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6 戦闘の鐘の音

2014年3月13日改稿。

 



 ふるり――そう、まぶたが震えるのに次いで、今まで硬く閉ざされていたその深い緑の瞳が、そっと、その姿を現す。

 漆黒の暗殺者によって重傷を負ってから、そのまま数時間、こんこんと眠り続けていたイズレンディアが、ようやく目覚めたのである。

「!! お師匠様!!」

 無論、いち早く気付いたのは、眠る彼を心配して見続けていたルーミルであった。

「! 起きたのか!?」

 続いたのはセリオだ。

「!」

 声こそ出さなかったものの、クロスとアーフェルの二人も、すぐにルーミルの隣へと並んだ。

「良かった……!! このまま起きなかったらどうしようかと思いましたよぅ……!」

 このような時でさえ濁りのないその蒼の瞳に涙をうかべながらそう語るルーミルの言葉は、他三人の心境をも表していた。

 そんな四人の姿を視界におさめ、次いで覚醒したばかりの思考で記憶を振り返ったイズレンディアは、ことの重大さを遅まきながらも理解して、こっそりと冷や汗を流した。

「……えぇっと…………おはようございます?」

 珍しく気まずげな顔で、思わずといった風にそう言葉を発した彼に、四人分の落雷が落ちたのは、言うまでもない。




「いくらなんでも気を抜きすぎです、お師匠様!!」

「えぇ、さすがに抜きすぎたと思いました……」

 ルーミルには泣かれ、セリオには心配され、クロスには真っ黒な笑顔を向けられて、最後のアーフェルには無言の圧力を……と、寝起きそうそうに続いた説教に、さしもの古きエルフも返す言葉がないようであった。

 ようやく涙をおさめたルーミルの指摘に、若干後ろめたげな強張った微笑みをうかべて、うなずいている。

「まったく……」

 いまだ怒りがおさまらぬように、そういってため息をついたルーミルは、でも、と一転してその端正な顔を困惑に染めた。

「やっぱりお師匠様は、誰かに命を狙われるような方ではありません。一体なぜこんなことになったのでしょう?」

 この事件を知っているほぼ全ての者が思ったルーミルのその言葉に、セリオたち三人がそろって重苦しく押し黙った。最も、

「例えけんかをうっても、実力差的に数十倍になって返ってくるのは目に見えていますのに……」

 と続いた言葉には、思わず敵方に同情しそうになったが。

「お師匠様、何か心当たりがあったりしませんか?」

 微妙なものになりかけた雰囲気を整えるように、ルーミルがそうたずねる。それに、当事者であるはずのイズレンディアは一言、さぁ? と返した。

 それは、すでにいつもの調子をとりもどしたような微笑みをうかべての言葉であったが、そこそこ長い付き合いであるルーミルには、その微笑みの真意を見抜くことができた。

「……心当たりがあるんですね? お師匠様」

 わずかに眉をよせて不満さを表しながらも、真剣な表情で問うルーミルの言葉に、普段どおりの微笑みをうかべていたイズレンディアが、その深い緑の瞳をわずかに細めた。加えて、この場にいるのは彼らだけではないゆえに、

「あるのか!? それは、一体?」

「……教えてくださいませんか? イズレンディア殿」

「分かっていらっしゃるならば、お話し頂きたい」

 と、セリオたちからも、真剣な響きの言葉が重ねられる。

「……」

 それに、無言で柔らかな微笑みをたたえるイズレンディア。彼らの心境を理解してなお、黙する必要はないと考えた彼が、私が思っていることが真実とは限りませんが……と前置きした後、言葉を紡ごうとした、刹那。

 遠方にて、巨大な魔力の柱が上がった。

「!!」

 イズレンディアとルーミルの二人が、そろって視線を窓の外へとなげる。二人が感じたのは、とても大きな、一般的には大人数がそろって初めて完成させられる、強力な魔法の発動であった。

「……これは……魔力?」

 セリオが、ぽつりとこぼす。本来魔法使いではない彼ですら、その放たれたものの一部を感じることができたのだ。いったい、どれほどの規模であったのか。

「玉座の間へ戻りましょう。とにもかくにも、情報を集めなくては」

 珍しく硬い表情でそう告げたクロスの言葉に、セリオがうなずく。ルーミルも軽くうなずき、すぐにでも移動しようとイスから立ち上がったが、

「あぁ、少し待ってください」

 というイズレンディアの言葉に、皆の動きが一時停止させられた。

「……なんでしょう?」

 美しい笑みではあるが、その周囲にまとう雰囲気はまさに吹雪であるクロスが問うのに、

「先ほどの魔法の発動は、今回の事件の原因に関係があるものだと思います。だから――」

 と続けたイズレンディアは、視線を再び窓へと向けて、こちらへ、と言葉を紡いだ。

「?」

 クロスのみならず、セリオとアーフェルをもその顔に疑問をうかべる中、ルーミルだけが小さく、あ、と言葉をこぼした。

「精霊たち!」

 続いて嬉しげに発せられた言葉と共に、彼らが姿を現す。

 それは、それぞれが薄赤、水色、銀、琥珀に輝く、こぶし大の光球であった。ちかちかとまたたき、ふわふわと宙を舞う姿は、確かに、この世界において下級精霊と呼ばれる精霊たちである。

 彼らは、一通り宙を旋回すると、水色の精霊をのぞいて、ベッドに横たわっているイズレンディアの元へと寄って行った。

 水色の精霊だけが、ふわりとクロスの元へと行き、わずかに戸惑う彼のまわりをくるくると回っている。

「クロスさんには、彼――水の精霊がついていてくれるようですね」

 にこやかにそう言ったイズレンディアに、クロスがハッと、何かに気付いたように彼へと、その精霊とよく似た水色の瞳を向けた。

 それに笑顔で一つうなずいたイズレンディアは、彼のそばでういている精霊たちへと語りかける。

「火の方はセリオさん、風の方はアーフェルさんに加護をお願いします」

 その言葉に、まかせて! とばかりに二人へと飛んで行った薄赤と銀色の精霊たちは、それぞれの色の光の粒を二人へと振りかけ、イズレンディアの元へと戻ってくる。それに微笑みで礼を表したイズレンディアは、次に、

「土の方は……」

 と、残る琥珀色の精霊へと言葉を紡ごうするも、今度はそれよりも早く、ルーミルが言葉を紡いだ。

「僕についてきてくれませんか?」

 その言葉に、迷うようにふらふらと揺れる土の精霊。それに優しげに英知の瞳を細めたイズレンディアは、精霊へとうなずいてみせた。

「かまいませんよ。私もルーミル君についてもらえるよう、お願いするつもりでしたから」

 最後に、ちらりとルーミルへ送った視線の意味は何であったのか。その答えを置き去りに、土の精霊をまとったルーミルが、足を扉へと向けた。

「行きましょう」

 それに、イズレンディアへと礼をした後、セリオたちが続く。

 あっという間にいなくなった彼らを見送ったイズレンディアは、ふと、また窓へと視線をなげた。

 そこから、新たな精霊が部屋へと入ってくる。

 新緑の色をしたその下級精霊は、くるりとイズレンディアの上の空中を一回転した後、まだイズレンディアの側に留まっていた火と風の精霊を通り過ぎて、そっとベッドへと降り立ち、彼の頬へとすりよった。

 それに、温かな微笑みを深めたイズレンディアは、自らの頬をくすぐる精霊を優しくなで、穏やかな声音で言葉を紡いだ。

「どうか、より多くの方に、貴方がたの王のご加護を――」




 玉座の間へと戻ってきたセリオ、クロス、アーフェル、ルーミルの四人は、すぐに情報収集を行った。

 結果、騎士の幾人かが北の方角に空まで届く青い柱を見たと言い、同時刻に王城魔法使いたちの全てが、遠方で大規模な魔法の発動を確認した、という報告が上がった。

「北の地……まさか、あの森か?」

 玉座に腰を下ろし、報告を聞いていたセリオがその可能性に気付くのに、そう時間はかからなかった。

「そうでしょうね。今回の暗殺事件を企てた者は、例の森で目撃されたあやしげな魔法使いたちである可能性が、今のところは一番高いかと」

 セリオの言葉に、水の精霊をまとうクロスも同意する。

 実際問題、此度の暗殺事件において、被害者が《賢者》という立場上、“国”が狙うことはまずあり得ない。他国や他種族との戦争以外で何かしらの危機が迫ったとき、国が真っ先に助言や助けを求めるのが、彼ら《賢者》であるからだ。

 また、同時に、個人の独断によって、というのも考えにくい。そもそもが実力あっての《賢者》相手では、生半可な手段では倒すことなど出来ないのだ。例え今回のように、《賢者》自身が対応しかねるような暗殺者を仕向けたとして、多くの者に敬われ愛されるような存在を殺したとなれば、必ず誰かが見つけ出し、報復を行うだろう。そうなると、その行為はあまりにも賢くない。

 で、あるならば。

「ならば、その魔法使いたちはおそらく、一般の者ではない“裏側”に属する者……それも、何か組織的に集まった存在の、ということになるな」

 重々しく語るセリオの言葉は、果たして正解であるのか。

 と、ここにきて、今まで玉座の間の両壁に取り付けられているいくつもの窓の内、北側を望める窓へと視線を向けて黙していたルーミルが、つと顔を戻して、真剣な表情で言葉を発した。

「いずれにせよ、先ほどの大規模魔法は異常です。お師匠様やみなさんの予想通りに、今回の事件に関わりがあるならば、良し。もしなかったとしても、どのみちすぐにでも向かうべき事態だと思います」

 だから、早く行かさせてください。言外にそう含めたルーミルの言葉に、セリオとクロスが驚いたようにそれぞれの瞳を見開く。今までクロスの周りをくるくると気ままに飛んでいた水の精霊も、一旦その動きを止め、次いで隠れるようにクロスの背中側へと回りこんだ。ルーミルの傍をふわふわと飛んでいた土の精霊も、今はその動きを止めている。

 この場におけるほぼ全ての者が思わず動きを止める中、唯一アーフェルだけは、何かに気付いたように、その口元を静かに硬く結んだ。

「ルーミル?」

 若干不安げな色をその綺麗な紫ににじませながら、セリオが問う。

 それに、一転して笑みをうかべたルーミルは、しかし、確実にいつもとは違う雰囲気をまとっていた。

 それは、長きを生きた者の姿。

 見た目以上の幼さをもにじませる、明るく純粋なだけの普段とは反転した、見た目さえも裏切る、老成した雰囲気をまとったその姿。

 濁りのない蒼瞳に、この場にいる誰もが計り知れない感情を満たして笑むその姿は、この国の建国以前から生きる古き存在として、まさしく、ふさわしきものである。

 うかべたその笑みは、どこか、彼が師匠と呼ぶその人のものに似ていた。

 彼は告げる。高らかに。

「――師匠が受けた“借り”は、弟子が返します」

 だから、と続いた言葉に、セリオは深く、うなずいた。

「僕に、行かせてください」




 生まれて初めて、ルーミルの古き存在としての姿を見たセリオたちは、転送魔法で一瞬にしてこの場を去ったルーミルと土の精霊が先ほどまでいた場所を、しばし無言で眺めていた。

 と、唐突に、セリオが言葉を発する。

「……私たちは、無知だな」

 その言葉に、異議を唱えられるものはいなかった。

 セリオは、静かに続ける。

「ルーミルのことだけではない。臣下の貴族たちの考えも、今城下にいる民たちの思いもだ。私は常に知ろうと努力してきたつもりだった。しかし、結果はどうだ?」

「……確かに、私達自身が思っているほど、私達は周りのことを理解しては……いませんね。ルーミル殿の件で、痛感致しました」

 苦々しさを込めたセリオの言葉に、クロスもまた、いつになく暗い表情で言葉を返す。彼に寄り添う水の精霊が、なぐさめるように肩にとまった。それに視線を落としながら、クロスは言葉を続ける。

「『無知は、罪』――私達は、それをこの国の誰よりも知っているはずでしたのに」

 幼い頃、三人で読んだ、魔法使いが主人公の物語。その物語の中で魔法使いが言っていた言葉が、それを口にしたクロスを筆頭に、彼らの頭で回る。

 国の将来を背負うものとして、彼らはその言葉を、知ったその時からいつも教訓にしてきたはずであった。

「……不甲斐ない、です」

 小さく、アーフェルがつぶやく。

「ああ、本当に、どうしようもなく……私たちは知らなさすぎる」

 それは、特殊な魔法であったがために、現状の改善をルーミルにまかせるしかなかった、己の手段のなさゆえか。

 悔恨に近い感情を持て余すかのようにそう発したセリオの言葉に、思わぬところから返事があった。

「それはそうでしょう」

「! イズレンディア殿!?」

 ハッと三人が向けた視線の先、守護騎士と入り口たる扉の存在をさっくりと無視して、転移魔法で現れた普段どおりのイズレンディアの姿に、セリオが思わずのけぞった。

 が、その反応もなんのその。おっとりとした態度を崩さないイズレンディアは、その穏やかな微笑みをうかべたまま、言葉を続けた。

「二十数年生きているだけでは、知れるものなど本当にわずかなものですよ」

 その言葉が、先ほど自分が発した言葉への彼なりの返答であると気がついたセリオは、しかし、と表情を曇らせた。が、彼がその言葉の続きを発する前に、イズレンディアの方が先に言葉を続ける。

「そもそも、人族はその種族的に百年を生きられれば上等だと言われるような存在。常に傍にある物事であっても、完全に理解することなど叶わないでしょう」

 実にまとを得た言葉に、沈黙を示すセリオ。アーフェルは当然のこと、クロスでさえ、反論の言葉を見出せずにいる。

 しかし、イズレンディアの言葉は、最も、と続いた。

「その無知さを補おうと努力することこそが、人族の美点だと、私は思っていますが」

 にこにことした笑顔で紡がれた言葉には、確かに本心が宿っていた。

「……」

 無言のまま、そっと、目礼をするセリオ。

 悲痛に歪みかけた雰囲気は、たった一人の、されど強き者の思いによって、元の穏やかさを取り戻した。

「そういえば、身体のほうは問題ないのですか?」

 戻った雰囲気を再び崩すようなことはせず、つい先ほどまでベッドで横になっていたはずの身を案じる、という、彼にしては無難な言葉を問いかけるクロス。それに、あぁ、と言葉をこぼしたイズレンディアは、なんともあっけらかんとした声音でこう言ってのけた。

「目覚めた時点で完全回復してましたよ?」

「……」

 思わずそろって半眼になった三人を責める者は、おそらく、この場ではなくとも存在しないだろう。

 コホン、と、先ほどとは別な意味で微妙になりかけた空気を元に戻したのは、アーフェルだ。彼は、その銀の瞳を真っ直ぐに深い緑の瞳と合わせ、たずねた。

「ルーミル様を、追いかけなくても?」

 その言葉に、ハッとした顔をしたのは、セリオだ。

 強力な力を持つ魔法使いであるイズレンディアなら、自らの弟子が発動した転送魔法がどこへ着地点を合わせたのか、それくらいは分かるはずである。

 やられたのはイズレンディア自身であるのだから、自分で報復をしに行っても、誰にも文句など言われることはない。

 であるならば、ここで自分たちと話しなどせずに、ルーミルを追いかけたほうが良いのでは? と、アーフェルが考えていたことを、セリオも察したのだ。

 しかし、問われた当の本人はと言うと、うかべる微笑みを、にこり、と深めて、こう言い放った。

「大切な弟子の気持ちを、師匠が踏みにじるわけにはいかないでしょう?」

 どこか、転送魔法を発動する前に告げたルーミルの言葉と関連したその言葉に、三人はここにきて、ようやくその端正な顔に微笑みをうかばせた。

 三人のまとう雰囲気が和んだことを感じ、その瞳を優しげに細めたイズレンディアは、そういえば、と並ぶ窓の一つへと近づいた。

「結局、あの魔法はいったい何を出すためのものだったんですかね?」

 誰かに問いかける、というわけではなく紡がれた言葉に、素早く反応したのはクロスだ。水の精霊を見ていたその視線が、一瞬でイズレンディアへと移る。

「例の魔法は、何かを出す際に用いられる魔法だったのですか?」

「えぇ。召喚魔法の一種でしたからね」

「なるほど……。では、あの森には何かがあった、という事になりますね」

「そうでしょうね。……まぁ、通常では認識することのできないような、地中の奥深くにあったようですが」

 後半部分に、なぜ調査で赴いたときに察知できなかった? と言外に含ませたクロスの氷の笑顔での言葉に、普通にできることではありませんよ、と冷静に答えるイズレンディア。

 瞬間に行われた笑顔の応酬に、アーフェルは視線をそらし、セリオは小さくため息をついた。

 が、それは本当に一瞬のことで、イズレンディアが窓へと視線を戻したことにしたがって、あっという間に収まり、しかしそれは同時に、異なる戦闘の引き金をひく結果にもなった。

「魔石……?」

 ぽつり、とこぼれるようにして発せられたイズレンディアの言葉。それは、窓越しに北の地へと意識を向けた際に見つけた、大規模魔法の発動地点にある物を示していた。

 次の瞬間、まるで眼前に若葉が芽吹いたかのように、彼の表情がぱっと変わった。

「素晴らしい! まだあのように大きな物がこの地に残っていたとは……! てっきり千年前に失われたものだと思っていましたのに……!!」

 それは、実に純粋なる笑顔。その美貌に幼ささえにじませるほどの、歓喜の形。

 その瞬間、セリオたちは理解した。やはり、彼こそがルーミルの師であるのだと。

 それは、彼が弟子だと愛でる者が普段うかべる笑みに、とても近しいものだった。

 その変化に驚くまもなく、次いで、あ、という言葉が部屋に響いた。

「でも、あれはさすがにルーミル君では荷が重いですね……」

 珍しく、うーん、と思案顔でそのおとがいに手を当てたイズレンディアは、わずかな沈黙の後、ということで、と続く言葉と共に、実に良い笑顔をうかべてみせた。

「行ってきます」

 にこり、としたその笑みに、反論できる者はいなかった。


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