笑う。
「こんにちは〜」
腹山さんは俺達を中央のリビングへと案内してくれた。
リビングは全ての家具や壁がウォールナットで出来たオシャレで木材の暖かみを感じる広い部屋だった。
チラホラとテーブルや棚に覗き出る黒色の機材等は腹山さんが発明した物だろうか?
どれも見た事ないものだらけだった。
「オヌシ達は人生をやり直したいと思ったことはないかね?
あるいは今後どんな人生を歩むか?知りたいと思ったことは?」
腹山さんの問いに歩君も東堂も反応を示さないので、俺は少し考えて話す。
「う〜ん、まぁ1度は考えたことはありますよね。」
「じゃろ?それをリアルに体験できるゲームを作ってみたのじゃ。やってみんかね?」
腹山さんはリビングの中央にあるテレビモニターの前に機材を設置し始める。
そして、歩君と東堂に白いヘルメットを手渡す。
「これを被るとオヌシ達の性格や思考を機械にスキャンさせて、ゲーム内にオヌシ達の分身が生まれる。」
歩君がヘルメットを被ってしばらくするとテレビモニターに60歳ぐらいの初老の男性が現れた。
東堂の場合は、逆に10歳ぐらいの少年がテレビモニターに映る。
「わぁ!凄い!これが僕なんだ!?」
「なんで、歩君おじいちゃんなんだ?」
「おそらく、今後の自分の人生を見据えているのだろう。この歳で色々と考えておるようじゃな。」
「やーい東堂、僕よりガキなんだなぁ〜」
「うるさい。なんで俺が子供なんだ!? このゲームおかしいんじゃないか?」
「…おそらく、オヌシはこの頃に戻ってやり直したいことがあるのじゃろ。ここから時が止まっておるようじゃ。」
「…そんなことはない。俺はこれぐらいの歳のことは、何も覚えてない。」
「そうか。まぁ自分の分身を操作してみて、色々と体験してみなさい。何か発見があるかもしれないしの。」
腹山さんはそう言うと奥の部屋に歩いて行ってしまう。
「オヌシには別のものを試して貰いたい。」
腹山さんは俺に向かって手招きする。
ソファーや小さなテレビモニターがある部屋のテーブルの上には、クルクルと動く水晶台が置かれている。
「異能者の人間だけが遊べるゲームじゃ。まだ試作段階じゃがの。異能者が異能を持って生まれたのに、自由に使えないことは酷なことだと思っての。」
腹山さんは機材の上でクルクル回る水晶に電源タブを差し込んだ。
「このゲームの中では自由に使えると?」
まぁ確かに異能警察や公的に許されている職種以外は、異能は使えない社会になっている。
異能者はアンティアが発現すると直ちに、異能止めリングを装着することが法律で義務付けられているからだ。
「このゲーム内では、異能止めリングを装着していたとしても、異能者の能力を分析して、反映させることができる。我は異能者ではないから、テストプレイがなかなかできなくてな。」
ホレと腹山氏に手袋を手渡される。
俺はその手袋を装着した。
なんかゴワゴワして気持ち悪いな。
小さなモニターに俺のキャラクターが反映される。
「異能は使えるかの?」
俺はジャンプしてみた。するとキャラクターは空を駆け上り始める。
「本当だ。凄い!俺の異能が反映されてる。」
「ゲームの中では異能者も自由になれる。その方が面白いじゃろ?
我は面白いものが好きなんじゃ。」
と腹山さんは目を細める。
「面白いこととは何なのか?そればかり考えてるのが我だ。
非日常を味わうこと、新鮮な新しい物に出会うことが面白いことだと我は思う。
その為に必要なことは何か?
それは発展していくことだという答えに我は至った。だから我は発明品を作り続けている。」
「…発展ですか。あまり文明の発展は良いことではないとカリプソフィアが判断し、制御しているのにですか?」
「そうじゃな。文明レベルがこれ以上に上がらないように新しい発明品の類は市場では出回らないようになっている。ネットで出店もできん。他社とも契約もできないようになっている。」
画面に映ったキャラクターの俺は地面へと舞い戻ってきた。
「我は統治者になって、そのカリプソフィアのやり方を変えていきたいんじゃ。時代は変わろうとしている。
我が選ばれたということは、少数であろうと我と似たような者が今増えてきていると考えている。
あれは民集が潜在的に求めている人材を情報収集して分析して、民集の理想像に一致してる人材をピックアップするからの。」
「なるほど…それで今、積極的に選挙活動なさっているんですね。」
まぁ、カリプソフィアが選んだ人物なのだから色々と世の中を良くしていこうと考えてる人間なのは当たり前だよな。
「オヌシは純粋な気持ちで人々の幸せの発展に貢献したいと考えたことはあるかね?」
「もちろん、あります。俺が異能警察という仕事をしてる理由はそれです。」
俺がそう言うと、腹山さんは部屋の奥の壁に掛けられた古びたエプロンに目を移す。
エプロンは少し色褪せているが、かつては綺麗なピンク色をしていたことがわかる。
中央に大きなポケットとエプロンに繋がれた取り出しやすそうなハサミ。
その他にも色んな小道具がエプロンに取り付けられていた。
「我の最初の発明品は、一緒に暮らしていた叔母の為に作ってあげたエプロンじゃ。色々な工夫を取り入れた叔母の為だけのエプロンじゃった。
最初は褒めて貰えたことが嬉しかった。
そして、叔母が喜んでくれる笑顔の為だけに我は発明品を作り続けた。
そのうち、叔母が亡くなった。我を褒めてくれる人は誰もいなくなった。
誰も我に見向きもしない。
しかし、それでも我は発明品を作り続けることをやめなかった。
ずっとそれが何故なのか我にはわからなかった。」
腹山さんはそう言うとまた俺の方に向き直って見上げた。
「君はなんで他人の幸せのために生きる?」
この質問、昔星野部長にもされたことあったな。
「…」
俺は結局、星野部長の真似事ばかりだな。
異能警察に配属されるようになって、星野部長に出会って、カッコ良くて憧れであの人の背中をずっと今も追いかけている。
一生懸命やっているつもりだが、俺はまだよくわかってないのかもしれない。
「初期の発明は他人を思いやる心から生まれた。最初の発明を今も我は大事にしている。
我は原点に返った時に気付いた。
人は他人と幸せを分かち合うようにできている生き物なのじゃと。
我が長年、満たさずに苦しんでたのはそれを求めていたんだと理解した。
人間こそよく出来た発明品なのじゃよ。
本当によく出来てる。それがあるから、人は進化をし続ける。
だからAIカリプソフィアが人間の素晴らしい所を殺してしまっているのはもどかしくてな。」
「旦那様〜ちょっと…」
「ん…?大事な話をしておったのに。」
腹山さんはやれやれと首を振ると執事さんの所に歩いて行ってしまった。
俺は腹山さんと話ながら、少し昔のことを思い出していた。
それは異能神隠し事件を追っていた時だった。
膨大な情報、沢山の関係者の洗い出し、テーブルの上に乗った資料の数々。
俺はそれを見て、犯人の糸口に繋がるものを思案しながら頭を抱えていた。
そこに現れたのが星野部長だった。
当時はまだ部長ではなかったが。
沢山の事件を抱えているはずなのに、俺のことを心配して来てくれたのか…。
「今回、この事件はお前には荷が重すぎる。しかし、上もお前には期待してるんだろう。」
そう言うと星野部長はテーブルの上に乱雑に置かれた資料を整理し始める。
「情報の波に飲まれて、ただ海を漂う迷子になるなよ。その中の本質を見る力がないと右に左に揺られて、良いように犯人に踊ろらせて終わりだぞ。まずはよく整理してみるんだ。」
「…俺には無理です。とてもじゃないけど、犯人の方が一枚上手です。」
「お前は今回、遺族の方の顔をちゃんと見たのか?」
「…遺族の方ですか?」
「今までずっと大切な子供と過ごしてきたと思い込まされていて、何も知らずに日常を暮らしていた。
その大切な子供がいなくなったことにすら気付けなかったご両親の気持ちがお前にはわからないのか?」
「…」
「なんでお前は異能警察になった? どうして他人の幸せの為に生きる?」
腹山さんのゲームで楽しませて貰った俺達は、そのまま夕食までご馳走させて貰うことになった。
ちなみに、腹山さんの異能者専用ゲームを東堂にもやらせてみたが、ゲームは東堂の異能を分析することはできず、操作することは出来なかった。
「すっごく楽しかったです。あのゲーム、とてもリアルで煙草まで吸えるんですよ~」
柔らかいお肉を口に頬張りながら歩君は嬉しそうに話す。
「ほっほっほ、そじゃろ。分身を動かしてリアルな擬似体験が色々できるんじゃ。」
「歩君、煙草なんて君には早すぎるよ…」
俺はカチャカチャとナイフとフォークで肉を口に運びやすい大きさに切っていく。
「俺はあまり面白く感じなかった。よくわからなかった。」
「ふむ…そうか」
そう言うと腹山さんが椅子を降りて奥の棚を漁る。
「おーあった。あった。」
腹山さんが何か手に持って東堂の元へ戻ってきた。
「自分にとって大切なものは、なかなか見つけることは難しいもんじゃ。これをお前さんにやろう。」
「なんだこれ? オルゴール?」
東堂は腹山さんの小さな手から、受け取ったのはネジ巻き式の小さなオルゴールだった。
「今日、我のゲームで遊んでくれた礼じゃ。受け取ってくれ。」
「東堂だけずるい!僕も何か欲しいです!」
椅子の上で歩君がジタバタし始める。
「ほっほっほ、じゃあ後で何か用意してやろう。オヌシ達、今日はもう遅い。このまま泊まって行かぬか?」
「えっそんな、こんな良くしていただいた上に泊まっていくなんて…」
「我は寂しがり屋なんじゃ、久しぶりにこの家が賑やかで、我はとても嬉しい。もっと沢山、遊んで行って欲しい。」
「わーい!もちろん遊んでいきます!」
「俺もまだまだやりたいゲームがある。」
俺は2人の嬉しそうな表情を見て、仕方ないなと溜息をつく。
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて一晩お世話になります。」
夕食を食べ終え、大きな浴槽でゆったりと湯船につかる。
風呂から上がって、リビングに行くと東堂と歩君は対戦ゲームをしてまだ遊んでいた。
「すっかり仲良くなってるな…」
2人を眺めてるとズボンの端をチョンチョンと引っ張られる。
そこに目線を降ろすとウィスキーの瓶を持った腹山さんが俺を見上げていた。
「一杯どうかね?」
リビングの様子が見える奥の部屋のソファーに腹山さんと俺は座って、ウィスキーをガラスコップに注ぐ。
「乾杯。」
腹山さんのお陰で良い休暇になったな。
ゆっくりお酒を飲むのも悪くない。
リビングからは、歩君の笑い声と東堂が悔しがる声が聞こえてくる。
俺はウィスキーの長く柔らかな余韻を舌で楽しんでいた。
「とても美味しいお酒ですね。」
「昔、これは友人から頂いた品じゃよ。急に何故か思い出して開けてしまったんじゃ。」
そう言うと腹山さんは棚の上に飾られた写真立てに目を向ける。
そこには、1人の女性と今より少し若い腹山さんの姿が写っていた。
2人共、何かの場で表彰されたのか綺麗な身なりとトロフィーを手に持っていて素敵な笑顔を浮かべている。
なんだか、この女性の顔…何処かで見た顔だ。老けてはいるが、誰かに…。
「彼女は同じ同僚で親友じゃった。永遠の命について研究しておったなぁ」
「永遠の命…?」
「死んでも生き返る薬じゃよ。」
「死んでも生き返る?そんなこと可能なんですか…?」
「彼女は本当にそんなものを研究しておった。時間の無駄じゃと我も思っておったが、最後にそれが成功したと言っておったな。」
腹山さんはアイスバケツから氷を摘むとウィスキーが入ったコップに注ぐ。
「凄い、そんなものが…」
「でも、彼女は12年前に亡くなった。研究はどうなったのか、我は何も知らない。ただ…」
腹山さんは再び写真立ての女性に目を向ける。
「もし、本当に彼女の研究が成功していたとしたら、人は死んで生き返ったら、それは果たして、生き返る前の本人なのじゃろうか?」
「…」
「死後、時間経過と共に脳の細胞は死滅していく。脳が完全復活できるとは思えん。どのくらいの時間経過で生き返ることを想定していたかによるがの。」
「人の脳は複雑で不安定なバランスの上で成り立っている。1つでも部品が足りなくなってしまえば、途端に崩れ去るものじゃ。だから我は人格なんてものは人の錯覚だと思っておる。」
カランカランと氷が入ったウィスキーの酒を回しながら、腹山さんは語る。
「人格が錯覚ですか…?」
「そうじゃ、人の脳が見せている都合の良い錯覚。だから、我は自身に固執する彼女の考え方が理解できなくての…色々と心配しておった。」
人格が錯覚か…
じゃあ今、ここにいてここで色々と物事を考えてる俺は一体何なんだろう?
そんなことを一瞬考え始めたが、お酒の酔いがあまりにも心地良かったお陰で
俺は腹山さんとのお酒の時間をその後もゆっくり楽しむことができた。




