表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国のブス  作者: 佐伯 鮪
21/50

21 パンダ

「と、ともだち……トモダチ……。青妃、お、お、お、お前、名は何と言うんだ?」


 相変わらずどもっているが、少し喰い気味に王太子が問いかけてきた。友達、というのが嬉しかったのだろうか。


「名前は、(シャン)……」


 そこまで言いかけて、私は言葉を止めた。


 東龍国の公主であり、ここへ嫁いでいた彼女の名は、『青香月(シャンユェ)』。入れ替わりによって自分の元の名は奪われてしまったわけだが、ここで彼女と全く同じ名を名乗る必要があろうか。誰も、ここでは香月(シャンユェ)の名は呼んでいない。書簡等の文書でも所在や役職、姓を記載しているだけだから、その名は残っていないはずだ。

 それに、(ユェ)はあの兄妹に共通する、私にとっては忌々しい字だ。この名を聞く度に、自動的に皓月(ハォユェ)様まで思い出してしまいそうで、その意味でも抵抗があった。


「…(シャン)…………」

香香(シャンシャン)? はは、パンダかよっ」

「?」


 私は、(シャン)に続く、月に代わる名前を考えていただけだったが、それでひと続きの名だと勘違いされてしまったらしい。が、それよりも。


「殿下、笑うと結構可愛いんですね」

「は!?……かわ?……はぁっ!?」


 くしゃっとした笑顔が、暗いこの部屋を少し明るくしたように感じた。本当だ。王太子はまた、バサバサと布団を持ち上げて口元まで覆った。


「そうね、香香(シャンシャン)。そう呼んでください」


 こんな流れで、私の名は香香(シャンシャン)となった。


 適当に決めた格好となってしまったが、この国へ来てからようやく、自分のだけものができた。本来の名は奪われ、他人の名と立場を押し付けられ、ただ流され翻弄されてきた私が、初めて『個』を手にした瞬間だった。


「ところで、パンダってどいうことです? あの珍獣?」

「……ぁ、あの、それは」


 パンダというのは、白黒模様の熊のような生き物である。幻の生き物と言われ、名前や絵姿は知っていても、本物にお目にかかったことはついぞない。

 殿下が語ることには、なんとこの後宮内でパンダを一頭飼っているらしい。そんな珍しい動物も手に入るとは、さすが交易の要所である朋央(ほうおう)国だといえよう。

 そして、そのパンダの名前が『香香(シャンシャン)』だということだった。


「おぅ……」


 せっかく、自分だけのものを手に入れた、と思ったのだが、結局一瞬でひっくり返されてしまった。無念。


「こ、今度、観に行くか……? 香香(シャンシャン)、ぱ、ぱ、パンダのところに……」

「え、いいの?」

「うん、ちょ、ちょっと遠いけど」

「やった! わ、どうしよう、楽しみ」


 そんな珍獣を拝むことができるとは、ある意味役得と言えるかもしれない。心なしか気持ちが弾み出すのを感じていた。


「殿下、貴方のことは、なんと呼べばいいですか?」

「…………晃栄(コウエイ)、でいい」

「わかりました。太陽のようで、素敵な名前ですね」


 私がそう言うと、彼はまた布団を更に持ち上げ、頭の上まですっぽり隠れてしまった。


「……母上が、つけてくれた。そ、それから……敬語、使わなくて……ぃぃ。と、友達……なんだろ」


 もごもごと布団の中で話す声が、最初よりははっきりしてきたような気がした。少し打ち解けたと思っていいだろうか。なんだか、警戒心の強い動物がだんだん気を許してきてくれたような、そんな感じがした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ