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羽澤 翔太

 1課の部屋に戻ると俺は、調べ物をするために机に座る。


しばらくすると、あまりにも暇だったのか東堂はいつの間にか、ふらっと何処かへ出かけて行ってしまった。

俺はそれに気付いてイライラしながらも、歴代の異能記録をネットで読み漁っていた。


「お疲れ様です!」

後藤が元気よく挨拶して1課の部屋に戻ってきた。


「もう~最高ですよ~」

帰ってきて早々、蕩けるような笑顔を後藤は見せながら机に項垂れる。


「うーん、どうした?」


「明日香さん、めっちゃ優しんすよ! すげ〜警護の人間1人1人に良くしてくれるんです! ほら、今日なんてクッキー焼いてくれたんです!」


「良かったな。恋人にその話をして嫉妬されないように気を付けろよ。」


「また明日香さんは別です! 浮気ではないですよ~ アイドルみたいな? そんな感じの憧れ的な感情です。」


珍しいな。後藤がここまで人を褒めるのは。

しかし、俺の日上明日香への初印象は最悪だったんだが。


なんかツンケンしてるというか、固いというか。可愛げがないというか。


「まぁ良かったな。そういえば、過激派の動きはあれから何かあったのか?」


「いいえ〜全然。今日は平和そのものでしたしね。」

後藤は顔を上げると、大きく伸びをして見せる。


「そういえば、今度ルチル アル・コーンの四人で選挙前にメディアの前で大々的な討論会をするそうですよ。」


「へぇ〜」


「討論する議題については、視聴者が決めるそうです。生放送のリアルタイムで、視聴者から募集したものを選んで討論するそうです。面白くないですか?」


「うーん、まぁそうだな。」


その時、俺の携帯の着信音が流れる。携帯の画面には星野部長の文字が浮かび上がっていた。

俺はタップして通話ボタンを解放する。


『私だ…星野だ。金田はどうだった?』


「いえ、まぁ色々と話は聞いてきましたが、イザナミに繋がるかどうかはわかりませんでした。金田よりもっと強力な異能ではないと難しいと思います。」


『そうか…。しかし、異能は未知の力だ。誰がどんな能力を持っているかわからん。もしかしたら、金田より強力な異能も存在しているかもしれん。そういったことも視野に入れて引き続き、捜査を頼む。』


「了解しました。」


携帯を切り終えると、緑川がお茶を俺の机にそえる。


「ありがとう。なぁ緑川、お前は今、手が空いてるのか? 先月に起こった異能事件を担当していただろ?」


お茶を置いて、そそくさと別の机にお茶を配りに行こうとする緑川の背中に声を掛ける。


「…あっはい、無事に事件は解決しました。あれは恨んでいた友人に罪を被せるために本人の自作自演による自殺だったようです。」


「お前のシンクロ能力でわかったのか?」


「…まぁ、そうですね。」


「なぁ、ちょっとお前の能力で、これを見てほしい。」

俺はパソコンを急いで開く。


数日前に怪物の情報が流出してしまったネット記事のページ。それを緑川に見せた。


「シンクロできるか?少しでも情報が欲しいんだ。」


「私の能力は直接本人の目を見るなどするとシンクロ率の精度は100%ですが、本人が直接書いた文章などだと、精度は50%以下になってしまいます。」


「それでもいい。頼む。」


「…わかりました。」そういうと緑川はネットの記事をジーと見つめはじめる。


シンクロは相手の出している波長に自分の波長を合わせて被せることによって、その時に考えていた事や思考を読み解くことができる。

相手が書いた文字、相手が強い思いを持って、身につけていた物。

そこに本人が残していった痕跡から、波長が出ていれば色々なことがわかる。


例えば次に起こそうとしている行動、性格、感覚なども感じ取ることができる。

やり方によると本人になりきって、物真似などもできるそうだ。


「…パソコンを打つ手が小さい。」緑川のシンクロが始まった。

緑川の細い目が大きく開く。


「えーと、パソコンを見上げながら文章を打ってますね。背が低いのか…?座りながらではないですね。」


「…うーん、あとはなんだろう? 焦っている。そんな感情が滲み出てきます。」


「他にわかることはないか?」


「カリプソフィアを危険視している感情は本物ですね。それを止めたいと考えているようです。またこれを書いた人物は男性のようですね。」


「…なるほど、そうか。じゃあこのネット記事を書いた人物は犯人などではなく、何かを知ってる可能性が高いな。」


「これ以上のことは私にはわかりません。これでよろしかったでしょうか?」


「ああ、とても助かった。ありがとう。」

緑川はペコリと一礼すると、またそそくさと歩いていってしまった。


やっぱり緑川の異能は便利だな。いつも色んな事件に引っ張りダコになる理由がわかる。

俺が背をうーんと伸ばして腕を下ろすと目の前の後藤と目が合った。


「ねぇ〜先輩、明日は休みだし、久しぶりに川口を誘って飲みに行きません?」


「うん?ああ、そうだな。たまには良いかぁ」


川口にも色々と聞きたいことがあったしな。


「やったぁ!川口を誘って連絡!連絡!…ってあれ? もう連絡来てる…」


「さすがだな。俺らの会話を聞いてたんだろうな。」


「相変わらず恐ろしい奴〜」





仕事終わりに後藤と俺は川口と合流。

飲み屋街の一角を超えた先にある、昔なじみの小料理店へ直行した。


後藤と川口との3人での飲み会。

「乾杯!!」

ビールを片手に3人とも同じタイミングと勢いでグビグビと飲む。


仕事終わりのビールは疲労とストレスの溜まった体に良く浸透する。

特に冷たいビールは泡が唇に心地良く。ほろ苦い黄金色の液体が喉を通りすぎる時、

体の細胞から開放感に満ち溢れて最高の夢心地なのだ。


俺がビールの味に酔いしれていると、隣の後藤が川口に「おい〜お前さ〜」と妬ましい声で話始める。


ちなみに二人はお互い同期である。


「お前さ〜署内で恋人欲しがっている男子から、よく貢ぎ物をされてるんだろう? 噂で聞いたぞ。良いよなぁ」


後藤はもう酔ってしまってるのか、すでに目が座ってきているぞ。


「そんな話は初耳だな。」


「自分の周りで自分のことを良いなぁと思っている女子はいないかと探りに川口の所へ行くらしいです。」


「そんな奴らが署内にいるのか? 飽きれた話だなぁ。」

「ね?ね? そうでしょう。そうでしょう。なので密かに、そういう男子達から川口という存在は崇められているという噂です。このヤロ〜」


後藤は川口に殴る真似をして見せる。


そんな後藤に川口は苦笑いをする。

「別に崇められてはいないって。変な噂を鵜呑みにしやがって。ちょっと、1組そういうことがキッカケでカップルになった奴らがいたからだろ。」


「おっ!やっぱり、お前が助言したのかあいつに。じゃあこの際、先輩も川口に助言をいただいたらどうですか?」と後藤はニヤニヤし始める。


「能力をそんなことに使うなよ。個人情報の観点でよくないことだぞ。異能警察のクセに。」


「先輩は相変わらず、お堅いなぁ〜そんなんだから恋人なかなかできないんすよ。」


「そうそう~」と川口も納得するように頷いて見せた。


「マジで女子の心を覗いて人に教えるとかやめろよ。川口。」


「まぁ、俺もそんなにベラベラ喋ったりはしませんて。ただ…なかなかお互い気付かず、焦れったいなと思うカップルには背中を押してあげたいなって思うだけですよ。」


「本当にそうか?」


「そうですよ。その他の人間には貢ぎものされても滅多なことがなければ教えませんって。俺も。」


「…なら良いけどな。」


「でも、1人応援してあげたい女子がいるんですよね~なかなか道は険しそうですが」

と川口は酒を飲みながらニタニタと笑った。


その時お店のドアがガラガラと開く。

店長の「いらっしゃい!」と景気の良い挨拶が店内に響いた。


そこから現れたのは日上明日香だった。存在感が異質なために向かいの席に座っていた俺はすぐに目が合ってしまう。


「あっ」


「あっ!明日香さん!!」

俺の隣にいる後藤が箸を勢いで落としながら叫ぶ。


「誰ですが?お知り合い?」

日上明日香の後ろから出てきた茶髪のロン毛男。


この男も見覚えがあった。

ルチル アル・コーンの1人 羽澤はねざわ 翔太しょうただ。


外は雨が降り始めていたのか、男は傘を閉じると傘立てに掛けてから日上明日香を奥の端のカウンターに誘導しようとする。


「最近、私を護衛してくださっている異能警察の方です。」


「ああ、なるほど。俺の所にもA地区の異能警察の方が護衛してくださるようになりましたね。今も外で待機してくれてますが。」


羽澤はゆったり微笑むとここでお会いできたのも何かの縁と言って、後藤に名刺を渡す。


名刺には

『ハネザワカンパニー 代表取締役社長 羽澤 翔太』と記載されていた。


「人目を避けて、この店にやってきましたが、まさかここに明日香さんのお知り合いがいたとは思いませんでした。」


羽澤はそれではと一礼すると日上と奥のカウンターに歩いて行ってしまった。


後藤はしばらくボー然と2人の姿を眺めていたかと思うと、突然ハッと我に返り、勢いよく目の前にあったビールを一気に飲み干した。


「なんだァ〜あいつ!!いけ好かない!見ました? 先輩見てましたか?あのキラキラしたオーラ!」


「どうどう、落ち着けよ後藤。」俺は後藤の背中を優しくさすってやる。


後藤はキッと奥にいる2人に目をやると、その次に川口へ怒りの矛先を向ける。


「おい!川口! 今から、2人の会話を聞かせろ! お前だけは聞こえてるんだろ?」


「えっ!! ちょっちょっとそれはマズイでしょ!」


「いや!これは明日香さんの護衛役として大切な任務なんだ! あの変な男がもしかしたら明日香さんの命を狙っている犯人ってこともあるかもしれないぞ!」


「ただの嫉妬でしょ…」


「はぁ〜なんか言ったか!? 川口!!」


「わっわかったよ! あくまで異能警察の任務として、2人の会話を聞く。それで良いな?」


「そうだ! あくまでこれは大切な任務のためだ!」


後藤は酒に酔いながら、腕組みをして川口の前でふんぞり返ってみせる。


そんな後藤の様子を見て、俺はやれやれと頭を抱えるしかなかった。


「それでは…」

川口はテレパシーの能力を使って、自分が今聞こえている2人の会話を俺達の脳に直接送りこみ始めた。




「今日は明日香さんとお話しできる機会を作ることができて嬉しいです。それでは、まずは乾杯しましょう。」


二人はオシャレなグラスをカチンと乾杯させると、ゆっくり口に含ませる。


「やはり、ウィスキーはお湯割が一番、味がまろやかになり最高ですね。」


「それで、メールにありましたご提案というのは何でしょう?」


「ああ、さっそくその話からですか? ゆっくり雑談から始めていこうと思っていたのですが…。まぁ良いでしょう。」


羽澤はもう一口ウィスキーを飲む。

「明日香さんが統治者になったあかつきに進めようとなさっている政策についてです。

『大海都の移住100年計画』確か、これは人口問題の課題として、また明日香さんのご先祖である創始者様のご意志なんですよね?」


「そうです。大海都の外は生物が生きて行くには厳しい環境です。そこでこのシェルターに覆われた大海都という都市をご先祖様はお造りになられましたが、耐久の問題で後、100年でシェルターは限界を迎えることでしょう。」


「そうでしたね。そこで、私からご提案があるのですがそちらの計画、私と共同政策ということで一緒に進めていきませんか? どちらが統治者となっても政策を進めていくとなれば、大海都の住民は安心することでしょう。」


羽澤の提案に驚いたのか、日上は顎に手を当てながら考え込む。


「…共同政策ですか? 羽澤さんはこの計画をどのような形で進めていこうとなさっているのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「私はせっかく創始者様が準備なさっていた移住区を無駄にしたくないと考えております。そこで特別な人間だけを先に移住区へお招きしたいですね。特別な価値をそこに付与すれば、そこに金も生まれて人が集まってきます。事はスムーズに運んでいくでしょう。」


その羽澤の提案に日上の表情は一気に曇る。


「…特別な人間ですか? その方達は一体どんな思想で集まってくる方達なのでしょう。

私の推測によれば、特別という言葉に惹かれて、そういう満足感に浸りたい権力者や富裕層ばかりが集まってくると考えられます。」



「そういう方達が移住区の中心になれば権力闘争などの争いが起こりかねません。問題が起きれば、全ての住民が移住するという計画も壊されかねないので私は羽澤さんの提案をお受けすることはできません。」


「…しかし。それが一番良いやり方だと思いますよ。何してもお金の力は必要になってくる。」


「この計画は100年という長期です。今の話ではありません。ですから私がその移住区の先に求める人材は現時点で若い方達です。彼らがいずれその社会を支えていく礎になるでしょう。次の世代に繋げていくためには、彼らしかいません。


しかし、今の若い人達は個人の日々の行動範囲内の中で得られる情報の分しか興味を持とうとしません。未来の話をしようとまったく彼らの胸には突き刺さらないでしょう。


だから少しでも興味を持って貰えるように彼らと同じ世代の25歳の私がルチル アル・コーンとして選ばれたからには統治者になりたいと思っています。


歳が近いと親近感というものが湧きますから。

何かと私が話題になれば、彼らにもいつか私の情報が届くでしょう。


ですので、私は今の時代の権力者には全く興味がないのです。」



「それでは、お金を集めてもっと影響力のある若者代表みたいな著名人に明日香さんの伝えたいことを代弁して貰ったらいかがでしょうか?その方が手っ取り早いですよ。

私と共同で移住計画を進めるというなら、いくらでも効率の良い方法を取ることができます。」


「いえ、代弁して貰っても意味がありません。

本当にそう思ってる人間が言わないと真の人材は手に入りません。長く持続的に理解のある人材に届いて欲しいので、私の言葉で言うしかないと思っています。」


「うーん、しかし。それはとても非効率だ。

明日香さんの提案は素晴らしいので、私は何としてでも成功していただきたい。

もう少し頭を柔軟して、色んな人の協力を受けるべきだと私は思いますよ。」


「それでは、あなたはあなたのやり方で統治者になった時に移住計画を進めたら良いと思います。共同政策としてあなたと進めることはできません。」




思っていた以上に二人の意見は分かれているようだ。


「ははぁ〜ん。なんだあの色男、明日香さんに振られてやんの。」


くくっと後藤は声を押し殺しながら笑う。


話を聞いていて俺が思ったのは何故、羽澤は日上と共同で移住計画を進めたいのだろう?という疑問だった。


羽澤は簡易的な住民アンケートによれば、支持率は4人の中でトップだった。

それに比べて、日上の支持率は4人の中で最下位。


一緒にやるメリットがないのだ。

そのままでも支持率1位を独走するだろう。


ほぼ今回の統治者は羽澤で決まるだろうというのが、大多数の人間が予想していることだ。

だから、羽澤が日上に固執する理由がわからない。


「なんで羽澤は日上と共同でやりたがってるんだ?」


すると川口が静かに口を開く。


「日上はネット住民達から、今回高い支持を貰っています。普段なかなか投票しない人達が彼女には投票してるんですよ。そのネットワークの動きがだんだん大きくなってきていて、潜在的に羽澤の支持率を越えてくる可能性があるそうです。羽澤はそれに焦りを感じているんでしょうね。」



「ふーん、なるほどな。それで日上を自分側に抱き込みたいということか。おまけに移住計画を利用して権力者達を味方につけたいという所かな。」


「羽澤は何としてでも、統治者になりたいのでしょうね。ずっとルチル アル・コーンに選ばれる為だけに育てられてきたみたいですから。羽澤の焦りの奥にそんな背景が滲み出ています。」


「えっそんな風に育てられる人間もいるんだ。大変だな。」

後藤はそう言いながら、目の前のおつまみをヒョイと口へ運ぶ。


「俺はそれよりも不思議なことがあるんですが…」


「どうしたんだ?川口。」


「俺には日上明日香さんの心が全く読めません。」


「…またか。お前が人の心を読めないなんて何か法則があるのか?」


「さぁ…?、俺もこういう体験は最近したばかりなので、原理も原因もさっぱりです。ただ…」


「ただ?」


「俺が読める心は人間だけなんです。動物など他の生物の心は読めません。」


「人間の心だけか…」


俺がうーんと考え始めようとした時だった。


店の奥のカウンターから、川口のテレパシー以上に騒がしい声が響く。



「しつこいです!もう話は終わりました!私はあなたと手を組む気はありません!」


「待ってください!どうして、そんなに自分の考えに固執するんだ!私と手を組む方があなたに取ってもメリットしかないはずだ!」


羽澤は立ち上がって去ろうとする日上の手を引っ張って、強引に引き留めようとする。


それを見ていた俺達はすぐさま立ち上がった。


その時、羽澤の頭から勢いよく水しぶきが飛ぶ。日上がコップの水を思いっきり、羽澤に掛けたのだ。


驚いた羽澤が日上の手を離した瞬間、日上は駆け足で、店から出て行ってしまった。


活気のあった店内が恐ろしいほど静まり返り、ボー然と立ちすくむ羽澤に全ての人の視線が集まる。


その羽澤の表情が最初は蒼白だったのに対して、みるみるうちに顔の表情が崩れはじめ、笑みに変わって行く様子を見ていて、俺は寒気を感じずにはいられなかった。


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