第79章 迫り来る鋼鉄の津波【第六期 完】
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1944年8月上旬
アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンディエゴ海軍基地
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痛ましい敗北から、およそ半年。
かつて太平洋の覇権を象徴していたハワイ・オアフ島を豊栄大日本帝国に完全に奪われ、太平洋の西半分を喪失したアメリカ合衆国は、不気味なほどの「沈黙」を守り続けていた。
だが、その沈黙は決して屈服を意味するものではない。サンディエゴからサンフランシスコに至るアメリカ西海岸の港湾は、今や人類の海戦史において誰も見たことのない、異常なほどの「鋼鉄の壁」によって黒々と塗りつぶされていた。
合衆国海軍作戦部長であるアーネスト・ジョゼフ・キング大将は、基地の司令部の窓から、眼下の海面を隙間なく埋め尽くす艦列を見下ろしていた。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が発動した『ヌードセン・プラン(国家総力戦体制)』によって限界突破したマニュファクチャリング・モンスターが吐き出した、基準排水量3万トン級の新鋭大型空母『エセックス級』の群れ。そして、大西洋から急行してきた『アイオワ級』をはじめとする新鋭高速戦艦の威容である。
「キング大将。これだけの戦力が揃ったのです、今すぐに出撃命令を。ハワイに居座るジャップの第一艦隊を海の底へ沈め、オアフ島を奪還すべきです!」
若き血気に逸る幕僚が息巻くが、キング大将は咥えていた葉巻を灰皿へ力強く押し付け、冷徹に首を横に振った。
「馬鹿なことを言うな。今の戦力でハワイへ突っ込むなど、ジャップが構築した大和型の巨砲と地下要塞のキルゾーンへ自ら飛び込む自殺行為に過ぎん。五分五分の戦力で博打をするような時代は終わったのだ」
キングの眼差しは、西の水平線の向こう側を氷のように冷たく睨み据えていた。
「我々の最大の武器は、デトロイトとカイザー造船所が産み出す『無限の生産力』だ。ジャップの職人技を完全に、そして物理的に凌駕する『圧倒的かつ絶対的な物量』が揃うその瞬間まで、我が合衆国海軍はこの西海岸を『鉄壁の盾』として死守し、一歩も外洋へは出ない。……巨人が真の反攻の引き金を引くのは、敵を確実に圧殺できる質量がすべて整った時だ」
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同月中旬
ワシントンD.C. ペンタゴン(米国防総省) 地下戦略会議室
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西海岸で海軍が限界まで兵力を溜め込んでいるその裏側で、アメリカ陸軍航空軍は、ハワイの堅牢な防波堤を安全な位置からこじ開けるための「究極の刃」を研ぎ澄ませていた。
「大統領閣下、マーシャル将軍。ジャップの地下要塞がどれほど強固であろうと、我々にはそれを上から丸ごと焼き尽くす手段があります」
合衆国陸軍航空軍司令官、ヘンリー・ハーレー・“ハップ”・アーノルド大将は、巨大な太平洋の海図の上に、一機の銀色の怪鳥の青写真を滑らせた。
「シアトルのボーイング社工場で量産が進められている、『B-29 スーパーフォートレス』の大編隊です」
車椅子に深く身を沈めたルーズベルト大統領の目が、その巨大な四発重爆撃機の図面に釘付けになる。
「現在、海軍が西海岸を鉄壁の艦隊で守り抜いている間に、我々陸軍はこのB-29の生産ラインをフル稼働させています。目標は、ハワイ・オアフ島の大規模空襲です」
アーノルド大将は、自信に満ちた声で作戦の全容を語り始めた。
「この機体は、完全に与圧されたキャビンを持ち、高度1万メートルという成層圏を飛行可能です。ジャップの戦闘機や高射砲が届かない絶対安全な高度から、数千トンに及ぶ焼夷弾と徹甲爆弾を雨霰と降らせ、ハワイの港湾インフラと地下要塞の換気口を徹底的に破壊します。海軍の艦隊を危険に晒すことなく、ジャップの不沈要塞を空から完全に無力化するのです」
「……素晴らしい。我々の工場の煙突が、東洋の怪物を空から焼き尽くすというわけだな」
ルーズベルトは、氷のような冷酷な笑みを浮かべた。
アメリカ合衆国は、日本軍との無謀な正面衝突を避け、自らの最強のカードである「大量生産」と「高度な航空テクノロジー」を完璧に揃えるための、冷徹で計算し尽くされた「溜め」の期間へと沈み込んでいたのである。
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1944年8月下旬
帝都・東京 江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場
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西半球の巨大な竜が、静かにその肺腑に炎を溜め込んでいるという不気味な状況は、地球の裏側にある帝都・東京の地下要塞でも、冷徹な電磁防諜網を通じて正確に観測されていた。
「……報告の通りです。アメリカは全く動く気配を見せません。西海岸に集結した空母や戦艦群は出撃の素振りすら見せず、ただひたすらに新造艦艇と航空機を後方で溜め込んでいる状態です」
幕府特務・防諜総監である小栗 忠純が、竹中数理演算所の電磁自動算盤が弾き出した最新の通信トラフィック解析を円卓に広げた。
「さらに、シアトル方面での長距離通信の激増から、彼らが高度1万メートルを飛行する新型超重爆撃機(B-29)の量産を急ピッチで進め、ハワイへの超高高度空襲作戦を企図している可能性が極めて高いと分析されています」
国家財務総監・水野 忠徳は、扇子を開いてパチンと鳴らし、忌々しげに目を細めた。
「ルーズベルトの合理主義らしい、冷徹な我慢だ。我々の第一艦隊とハワイの地下要塞へ五分五分で突っ込む愚を避け、こちらを『完全に圧殺』できるだけの天文学的な質量が揃うまで、絶対に反攻の引き金を引かないつもりか」
「だが、奴らが溜め込んでいるのは西海岸の太平洋側だけではないぞ」
評議場総裁にして永世宰相たる徳川 家正が、重々しい声で沈黙を破った。家正はゆっくりと立ち上がり、巨大な世界地図の「アメリカ東海岸」、そして南北アメリカ大陸を結ぶ「細い運河」を指揮棒で鋭く叩いた。
「ルーズベルトは、大西洋側にある東海岸の巨大ドック群──ニューヨークやニューポート・ニューズ造船所でも、エセックス級や大量の護衛艦艇を狂気的なペースで建造し続けている。時期が来れば、奴らはパナマ運河を抜け、大西洋で造り上げた全質量を太平洋へと合流させ、我々の絶対防衛圏へ怒涛の津波となって叩き込んでくるだろう」
家正宰相の眼光が、一段と冷酷な輝きを放った。
「アメリカが、我々を凌駕するための『鋼鉄の津波』を準備しているというのなら。……我々はその津波が太平洋へ流れ込む前に、水門そのものを力ずくで破壊するまでだ」
家正の言葉に、小栗忠純が静かに、しかし絶対の自信を込めて頷いた。
「宰相閣下。島津重工(西国重工)の地下ドックで極秘裏に建造を進めさせていた『第十八号型特型潜水母艦(伊号第四百型潜水艦)』を筆頭とする巨大潜水空母群は、すでに実戦配備の最終段階に入っております。さらに、村上産業が開発した四三式特殊水上攻撃機『晴嵐』の耐圧格納筒からの射出テストも、完璧に完了いたしました」
基準排水量3,000トンを優に超え、地球を半周する長大な航続距離を持つ、世界最大の潜水空母。その腹の中には、折り畳まれた3機の特殊攻撃機が牙を研いで眠っている。
「作戦を発動せよ」
家正宰相の絶対的な勅令が、江戸城の地下要塞に響き渡った。
「目標は、パナマ運河の巨大閘門群。伊四百型潜水艦隊をもって海中からアメリカの懐深くへ隠密裏に接近し、『晴嵐』によるピンポイント奇襲爆撃で運河の機能を完全に物理破壊しろ」
それは、アメリカの誇る強大な二つの海軍力──大西洋艦隊と太平洋艦隊を完全に分断するための、地政学と技術の極致を融合させた究極の非対称戦略であった。
パナマ運河の閘門が破壊されれば、東海岸で建造されたアメリカの艦艇は、南米の過酷なマゼラン海峡を何ヶ月もかけて迂回しなければ太平洋へ出ることができなくなる。アメリカが誇る「マニュファクチャリングの暴力」は、地理的制約によってその威力を半減させられるのだ。
「ルーズベルトが空から我々の要塞を焼き尽くす算段を立てている間に、我々は奴らの動脈の心臓を海底から食い破る。……アメリカの質量が完全に揃う前に、奴らの背骨をへし折ってやるのだ」
1944年秋。
太平洋の海面は、嵐の前の不気味な静寂を保っていた。
西海岸で無尽蔵の爆撃機と艦隊を揃え、空からの絶対的な破壊を待つアメリカ合衆国。
その虚を突き、パナマ運河という敵の最大の急所へ向けて「見えない深海の暗殺者」を解き放とうとする豊栄大日本帝国。
四つの巨人が織りなす世界総力戦は、いよいよ互いの国家の心臓を直接抉り合う、後戻りのできない最終決戦の領域へと、その重く、冷徹な歩みを進めようとしていたのである。
【第六期 完】




