後日談 穏やかな日々の中で
朝の空気は、少しだけひんやりとしていた。
騎士寮の中庭で、俺はいつものように剣を振る。カン、と鈍い音が響いて、手のひらにじん、とした感覚が残る。
「……よし」
一息ついて空を見上げる。
青く澄んだ空には、あの日のような不穏な気配はどこにもなかった。
「朝から精が出るな」
振り向くと、見慣れた顔が立っていた。
「モレースさん」
杖をついたその姿は、もう騎士ではない。
けれど、立ち姿は相変わらず真っすぐだった。
「最近は新人の指導もしているそうじゃないか」
「見様見真似ですよ。まだまだです」
肩をすくめると、モレースさんは小さく笑う。
「それでいい。誰も最初から完璧な騎士ではない」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
「そういえば、グロウから手紙が来てな」
「本当ですか?」
「ああ。研究所もだいぶ落ち着いたらしい。忙しいが、やりがいはあると書いてあった」
想像して、思わず笑みがこぼれる。
「……あいつらしいですね」
あのときのことを思い出す。
泣き崩れていた姿も、覚悟を決めた顔も。
きっと今は、自分のやるべきことを見つけて進んでいるんだろう。
「エアフォル殿も相変わらずだそうだ」
「でしょうね」
あの人は、多分ずっとあのままだ。
「レークス様は?」
「忙しそうですよ。アウルム陛下の補佐で、休む暇もないとか」
「はは、想像できるな」
少しの沈黙。
風が吹いて、木々が揺れる。
「……平和ですね」
ぽつりと呟くと、モレースさんは空を見上げた。
「そうだな」
それだけの短い言葉だったけど、重みがあった。
あのとき守ろうとしたものが、ちゃんとここにある。
「ノード」
「はい」
「お前は、いい騎士になったな」
思わず、目を瞬かせる。
「……まだまだですよ」
少し照れくさくて、視線を逸らす。
「それでもだ」
モレースさんは穏やかに言った。
「“なろうとしている者”は、もう騎士だ」
その言葉が、胸にすとんと落ちた。
遠くで鐘の音が鳴る。
朝の始まりを告げる音だ。
「さて、今日も仕事だな」
「はい」
剣を握り直す。
重さは変わらないのに、不思議と軽く感じた。
もう、英雄はいらない。
だからこそ――
俺は今日も、騎士としてここに立つ。
誰かの日常を守るために。
今度こそ完結です。
読んでいただきありがとうございました。




