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傾国のブス  作者: 佐伯 鮪
22/50

22 デート

「……ぅぁ……香香(シャンシャン)、も、無理……」

「まだ、ダメよ。頑張って」


 人が苦痛に顔を歪めている様を眺めるのって、どうしてこんなに気持ちがいいのだろう。しかもそれを自分の裁量で操作(コントロール)できるとなれば、この胸の高鳴りは止まることを知らず、ますます強くなっていく。


「うえ~~、ほ、ほんと、無理、無理無理無理、あ、あぁ~、ぅぉぉ」

「気持ち悪い声出すな。……三、二、一、はい終了!」


 私の合図と共に、晃栄(コウエイ)は壁に背を付けたまま、ずるずると座り込んだ。そのまま膝を抱えて、息を弾ませながら何やら呻いている。


「なんで、こんなこと……しなきゃいけないんだよ……お、俺は王太子だぞ……はぁ、はぁ……」

「空気椅子ぐらいで情けないわね、それでも王太子なの?」


 先日の約束通り、彼は夜ではなく昼に登龍殿を訪ねてくるようになった。ここでの過ごし方として私が提案したのは、体力づくりだ。


 一回だけ偶発的に(?)一緒に寝た際、実はすごく気になっていたことがあった。十五という年齢を考慮しても、背も低く肩幅も狭い。腕も胸も細っこく、私の腕の中に収まってしまう程だった。

 念の為、持病などはないことは(れい)太監に確認済だ。二度の失神が気になってはいたが、あれも今まで起きたことはなく、精神的なものだろう、ということだった。

 これまで女性とまともに話したこともなければ、怒鳴られたこともない。彼にとって未知の状況が重なり、事前の緊張とも相まって、衝撃が強すぎたのだろう、と黎氏は分析していた。


「この後は、腕立て伏せ。それで少し休んだら走り込みに行きましょう」

「……お前、なんで、そんな体力、あるんだよ……ただの公主(ひめ)、だったんだろ。東龍国では、公主も鍛錬するのか」


 息も絶え絶えに、晃栄(コウエイ)が疑問を呈する。私も指示するだけではなく、一緒に鍛錬を行なっていた。筋力も持久力も反射神経も、今のところ全て私の勝ちだ。


「そ、それは……」


 私は公主(ひめ)ではなく、公主の付人だった。

 彼女と共に、たった二人でこの国へ入ってきた。すなわち、ただの小間使いではなく、護衛の役割も兼ねている存在だった。幼い頃から公主様の付人として、そうした訓練を受けて来た私は、ある程度は動けるくらいには鍛えていた。

 彼にはこのことは伝えていないから、台詞の通りの疑問を抱くのも当然と言えば当然だった。


「貴方こそ逆に、王太子なのに剣術とか体術とか身につけなくていいの? いつも護衛がいるとは限らないのよ?」


 自分のことを誤魔化すために、あえて質問に質問で返してみた。王位を継ぐ予定の者であれば、勉学だけではなく、武術などもそこそこは嗜むものだろうというのは、私の思い込みだったのだろうか。


「……父上が、それよりも……勉学を優先しろって……我が国は、武力によるものじゃなく、商業で発展してるんだから、知識や計算、交渉力や……心理学を、学べって……」

「……ほら、もっと腕曲げて、顎を地面につけて!」

「ぅぐぇ」


 晃栄(コウエイ)はべちゃっと地面に潰れ、その姿勢のまま動かなくなった。ツンツンつついてみても、ピクリともしない。


「ふぅ、ちょっと休憩しよっか。飲み物でも頼んでくるね」


 私は侍女にそれらをお願いしてから、潰れて伸びている彼の隣に腰掛けた。勉強も当然大事だけれど、だからといって体力をこんなにも疎かにしていいものだろうか? 体力がなければ、政務を続けることだって難しくなるかもしれないのに。あの王様、一体何を考えてそんなことにしたのだろう。


「……一応、こっそり……黎が、力を使わない護身術みたいなの……教えてくれた……けど」


(……こっそり?)


「青妃、お茶と果物をお持ちしました」


 一人の侍女がお盆を持ってこちらにやってくると、晃栄(コウエイ)は潰れていた姿勢からがばっと跳ね起きた。目を輝かせてその到着を待つ姿は、まるで犬のようだ。


「あら、そういえば、今日は菖蒲は?」


 いつもなら菖蒲がこうした役目を引き受けることが多いのに、と思いながら、私はお盆を受け取りがてら訊いてみた。


「彼女は今、用事ができたそうで官舎へ出掛けています。青妃も殿下といらっしゃったのでお声がけするのも悪いと言って、出て行きました」

「そうなの、ありがとう」


 菖蒲は私がいる時にはほとんど登龍殿(ここ)を離れることはなかったから、珍しく感じた。だが、円滑に仕事を行うには外部とのやりとりも必要になるのだろう。外をいろいろ動き回っていた朱琳がいなくなった今、それらの仕事も彼女が担ってくれているのだと思うと、有り難さとともに申し訳なくも感じた。


 晃栄(コウエイ)はといえば、受け取った果物を一瞬で平らげ、お茶をガブガブと飲み干した。


「……ぷはぁ。生き返るぅ……」

「ふふ、頑張ったもんね」


 私がそう言うと、晃栄(コウエイ)は一瞬詰まったあと、ぷいっと顔を横に向けて視線を逸らした。あらかた、「お前がしごいたくせに何を言ってるんだ」とでも思っているに違いない。


「よし、そろそろ走りに行きましょうか」


 私が立ち上がると、彼もしぶしぶ重い腰を上げた。文句を言いつつもなんだかんだついてくるあたり、素直で真面目な人なのだろう。おそらく、自分が抜かされる日も近いと感じていた。

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