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幕間4 豊栄大日本帝国海軍 航空機大鑑

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豊栄大日本帝国海軍 航空機大鑑

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Ⅰ. 艦上戦闘機


二〇式艦上戦闘機 [設計:岐州重工]

採用年: 1922年(府元320年)

概要: ワシントン軍縮条約を機に海軍が「航空母艦」の建造へと舵を切った直後に開発された、黎明期の木製複葉戦闘機。空母という未知のプラットフォームでの運用基礎を確立したパイオニア。


二六式艦上戦闘機 [上杉航空]

採用年: 1928年(府元326年)

概要: 全金属製機体への過渡期に生まれた堅牢な戦闘機。高い急降下性能と巴戦能力を持ち、この機体によって海軍の「戦闘機による制空権奪取」のドクトリンが完成した。


三四式艦上戦闘機 [岐州重工]

採用年: 1936年(府元334年)

概要: 開戦数年前まで主力だった単葉機。高い運動性を誇り、開戦時には予備機や訓練機として各地の基地で後進の育成に大いに貢献した。


三八式艦上戦闘機『凱風がいふう』 [岐州重工]

採用年: 1940年(府元338年)

概要: 開戦時の主力戦闘機。岐州重工の空力設計と大馬力エンジンが融合し、英軍機を圧倒する巴戦能力を誇る。しかし、軽量化のために装甲を削っているため、被弾に弱いという弱点を抱える。


四〇式艦上戦闘機『烈風れっぷう』 [岐州重工]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 1500馬力級液冷発動機『水星』を搭載した高速戦闘機。開戦時には増加試作機が防長石油の100オクタンガソリンを爆発的に燃焼させ、大英帝国東洋艦隊の直掩機を一方的に撫で斬りにした海軍の花形。しかし、熱帯でのエンジントラブルが頻発し、稼働率の維持に整備兵が泣かされている。


四一式艦上戦闘機『陣風じんぷう』 [上杉航空]

採用年: 1943年(府元341年)

概要: 複雑な液冷エンジンを嫌う上杉航空が、大馬力の空冷星型発動機と極厚の防弾鋼板を組み合わせて開発したタフネス機。「最高速度では烈風に劣るが、ボタンを押せば必ず飛び、生きて帰れる」として、前線の将兵から絶大な信頼を寄せられている。


四二式艦上戦闘機『天風てんぷう』 [岐州重工]

採用年: 1944年(府元342年)

概要: 複雑な液冷エンジン『水星』の整備性に業を煮やした海軍現場の要求に対し、岐州重工(織田家)が「2500馬力級の超大出力空冷星型発動機」を極限まで絞り込んだ胴体に搭載することで応えた、究極のレシプロ艦上戦闘機。巨大なエンジン出力を余すことなく海の空へ叩きつけるため、複雑な「二重反転プロペラ」を採用している。


四三式艦上噴進戦闘機『焔風えんぷう』 [岐州重工]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: プロペラの限界速度を突破するため、岐州重工が極秘裏に開発したターボジェットエンジンを搭載した、帝国海軍初の艦上ジェット戦闘機。プロペラを廃した流線型の美しい機体は時速850キロメートルを優に超え、旧来のレシプロ機を完全に過去の遺物とする未知の速度領域へと到達した。多良加の軽油でも爆発的な推力を生み出し、敵の防空網を閃光のように切り裂く新時代の矛である。


Ⅱ. 艦上爆撃機・艦上攻撃機


二二式艦上雷撃機 [上杉航空]

採用年: 1924年(府元322年)

概要: 魚雷を抱えて空母から発艦するという、当時としては狂気とも言える技術的ハードルをクリアした複葉の雷撃機。


二八式艦上爆撃機 [岐州重工]

採用年: 1930年(府元328年)

概要: 敵艦の上空から垂直に近い角度で飛び込み、急降下爆撃を行うという新たな戦術を体現した機体。


三一式艦上攻撃機[上杉航空]

採用年: 1933年(府元331年)

概要: 開戦時にはすでに旧式化していた機体だが、非常に素直な操縦性を持ち、本土や外地の哨戒機、練習機として活躍している。


三五式艦上爆撃機 [岐州重工]

採用年: 1937年(府元335年)

概要: 開戦時にはすでに旧式化していた固定脚の機体。軽空母の艦載機としては現役であり、哨戒機や予備機、練習機として本土各地に配備されている。


三六式艦上攻撃機『天山てんざん』 [上杉航空]

採用年: 1938年(府元336年)

概要: 鈍重だが、分厚い防弾鋼板と空冷エンジンの絶対的なタフネスを誇る雷撃のワークホース(使役馬)。敵の対空弾幕をカンカンと弾き返しながら、寸分の狂いもない肉薄雷撃を完遂する。


三八式艦上爆撃機『彗星すいせい』 [岐州重工]

採用年: 1940年(府元338年)

概要: 液冷エンジンを搭載し、空気抵抗を極限まで減らした急降下爆撃の華。80度の垂直ダイブを敢行し、英戦艦の防空火器をピンポイントで粉砕した。しかし、機首のラジエーターが熱帯でオーバーヒートを起こしやすく、堺公差による部品供給がなければ運用不可能な機体。


三九式艦上攻撃機『流星りゅうせい』 [岐州重工]

採用年: 1941年(府元339年)

概要: 重い『二九式改航空魚雷』を抱えたまま、敵戦闘機を振り切る速度を持つ超高速の「液冷」攻撃機。開戦当初は配備数が少なく『天山』と混成で運用されたが、本来は単機で雷撃・急降下爆撃の双方をこなし、魚雷投下後は敵戦闘機と互角の空戦すら可能な、驚異的なポテンシャルを誇る万能機である。


四三式艦上攻撃機『迅星じんせい』 [岐州重工]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: 雷撃と急降下爆撃の両方を一機でこなす、岐州重工の技術の結晶たる「雷爆統合機」。大馬力エンジンによる高速性と長大な航続距離を併せ持ち、単機で敵艦隊の中枢を壊滅させる圧倒的な打撃力を誇る。その巨大な機体を安定して運用するため、鍋島家の「高圧油圧カタパルト」や島津の「装甲甲板」といった最新の艦艇インフラと高度にシステム統合されており、帝国の機動部隊に無類の攻撃力をもたらした。


四八式艦上噴進攻撃機『翔山しょうざん』 [岐州重工]

採用年: 1950年(府元348年)

概要: 後退翼とターボジェットを搭載し、航空打撃のパラダイムを根本から変えた次世代型統合キャリアー。敵の防空網の外側から高精度な「空対艦誘導弾」を放つことで、搭乗員の命を危険な肉薄攻撃から完全に解放した。黒田精機や竹中数理演算所の電子システムと連動し、天候や昼夜を問わず目標を確実に粉砕する新時代の矛である


Ⅲ. 偵察機・早期警戒機・夜間戦闘機


四〇式夜間戦闘機『月光げっこう』 [上杉航空]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 初期型レーダーと上向きの「斜め銃」を搭載した双発夜間戦闘機。エンジンの振動でレーダーの巨大な真空管が次々と破裂するため、暗闇の空戦中に火傷しながら真空管を差し替えるという曲芸を強いられた防空機。


四一式艦上偵察機『彩雲さいうん』 [岐州重工]

採用年: 1943年(府元341年)

概要: 「我ニ追イツク敵機ナシ」を体現するため、武装と装甲をすべて剥ぎ取った強行偵察機。圧倒的な速度と引き換えに、機体が軽すぎて横風に極端に弱く、着艦時の激突事故が多発する「搭乗員泣かせ」の機体。


四三式早期警戒機『星光せいこう

採用年: 1945年(府元343年)

概要: 背面に黒田精機の巨大な回転式レドームを背負った「空飛ぶ司令部」。極悪な空気抵抗のため滑走発艦はできず、カタパルトの暴力的な衝撃に耐えながら、電子戦手たちがブラウン管の光で味方を管制する。


四七式全天候型噴進戦闘機『極光きょっこう』 [上杉航空]

採用年: 1949年(府元347年)

概要: 機銃を完全に撤廃したジェット迎撃機。黒田レーダーがロックオンし、竹中算盤が弾道計算を行い、パイロットは「誘導ミサイル」のボタンを押すだけ。英雄的な巴戦はこの機体の登場によって無機質なシステム戦闘へと書き換えられた。


Ⅳ. 水上機・特殊航空機


三三式水上偵察機 [村上産業]

採用年: 1935年(府元333年)

概要: 巡洋艦のカタパルトから射出されることを前提に造られた、黎明期の頑丈な複葉水上機。


三七式水上観測機 [村上産業]

採用年: 1939年(府元337年)

概要: 戦艦の主砲射撃の着弾観測を担う機体。高い格闘戦能力を持ち、水上戦闘機としても活躍した。


三六式大型飛行艇『蒼海そうかい』 [村上産業]

採用年: 1938年(府元336年)

概要: 村上産業が誇る高度な防水・防食加工技術の結晶。南太平洋からインド洋に至る長大なシーレーンを上空から監視し、潜水艦を狩るための巨大な「空飛ぶ船」。その航続距離と堅牢さは他国の追随を許さない。


四〇式大型飛行艇『海神わだつみ』 [村上産業]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 長大なインド洋や南太平洋のシーレーンを完全に掌握するため、村上産業が『蒼海』の設計思想を限界まで拡張して生み出した四発の超大型哨戒飛行艇。瀬戸内の造船技術を航空力学へと昇華させた「空を飛ぶ巨大な水上艦」であり、波濤荒れ狂う外洋においても平然と離着水が可能な、世界最高峰の耐波性能と防水・防食加工技術の結晶である。


三九式水上偵察機『紫雲しうん』 [村上産業]

採用年: 1941年(府元339年)

概要: 巡洋艦から射出される高速水上偵察機。敵に捕捉された際、機体下部の巨大なフロートを火薬で強制パージして逃げ去る機構を持つ。フロートを捨てた機体は帰艦できず不時着水する運命にあるため、初めから使い捨てを前提とした機体。


四三式特殊水上攻撃機『晴嵐せいらん』 [村上産業]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: 長距離潜水艦(伊号)の耐圧格納筒に折り畳んで詰め込まれる、西国重工と村上産業の悪魔合体とも言える「漆黒の刃」。深夜の波間で整備兵がハンマーで関節部を強引に叩き込んで主翼を固定し、作戦後は機体を海へ投棄するという、乾坤一擲のみを目的とした特殊攻撃機。


Ⅴ. 局地戦闘機・陸上戦闘機

四〇式局地戦闘機『轟電ごうでん』 [立花飛行機]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 九州および西日本の防空を担う立花飛行機が、「圧倒的な上昇力と一撃離脱」に極振りして生み出した局地戦闘機。大馬力エンジンを搭載した紡錘形の太い胴体を持ち、米英の大型爆撃機が襲来した際、どの機体よりも速く高高度へ到達し、大口径機関砲の火線を叩き込んで強引に敵編隊を粉砕する「一撃必殺の空飛ぶ対空砲」として無類の強さを誇る。陸軍機として開発されたが、開戦後に外地防空用の迎撃戦闘機の必要性を認識した海軍が局地戦闘機として採用した。一部装備が陸軍仕様と異なる。


四二式局地噴進戦闘機『閃風せんぷう』 [岐州重工]

採用年: 1944年(府元342年)

概要: 岐州重工(織田家)が、液冷エンジン『水星』の限界を見据え、極秘裏に基礎研究を進めていたガスタービン技術を結実させた帝国海軍初のターボジェット戦闘機。プロペラを廃した流線型の美しい機体は時速800キロメートル超という未知の領域に達し、高高度へ侵入してくる敵の重爆撃機や偵察機を、相手が反応する間もなく「閃光」のように追い詰めて撃墜する。


四二式陸上戦闘機『天雷てんらい』 [出羽航空]

採用年: 1944年(府元342年)

概要:「双発機」のポテンシャルを極限まで引き出す出羽航空が開発した多用途重戦闘機。機首に巨大な機関砲を集中搭載し、単発機では到達困難な高高度への素早い上昇と長時間の滞空能力を持つ。陸海軍双方の基地航空隊から引っ張り凧となる傑作機であり、拠点防空や長距離哨戒機の護衛として重用され、その圧倒的な重武装で敵の大型機を確実に仕留める。


四三式ロケット迎撃機『迅雷じんらい』 [立花飛行機]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: 立花飛行機が「雷神」の系譜の極致として開発を進める、内燃機関の限界を超えたロケットエンジン搭載の超音速迎撃機。滞空時間は極端に短いが、敵編隊を電探レーダーで発見した瞬間に文字通り「雷」のように垂直上昇し、一撃で目標を粉砕して滑空帰還する。既存の航空力学の常識を置き去りにする、絶対防空の最終兵器である。


Ⅵ. 陸上攻撃機・陸上爆撃機

広大な太平洋・インド洋の海原を越えて敵の艦隊や拠点を叩き潰すための、長大な航続距離と大ペイロードを誇る攻撃機群。


三三式陸上攻撃機 [相模航空廠]

採用年: 1935年(府元333年)

概要: 海軍基地航空隊の「長距離雷撃」の思想を初めて形にした双発の大型機。


三七式陸上攻撃機 [設計:岐州重工 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1939年(府元337年)

概要: 空気抵抗を減らした単葉双発機であり、後の長距離陸攻の基礎となるインテグラルタンクの概念を試験的に導入した過渡期の傑作機。


三九式陸上爆撃機『銀河ぎんが』 [岐州重工]

採用年: 1941年(府元339年)

概要: 「戦闘機並みの高速で爆撃・雷撃を完遂する」という過酷な要求を、開戦に間に合わせる形で岐州重工の極限の空力設計によって見事に具現化した双発の陸上爆撃機。敵の戦闘機を速度で振り切り、急降下爆撃・雷撃の双方をこなす万能性を併せ持つ。基地航空隊の精鋭部隊に優先配備され、敵の迎撃網を切り裂いて目標に肉薄する最強の矛として活躍する。


四一式陸上攻撃機『連山れんざん』 [設計:岐州重工 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1943年(府元341年)

概要: さらなる長距離打撃と高速性を求めた海軍が、陸軍の四発重爆撃機に対抗する形で開発を急がせた四発の大型陸上攻撃機。大馬力エンジン4基と洗練された空力設計により、巨大な機体からは想像できないほどの高速巡航能力を誇る。開戦翌年には早くも前線配備が始まり、圧倒的な爆弾・魚雷の搭載量を活かして、遥か遠方の敵艦隊や最重要拠点を単独で壊滅させる帝国海軍の戦略打撃力の要となっている。


四六式戦略爆撃機『富嶽ふがく』 [設計:岐州重工 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1946年(府元346年)

概要: 早期に実用化された『連山』の成功を受け、海軍がさらなる戦略爆撃を目論んで開発した六発(または四発)の超大型陸上攻撃機。太平洋を横断してアメリカ本土を直接爆撃すること、あるいは豊秋津島の内陸深くから大陸全土の敵拠点を粉砕することを目的とした決戦兵器。そのあまりに巨大な機体は、相模航空廠が誇る厚木平野の超大型滑走路でしか運用できないが、ひとたび空へ上がれば単機で都市を灰燼に帰すペイロードを誇る。


四九式噴進爆撃機『天河てんが』 [岐州重工]

採用年: 1951年(府元349年)

概要: 後退翼と双発のターボジェットを搭載した次世代型高速陸上爆撃機。敵のレーダー網を音速に迫る超高速で突破し、黒田精機のシステム制御によって高高度から滑空爆弾を投下する。爆撃の美学をシステムへと完全に昇華させた機体。


Ⅶ. 戦略偵察機

四〇式戦略偵察機『白狐びゃっこ』 [出羽航空]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 「謀将・最上義光」の血を引く出羽航空が開発した、双発の超高速戦略偵察機。武装をすべて捨て去り、空気抵抗を極限まで減らすことで、当時のいかなる戦闘機にも追いつけない絶対的な速度を獲得した。黒田精機製の最新型通信機とカメラを搭載し、敵軍の奥深くへ侵入して重要拠点の情報を丸裸にする。陸軍の発注機体でありながら、海軍でも基地航空隊の「長距離戦略の眼」として重用されている。


四二式戦略噴進偵察機『飛狐ひこ』 [出羽航空]

採用年: 1944年(府元342年)

概要: 『白狐』の基本設計を流用し、推進器を開発中のターボジェットエンジンへと換装した超高速実験機。音速に迫る速度で高高度を駆け抜け、いかなる対空兵器も寄せ付けない次世代の絶対の眼。



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豊栄大日本帝国陸軍 航空機大鑑

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Ⅰ. 制空戦闘機・局地戦闘機

「被弾に耐え、確実に撃ち落とす」という重防御・重火力のドクトリンが、複葉機時代から脈々と受け継がれてきた陸軍制空の系譜。


三一式戦闘機 [葵航空工機]

採用年: 1933年(府元331年)

概要: 黎明期の空を支えた複葉戦闘機。速度は遅いが、当時からすでに操縦席背面に防弾鋼板を仕込むなど「絶対生存」の思想が芽生えており、非常に頑丈な機体構造でパイロットの命を護った。


三五式戦闘機 [葵航空工機]

採用年: 1937年(府元335年)

概要: 陸軍初の単葉戦闘機。固定脚ながら優れた格闘戦能力を持ち、大陸や満州国境での局地紛争において、ロシア製の機体を圧倒的なキルレシオでねじ伏せた傑作機。


三七式戦闘機『蒼燕そうえん』 [葵航空工機]

採用年: 1939年(府元337年)

概要: 開戦時(1941年)にすでに完全に熟成され、主力として数千機が揃えられていた傑作機。極厚の防弾鋼板と防漏タンクを標準装備し、少々の被弾ではビクともしない絶対的なタフネスを誇る。その堅牢な機体構造を活かした急降下突撃で圧倒的な強さを見せつける。


三八式戦闘機『轟電ごうでん』 [立花飛行機]

採用年: 1940年(府元338年)

概要: 九州・立花飛行機が開発し、開戦前夜に配備が完了した局地迎撃機。重い防弾鋼板を背負いながらも、圧倒的な上昇力で敵爆撃機よりも高く舞い上がり、大口径機関砲の火線を叩き込む「空飛ぶ高射砲」。多良加の油田プラントを空から完璧に護り抜いた。その卓越した性能から、海軍も採用した機体である。


四〇式戦闘機『荒鷲あらわし』 [葵航空工機]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 2000馬力級の大出力空冷発動機を搭載した、陸軍重戦闘機の決定版。開戦翌年には早くも前線に姿を現し、「重防御・重武装」のドクトリンを極限まで押し進めながらも高い運動性を獲得。敵の対空砲火をものともせずに制空権をもぎ取る無敵の守護神。


四一式戦闘機『迅鵙はやもず』 [葵航空工機]

採用年: 1943年(府元341年)

概要: 水戸徳川製の排気タービンを戦闘機サイズに極限まで小型化して搭載した「高高度迎撃の鬼」。1万メートルを超える成層圏に近い空域へ平然と駆け上がり、タービンの出力を活かした一撃離脱で、米軍の新型高高度爆撃機を全く寄せ付けずに粉砕する。


四二式重戦闘機『剛鷲ごうわし』 [葵航空工機]

採用年: 1944年(府元342年)

概要: 親藩・葵航空工機(尾張徳川家)が、「搭乗員を分厚い鉄板で護り抜く」という陸軍の重防御ドクトリンの極致として開発した双発レシプロ重戦闘機。単発機ではもはや支えきれないほどの極厚防弾鋼板(越前松平製)と大口径機関砲を積むため、2000馬力級の大出力空冷発動機を両翼に2基搭載するという強引な力技で造り上げられた空飛ぶ重戦車である。


■ 陸軍:四二式噴進戦闘機『炎隼えんじゅん』 [葵航空工機]

採用年: 1944年(府元342年)

概要: 親藩・葵航空工機(尾張徳川家)が、「搭乗員を分厚い鉄板で護り抜く」という陸軍の重防御ドクトリンを維持したまま、ジェット化の波に乗るために開発した双発ジェット重戦闘機。 越前松平製の極厚防弾鋼板と、大口径機関砲の集中配置による「絶望的な重量増」を、ジェットエンジンの暴力的な推力によって無理やり空へ蹴り出すという、極めて強引な思想で造り上げられた空飛ぶ鉄塊である。


四三式全天候戦闘機『夜鷹よたか』 [葵航空工機 + 黒田精機]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: 多良加の油田プラントや豊秋津島のインフラを、敵の「夜間爆撃」や「悪天候に紛れた奇襲」から完全に守り抜くために開発された複座の全天候型レシプロ戦闘機。大ペイロードを誇る『剛鷲』の機体をベースに機首を延長し、筑前・黒田精機が開発した「野戦電波探知機レーダー」のアンテナ群をハリネズミのように搭載している。


四三式局地戦闘機『火雷ほのいかづち』 [立花飛行機 + 越前松平重工業]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: 九州の立花飛行機が、レシプロエンジンの限界速度と上昇力を引き出すために生み出した、プロペラ後配置(エンテ型)の異形局地戦闘機。機体後部に巨大なエンジンとプロペラを配置することで機首を極限まで細く絞り込み、そこに越前松平の防弾鋼板と大口径機関砲を集中配置している。


Ⅱ. 襲撃機・近接航空支援機


二九式軽爆撃機 [相模航空廠]

採用年: 1931年(府元329年)

概要: 歩兵直協(近接支援)の概念を初めて形にした複葉機。低空を低速で這うように飛び、歩兵の目視誘導に合わせて小型爆弾を正確に落とす技術はこの機体で確立された。


三四式襲撃機 [相模航空廠]

採用年: 1934年(府元334年)

概要: 初めて下部装甲の概念を取り入れた単葉固定脚の支援機。対空砲火を弾き返しながら低空を突進する「襲撃機」というカテゴリーを決定づけた、頑丈極まる先駆者。


三七式襲撃機『黒鳶くろとび』 [相模航空廠]

採用年: 1939年(府元337年)

概要: マレー戦線においてジャングルに潜む英軍の対空砲火をものともせず、歩兵の頭上で対地支援を行った陸軍のワークホース。越前松平製の極厚防弾鋼板をコックピットからエンジン下部にかけて「バスタブ」のように張り巡らせており、下からの銃弾をすべて火花を散らして弾き返す絶対の盾。


四〇式双発襲撃機『雷鳥らいちょう』 [相模航空廠]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 機首に「一式四十七粍対戦車速射砲」を剥き出しで搭載した双発の重火器キャリアー。伊勢・藤堂製作所の「高度油圧緩衝器」が一瞬にして発射反動を吸収するため、姿勢を一切崩すことなく精密な連続射撃が可能。空から大口径砲を直接撃ち込む「空飛ぶ戦車」である。


四一式襲撃機『大鴉おおがらす』 [相模航空廠]

採用年: 1943年(府元341年)

概要: 巨大な2000馬力級エンジンと極厚バスタブ装甲を単発機に強引に詰め込んだ、相模工廠の暴力的な傑作。爆弾搭載量を極限まで引き上げており、敵の拠点上空に到達するやいなや無数の小型爆弾を雨霰と降らせ、単機で広範囲の陣地を完全に制圧・耕すことができる面制圧のスペシャリスト。


四三式襲撃機『荒鵟あらのすり』 [相模航空廠]

採用年: 1945年(府元343年)

概要: ターボプロップエンジンを帝国で初採用し、低速での長時間滞空と高速レスポンスを両立。細川ゴム製の「低圧超極太バルーンタイヤ」を装備し、財閥遊撃隊が切り拓いたばかりの泥濘の急造滑走路でも平然と離着陸できる、兵站線を選ばない無類のタフネスを誇る。


四七式噴進攻撃機『銀梟ぎんろう』 [相模航空廠]

採用年: 1949年(府元347年)

概要: ミリ波レーダーと論理計算機を搭載した高亜音速ジェット機。味方の前進観測班からのデータに従い、敵の対空火器が届かない安全な高度から「空対地誘導爆弾」を投下。無機質なシステムが敵のトーチカをピンポイントで消し去る次世代の矛。


Ⅲ. 重爆撃機・超重爆撃機

三〇式重爆撃機 [設計:葵航空 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1932年(府元330年)

概要: 波板状の金属外板コルゲートを採用した巨大な機体。鈍重だが驚異的なペイロードを持ち、帝国陸軍の「重爆撃機」の基礎とインフラを築き上げた巨人。


三五式重爆撃機 [設計:葵航空 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1935年(府元335年)

概要: 密閉式コックピットと引込脚を初めて採用した近代的な双発重爆撃機。大陸の拠点爆撃において、その高い生還率と搭載量で大いに活躍した。


三七式重爆撃機『黒鷺くろさぎ』 [設計:葵航空 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1939年(府元337年)

概要: 開戦時(1941年)における帝国陸軍の確実な地上支援を支え続けた双発重爆の主力。「絶対に生きて帰れる空飛ぶトーチカ」として搭乗員から深く信頼され、全方位に配置された動力銃座で敵の迎撃機を空中で容易く削り落とした。


四〇式重爆撃機『黒雁くろがん』 [設計:葵航空 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 陸軍の重防御ドクトリンの暴力的な結晶たる、四発の重爆撃機。4基のエンジンすべてに極厚の防弾ナセルを被せ、圧倒的な爆装量と防御力を実現。その暴力的なペイロードをいかんなく発揮した。


四二式重爆撃機『猛鶚たけみさご』 [設計:葵航空 / 量産:相模航空廠]

採用年: 1944年(府元342年)

概要: 排気タービンを搭載し、敵の迎撃が届かない高高度から爆弾を投下する双発重爆撃機。藤堂製作所の「高速油圧開閉式爆弾倉」を備え、空気抵抗による減速を極限まで抑え込み、高い生還率と精密爆撃を両立させた。


四四式超重爆撃機『蒼鸛そうこう』 [葵航空工機]

採用年: 1946年(府元344年)

概要: 島津(西国重工)が長距離潜水艦で培った「深海用耐圧殻」の密閉技術を空へ転用し、居住区画を完全に「与圧」した六発の超重爆撃機。乗員たちはマイナス50度の成層圏にあっても防寒着なしで巡航でき、無菌室のような快適な空間から敵のインフラを無慈悲に焼き払う戦略爆撃の到達点。


四八式噴進爆撃機『白鵠はくこく』 [葵航空工機]

採用年: 1950年(府元348年)

概要: 後退翼多発ジェット重爆。離陸時は青山火薬工機の固体ロケット(RATO)で巨体を空へ蹴り出す。すべての爆撃照準は論理計算機が自動で行い、人間の職人技を冷徹なシステムへと完全に置き換えた。


Ⅳ. 輸送機・戦略偵察機

三二式輸送機 [相模航空廠]

採用年: 1934年(府元332年)

概要: 波板外板を用いた黎明期の大型輸送機。兵站を空から運ぶという概念を陸軍に定着させた。


三六式輸送機 [相模航空廠]

採用年: 1938年(府元336年)

概要: 貨物の積み下ろしを容易にした近代的な双発輸送機。落下傘部隊の降下母機としても運用された。


三七式輸送機 [相模航空廠]

採用年: 1939年(府元337年)

概要: 相模工廠が厚木平野の巨大ラインで大量生産する双発輸送機の傑作。極めて頑丈であり、人員から弾薬、野砲に至るまであらゆる物資を最前線へとピストン輸送し、鎮撫兵団や伝習隊の進撃を空から完璧に支える「帝国の飛脚」。


四〇式戦略偵察機『白狐びゃっこ』 [出羽航空]

採用年: 1942年(府元340年)

概要: 「謀将・最上義光」の血を引く出羽航空が開発した、双発の超高速戦略偵察機。武装をすべて捨て去り、空気抵抗を極限まで減らすことで、当時のいかなる戦闘機にも追いつけない絶対的な速度を獲得した。黒田精機製の最新型通信機とカメラを搭載し、敵軍の奥深くへ侵入して重要拠点の情報を丸裸にする。陸軍の発注機体でありながら、海軍でも基地航空隊の「長距離戦略の眼」として重用されている。


四一式強行輸送機『山犬やまいぬ』 [出羽航空]

採用年: 1943年(府元341年)

概要: 『白狐』の双発・超高速のノウハウを転用した、中型の強行輸送機。重い物資の大量輸送ではなく、敵の防空網を速度で突破し、最前線に特殊部隊や緊急の医療・通信物資を「強行投下」するためだけに造られた、足の速い特殊輸送機体。




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