残ったゴーレムとの戦闘
敵が強化されて中々倒せないのはお約束
赤黒い熱波が、灰の混じった霧を不自然にねじ曲げる。強化された二体のゴーレムから放たれる魔力は、もはや渓谷の冷気を焼き尽くすほどの暴威と化していた。
ルナは、岩壁の僅かな窪みに身を潜めながら、荒い呼吸を整える。彼女の視界の隅では、ホークアイが必死に羽ばたき、空中に複雑なマナの軌跡を描き出していた。共有された視覚を通じて伝わってくるのは、二体の巨像の間を絶え間なく往来する、目に見えないほど細く、しかし鋼のように強靭な「共鳴の糸」だ。
(……ただの強化じゃない。個体間の境界が消失して、二体で一つの生命体として再構成されている……!)
一体が拳を振り下ろせば、もう一体の足元から衝撃波が走る。片方を牽制しようとすれば、もう片方が死角から、弾丸のような速度で肉薄してくる。一糸乱れぬ連携。それはかつてルナがヴァレンタイン家の書庫で禁書として目にした、双子の魔導師が用いる「双生共鳴」の理に酷似していた。
ルナは、震える指先で短剣の柄を握り直す。
銀色の刃は、先ほどの激突で僅かに欠け、彼女自身の魔力も底を突きかけていた。
(もし……もしここで、焦ってどちらか一方だけを仕留めてしまったら?)
想像が、冷たい汗となって背中を伝う。
先ほど一体が崩壊した際、そのマナは霧散することなく残る二体へと注ぎ込まれた。ならば、もし今ここで一体を無理に破壊したとしても、その瞬間、残された最後の一体は、消えた二体分の魔力をその身に宿すことになるだろう。
それはもはや、ルナ一人の手に負える存在ではない。この渓谷そのものを崩落させかねない、制御不能の災厄へと至る。
「……同時に、仕留めるしかない」
ルナの唇から、決死の覚悟が零れ落ちる。
二体同時に「核」を貫き、共鳴の糸が次の器を見つける前に、その存在を無へと還す。言うのは容易いが、今の彼女には、二つの標的を同時に、かつ寸分狂わぬ威力で撃ち抜く手段も余力も残されていなかった。
背後から迫るゴーレムの足音が、心臓の鼓動と重なる。
ルナは、肩の上で震えるホークアイの頭にそっと触れた。その温もりが、絶望に支配されかけたルナの意識を、冷徹な静寂へと引き戻す。
「ホークアイ……私の魔力を、全部あげる。だから、一瞬だけ……一瞬だけでいい。あの子たちの『目』を盗んで」
ルナの紫の瞳に、悲壮な輝きが宿る。
夜明けを拒み、闇に堕ちることを選んだあの日から、ルナは常に一人で戦ってきた。だが、この絶体絶命の窮地において、ルナは初めて、自分以外の魂にその命運を託そうとしていた。
二体の巨像が、赤黒い光の奔流を掌に収束させ、最後の一撃を放とうと動きを止める。
その刹那、ルナは岩影から飛び出した。
死へと誘う光の檻の中を、彼女は銀色の軌跡を描きながら、ただ一点の勝機を目指して駆け抜ける。
二つの核。二つの命。
それを一息に断ち切るための、たった一度きりの「逆転」の術式を、彼女は血の滲む指先で紡ぎ始めた。




