7 魔法使いたちの闘い
2014年3月13日改稿。
イズレンディアより一足先に北の森へと訪れたルーミルは、まずその蒼い瞳を見開くこととなった。
「これは……」
彼が転移してきた次の瞬間には、本来の魔法使いらしく杖を掲げて、臨戦態勢をとった黒ローブの魔法使いたち。それは良い。問題なのは、彼らの多くが周囲を囲む、その巨大な岩だった。
「まさか、魔石……? こんなに大きなものがあるなんて……」
思わず呆然とつぶやくルーミルの瞳にうつるのは、その蒼よりは薄く、されど煌々と青く輝く、魔力の固形体――通常はその辺に転がっている石と大差ない大きさであるはずの、魔石と呼ばれる物であった。
それを理解したとき、ルーミルはかの暗殺事件が引き起こされた理由を得心した。
魔石とはすなわち、即席の魔力回復道具である。魔法を扱う者にとって、その手の内にあるだけで魔力の補給として使えるそれは、その価値を知る魔法使いたちにとって、万鈞に値する物。
そう――この巨大魔石こそが、かの事件の引き金をひいた“原因”であったのだ。
何よりも、あり得ないほどの大きさを誇るその魔石は、本来ならば望むはずのない願いを生み出し、そしてそれを叶えるためにと、かの事件は引き起こされた。
――しかし、だとしても。
「……」
ルーミルは無言で、自らをゆるく囲むように移動していた魔法使いたちを睨み付けた。
たとえ、どのような原因があり、理由があったとしても、彼らが行ったその行為を、許すわけにはいかない。
ルーミルは、本来の生きた年数を感じさせる、静かな威厳を含んだ声で、告げた。
「僕は、あなた達を許さない」
くるりと彼の周りを一周した土の精霊が上空へと上るのに伴い、彼へと狙いを定めた者たちが、動く。
闘いの火蓋が、切っておとされた。
「〈炎よ!〉」
声高らかに発せられた詠唱が、周囲一帯から飛来した魔法を焼き払う。
一瞬で出来上がった森の中の戦場は、目まぐるしく色を変える魔法光に支配された。
「攻撃の手を休めるな」
淡々と発せられるしわがれた声に、黒ローブの魔法使いたちが従う。
「まだまだ、です!」
対するルーミルもまた、自身が最も得意とする炎の魔法でもって、的確に対処して行く。
右から飛んできた氷の矢を紙一重で避け、正面から襲ってきた火炎の弾を似て非なる炎にて焼き払う。後方へと回り込んだ風の刃は燃え盛る熱風に溶かし、左下より突き出された土の針は、サッと引いた左足と共に、上空にて援護する土の精霊の力によって、灼熱を残してその場から消え去った。
右、左、前、後ろ――絶え間なく襲い来る攻撃魔法を、土の精霊の加護があるとはいえ、紅蓮の炎のみで焼き尽くすルーミルの実力は、さすがは最古の《賢者》の弟子といったところか。
しかし、周囲から一斉に発動される数多の魔法は、黒ローブの魔法使いたち自身の実力のみで展開されるものではない。
「くっ……!」
すぐそばにある巨大な魔石に触れ、そこから魔力を得て魔法の威力を高める魔法使いたちの攻撃に、的確な対処を行いながらも、徐々におされて行くルーミル。
このままでは、師匠の敵を討つなど到底かなわず、むしろ彼自身がやられかねない状況へと、事態は着実に進んで行く。
ルーミルは、《賢者》と呼ばれるまでには至っていないにしても、強力な力を持つ魔法使いである。そんな彼を前に、実力はあれども“普通”の域にとどまっている程度の魔法使いたちが、引かないどころか確実に敗北へと追い込ませて行けるほど、この巨大魔石は莫大な力と可能性を秘めていた。
「……そろそろ限界か?」
耳障りなしわがれた声が、外野で告げる。彼と残り二人の魔法使いだけは、この魔法戦に参加することなく、巨大魔石のそばで事の成り行きを静観していたのだ。
「しかし、流石に手強いな。一国を建国に導いた存在なだけはある」
先ほどの魔法使いに続いて、別の魔法使いがそうつぶやく。それに同意を表す二人の魔法使いたちの返答含め、その言葉が、ルーミルの存在を知っている上で語られたものであることは、いまだに攻防が繰り広げられる中心に立つ本人でさえ、理解できた。
なぜ? という疑問が、ルーミルの頭に浮かぶ。
元々、建国より三百年を越すシルベリア王国の歴史を、正確に表した歴史書は少ない。更に、希少とも呼べるそれらは、実際には王城にて管理されており、事実上、ルーミルの存在はあまり公にさらされてはいないのだ。他国の重臣や歴史の研究家ならばともかく、自国がどのようにして生まれたか、それを当然として学ぶシルベリアの民でさえ、彼の存在を知らぬものが大半であるのは、その事実と存在がこうして国の拠点にて密やかにあり続けているということこそが、大きな原因なのである。
で、あるのにも関わらず、その三人の魔法使いたちは、自身の存在を知っているという。
彼らをただの“歴史も研究している魔法使い”と結論付けることは簡単であるが、それはあまりにも浅はかというものだ。ただの歴史研究家な魔法使いは、超一流の暗殺者などをやとったりはしない。おまけに、彼らはルーミルの実力をおおよそ理解しているうえで、数十を越すとは言え、戦闘を他の魔法使いたちにまかせて観察に徹しているのだ。
その余裕綽々とした態度に、さすがに上がってきた呼吸を整えつつも、ルーミルはその澄んだ蒼瞳に強い意志を宿し、彼らを睨みつけた。
――だが、それで状況が変わるわけではない。
依然として襲い来る魔法の嵐に、草木たちの応援もむなしく、ついに片膝を地につけるルーミル。
「っ」
いまだに魔法の炎を周囲に展開し、攻撃を防ぎながらも息を詰めた彼は、半ば無意識で、その言葉を紡いだ。
それは、彼が始めて出会ったその時から、幾度も彼のことを救ってきた、優しくも強力な、魔法の言葉。
力ある名と同じように、ただ一人の“彼”を示す、大切で特別な彼の“呼び名”。
ルーミルは紡いだ。自身の炎にさえかき消されそうなほど、小さな声で。それでも、はっきりと。
「――お師匠様」
ぽつり、とこぼれたその音に、確かな答えが降ってきた。
「!?」
三人の魔法使いたちが、ハッと空を仰いだ途端、煌々と輝く巨大魔石へと、一筋の白光が落雷する。
一瞬で青の光さえも包み込んだその白光は、次の瞬間、物理的な圧力さえも宿して、弾けた。
「うわあぁぁ!?」
たまらず上げた魔法使いたちの悲鳴が、周囲に響く。
天上から降りそそいだ白い雷は、刹那の時間で、巨大魔石から魔力を得ていた魔法使いたちを引き剥がし、無力化したのだ。
加えて、突如訪れた転機は、これだけにはとどまらなかった。
先ほどの白光によって、明度を落としたようにその輝きをわずかに沈めていた巨大魔石へと、新たな魔法が展開する。
薄い水色の光を放つ巨大な二重円の魔法陣が、巨大魔石の頭上と地面に描かれ、そこから伸びた半透明の魔法陣と同色の光によって、円柱状の結界が張られたのだ。
必然的に、黒ローブの魔法使いたちは今まで巨大魔石にて補っていた攻撃力を、低下させざるをえない状態へと落とされることとなった。
「なっ!? これでは魔力が得られない!」
魔石に直接触れなければ、その内にある魔力を得ることは出来ない。驚愕をあらわに叫ぶしわがれた声に、黒ローブの魔法使いたちへと動揺が広がる。
しかし、そんな怒涛の展開などお構いなしに、その声は響いた。
「それに何か、問題が?」
穏やかで、優しげで、それでいて、今は確かな怒りを含んだ声音。
「良いではありませんか。それが貴方がたの――」
地にいる者の全てが仰ぎ見るその姿は、
「本来の力なのですから」
闇夜にさえ、濃淡の緑をはためかせて浮かんでいた。
「お前は!」
しわがれた声に、わずかな恐怖が宿る。それに気付いて微笑んだ彼へと、笑顔を咲かせたルーミルが叫んだ。
何時いかなる場所で紡いでも、敬愛の消えないその“呼び名”を。
「お師匠様!!」
数十の瞳と、なによりも蒼い瞳が映すのは、銀に煌く星々を背に、夜空でたたずむ美しきエルフの魔法使い。
「少し遅くなってしまいました。すみませんね、ルーミル君」
わずかに眉をさげ、申し訳なさそうに微笑むイズレンディアが、そこにいた。
――形勢逆転である。
「っ、死んではいまいと思ってはいたが、まさかこれほど早くに復活するとは……」
「生憎と、貴方がたが思っていたほど弱くはないものでして」
思わず発せられた言葉に、穏やかながらも棘を宿した言葉が返る。
様々な感情を宿しながら、一触即発の雰囲気を放つその場は、すぐに爆発を起こした。
「構うな! やれ!!」
鋭い命令が響く。途端、今まで混乱していた魔法使いたちが、素早く体勢を整えた。狙いはすでにルーミルから外れ、上空に浮かぶイズレンディアへと杖が掲げられる。
一瞬の間をあけ、様々な属性の魔法が、空へと放たれた。
避けることは不可能。並の魔法使いでは、防ぐことも出来はしない。普通ならば、現状そのものがすでに、逃げるべき状態だ。
であるにも関わらず。
彼らは笑っていた。
土の精霊を肩にとまらせたままに地に膝をつくルーミルは、一つの疑問もなく、自らの師が勝利することを信じて。
遥かな高みに浮かぶイズレンディアは、わずかな恐怖もなく、自らに襲い来る魔法を、退けられると確信して。
彼らは笑う、鮮やかに。その瞳に、強い意志をにじませて。決して崩せぬ微笑みを、その美貌へと浮かばせる。
風切り音を引き連れて、数多の魔法が空を飛び、そしてそれが届く、ほんの手前。
華奢な腕が、振るわれた。
――光が、弾ける。
瞬間、地上にいる全ての魔法使いたちは、純粋魔力の青を見た。
呑み込むではなく、切り裂くように。多彩な魔法光を包み込むことさえなく、放たれた魔力の原形は、その美しい青を夜空へと広げた。
「!?」
驚愕は、誰が始めに浮かべたものだったのか。
「……馬鹿、な……」
あり得ない、と発せられたしわがれた声は、地に落ちた。
一瞬の、出来事であった。
飛来し、爆発するはずであった多くの魔法たち。しかしそれは、純粋な魔力そのものによって、まるで洗い流されるようにその形を崩し、付加されていた属性さえをも外して、同じ純粋魔力へと強制的に戻したのだ。
一つの魔法を純粋な魔力に戻すことは、出来なくはない。高等技術ではあるが、ある種の防御手段として、それができて初めて力ある魔法使いだと認める老年の魔法使いは、少なくないのだ。
しかし、それが数十を越える魔法全てを一度に、などというのは、最早無謀も良いところである。
一度構成し形作った魔法を分解するには、繊細な技術力が必要なのだ。二つの内、一つの種類が異なるだけでも、一つの魔法を分解することの十倍は難しくなるというのに、数十の魔法の内、十を越える種類があっては、それこそ逃げたほうがよほど現実的である。
しかし、今この場にいる者たちが目にしたものは、間違いなく、その非現実極まりない技術なのだ。
一方はある種の畏怖を、もう一方はわずかな満足感と穏やかさをもって、沈黙が流れた。
圧倒的な実力差の、結果であった。
衝撃的な形で見せつけられたあまりにもありすぎる力の壁に、黒ローブの魔法使いたちが戦意を喪失したのは、半ば必然であった。先の出来事は、魔法使いにとってはそうなることが当然とさえいえるほどのものだったのである。
もちろん、なおも食って掛かってくる愚か者はいた。しかしそのような者には、イズレンディアのみならず、復活したルーミルからも、容赦ない反撃が与えられたため、戦意の喪失を無意味に加速させるだけとなった。
なお、逃亡を図った者もまた、並の魔法使いには見抜けないほどの巧みな技術でかけられていた見えない結界魔法によって、転送の魔法を発動させることができず、未遂に終わっている。
全ての愚か者を撃退したその後は、ふわりと地面に降り立ったイズレンディアの魔法によって全員が捕らえられ、巨大魔石のそばにて固められることとなった。
ようやく本来の穏やかさを取り戻した森は、いまだ結界が張られたままの巨大魔石から放たれる薄青い光と月光に照らされ、静かな神秘を見せている。
「――ところで」
草木から伝えられるとどまることのない感謝の声に、いつも通りその英知の瞳を細めながら、ふと、イズレンディアが言葉を紡いだ。
「だいたいの予想はできていますが、正しい答えをまだ聞いていませんでしたね」
にこにことした笑顔を浮かべて語るイズレンディアのその言葉が、いったい何を示すのか。それを正しく察せれた者は、言葉を紡いだ本人を含めて、五人いた。
すかさず反応したのはルーミルだ。闘いが終わり、土の精霊を帰した彼は、勢いよく声を張り上げた。
「そうですよ! この森にいた魔物にあなた達が関係していることは、近くの村の人たちのお話や先ほどの闘いですでに確定していますし……」
そういった後、ピッと指差したその先には、存在感を消すことなく地にたたずむ巨大魔石。
「あの巨大な魔石こそが、あなた達を突き動かした原因であるのも、わかります」
「……」
確かな正解を告げたルーミルに、黒ローブの魔法使いたちのリーダー各である三人の老人たちが、重苦しくうつむく。
しかし、ルーミルが本当に言いたいことは、この後の言葉であった。
「理解は出来ますよ。でも、許すことは、僕には出来ません」
先の戦闘のなごりで、わずかに傷ついた青のローブをはためかせ、その蒼瞳に静かな怒りを宿した彼は、答えを知りながらも、強く、問いかけた。
「なぜ、お師匠様を殺そうとしたんですか?」
少しだけ震えた声が、面には出さなかった激情を表す。
「……」
なおも無言を貫いた老人たちは、しかし、暗殺事件に怒りを現すルーミルよりも、別の事実に恐怖することとなった。
それは、怒るルーミルのその横で、彼とは正反対に穏やかな雰囲気を放って立つ、今まで正体の分からなかったそのエルフの青年が、建国をなした存在の師であったということ。
ここまできてようやく、彼らは理解するに至ったのだ。
即ち、とんでもない存在に喧嘩をうってしまった――と。
「っ……」
途端に悔恨の念が顔にうかぶのは、実に人間らしい行動である。それを見たイズレンディアは、彼らが何も語らないことに視線を鋭くさせたルーミルの肩へと、そっと手を重ね、彼を柔らかく押しとどめた。
「お師匠様……」
瞬間的に、不服です、と大きく眉をよせたルーミルに、深い緑の瞳を細め、わずかに可笑しそうに微笑んだイズレンディアは、今度はその手を綺麗な金で彩る頭に置き、よしよしとなでた。
「う~、ずるいですよぉ、お師匠様ー!」
昔から彼にこうされるのが好きなルーミルは、意図せずとも嬉しさのほうが不服さより勝ってしまい、若干うらめしそうな表情をうかべるも、すぐにその表情を笑顔に変え、彼へと抱きついた。
わずかな時間、その場がほのぼのとした雰囲気になる。
その空気を破ったのは、意外なことにイズレンディアであった。
「私へと暗殺者を送り込んできたことですが――」
嬉しさをしまいこんだものの、顔を押し付けたまま自身から離れようとしないルーミルをちらりと見やりながら、イズレンディアは言葉を続けた。
「貴方がたが確実にこの巨大な魔石を得ようとした場合、守り役にしていた魔物を倒した私は、脅威以外の何者でもありません。……端的に言えば、邪魔な存在だったのでしょう?」
だから、とさらなる言葉が続く。
変わらぬ穏やかな微笑みをうかべたまま発せられたその声は、どこか無感情であった。
「だから、殺そうとしたんですよね?」
それは問いかけではなく、ただの確認。答えを知っているがゆえの、言葉であった。
やや間をあけて、老人の一人が答える。
「……いかにも。――全ては、我らがこれを、手に入れるために」
彼は、諦めの色が宿った瞳で巨大魔石を見やった。紡がれた言葉は、確かに、回答と呼ぶべきもの。
魔法使いたちの長い闘いに、真の決着がついた瞬間であった。




