3「法戦(ほっせん)」
堕落僧の展開する「虫食い経文防御壁」と、本体を守る「金箔の厚化粧」。
この二重の守りが予想以上に堅牢で、覚猷の物理攻撃(独鈷杵)を弾き続けている。
攻めあぐねる荒法師の脇を抜け、繕がたった一人、前へと進み出た。
見た目は七歳の愛らしい童。
しかし、その白衣の裾をはためかせる姿には、修復士しての矜持を示さずにはいられない職人の風格が漂っている。
繕はあえて僧侶のように胸の前で合掌し、朗々とした――しかし変声期前の高い――声で呼びかけた。
「言葉の太刀にて、いざ、法戦仕らん!」
「――そもさん(作麼生)!」
『な、なんじゃ童……? ――せ、せっぱ(説破)!』
繕は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、恭しく、しかし痛烈な皮肉を込めて呼びかけた。
「尊公に問う!
仏に『金箔』を押すは、何れが為なりや?
尊き『中身』を敬う為か? それとも、腐った『中身』を隠す為か?」
『あな、愚かなり! 言ふも更なり! 我が身に満ち満ちたる尊き徳、その光のあらはれて形となりたるこそ、この黄金なれ! 内は即ち外、二つにして二つにあらず。これぞ天地の理よ!』
「――否!」
繕は即座に断じた。
「尊公の金は、内側から輝いていない。表面張力で張り付いているだけだ。 俺には見えるぞ。金箔の裏側で、行き場を失った湿気が金箔に『浮き』を作っている。徳が溢れているのではない。膿が溜まって膨れておるぞ!」
『な、なにを……!?』 怪異の黄金の肌が、ピクリと痙攣した。
間髪入れず、繕は畳み掛ける。
「更に尊公に問う! お主の唱える『経文』は、誰が為のものなりや?
衆生を救う為か? 己を誇示する為か?」
『痴れ者め! 我は大徳なり! 我が妙なる御声、我が才、あまねく響き渡らば、愚かなる民草は感涙にむせびて額づかん! これこそ、まことの済度なれ!』
「――否! それも違う」
繕は冷徹に首を振った。
「尊公の経には『響くもの』がない。」 「尊公の経は、『心に入ってこない』。ただの塵芥だ。意味も心も食い荒らされ、虫食い穴だらけのスカスカな言葉。それは祈りですらない。ただの『騒音による害』だ!」
『き、貴様ぁ……ッ!』
怪異の周りを旋回していた経文の文字が、揺らぎ始め分解していく。
そして最後、繕はさらに前へ一歩を踏みこみ、さらなる問いを突きつけた。
「最後に尊公へ問う! 仏の教えは『執着を捨てよ』と説く。
ならば何故、お主の体はそこまで巨大で、そこまで重い?」
『そ、それは……! わ、我が威厳の重み……! 積み重ねた修行の……証……!』
「――否、否、否ッ!!」
足を三度踏み鳴らしつつ繕の声が雷のように轟いた。
「『本来無一物』――本来、何もないのが真理だ。 そもそも『自分』という器があると思い込むから、傷ついたり汚れたりするのを恐れる。 最初から空っぽだと思えば、怖いものなんて何一つないものを。なのに重いのは、お前が捨てきれない『煩悩』を溜め込んでいるからだ! 威厳で膨らんでいるんじゃない。 尊公はただ、膨張しているだけの死体だ!!」
『あ……あ、あ……』
繕の言葉が突き刺さるたび、黄金のメッキがボロボロと剥がれ落ちていく。
露出した下地は、腐敗してドロドロに溶け崩れていた。
もはや声を上げる喉さえ残っていない。
巨体は空気が抜けた風船のように、無様にしぼんでいった。
繕はゆっくりと合掌を解き、静かに告げた。
「これにて散座」
繕は一礼し、問答を締めくくる定型句を放った。
「――珍重。」




