表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/19

甘味という名の薬

 街道沿いの死体置き場の脇で、二人は短い休息を取っていた。  

 腐臭がひどい。繕はマスク(防塵用N95)をつけ、覚猷にも手渡した。


おもての、いとさるるかな!」

 (顔がひどく蒸れるわ!)

 と文句を言いながらも、覚猷はその白い布の防臭効果に驚いていた。

「お主の道具は、いちいち魔法のようじゃな。鼻が曲がるような死臭が消え失せたわ」


「臭いは精神を削りますから。……サニテーション(衛生管理)は基本です」

なにぞ、その『さに……てーしょん』とやらは? ぬしくに言葉ことばは、一々(いちいち)したもつるるわ!」

(なんじゃそのサニテーションとやらは?お主の国の言葉は、いちいち舌がもつれるわ!)

「ごめんなさい。綺麗に身を保つ、衛生管理のことなんです。」


 繕は、ポケットから小さな包みを取り出した。  

 銀紙に包まれた、板状のチョコレートだ。  

 気温のせいで少し溶けかかっている。


「覚猷さん、手を出して」

またあやしげなるほどこしか?」

 (また怪しげなほどこしか?)

 繕は覚猷の泥だらけの掌に、ひとかけらのチョコを落とした。  

 覚猷がおそるおそる舐める。


 とろり。  舌の上で広がる、暴力的なまでの甘さと、カカオの苦味。


「ぬ、おほぉぉぉぉ……ッ!?」

 (ぬぉぉぉぉ……ッ!?)

 覚猷が震えた。

  「こ、こは……くすりなるや!? なづきしびるるばかりにあまし! みかどたまふ『』にもして、あぢはひ、いとまやかなり!」

 (こ、これは……薬か!? 脳が痺れるほど甘いぞ! みかどが舐める『』よりも濃厚じゃ!)

「砂糖とカカオの塊ですから。疲れが一発で取れますよ」


 繕自身もひとかけら口に含み、目を閉じた。  

 現代ではコンビニで数百円で買える菓子。  

 だが、砂糖が薬と同等の価値を持つこの時代において、これはダイヤモンド以上の宝物だ。


「……彼処かしこなるわらわに、らせてつかはさぬか。」

 (……あそこのわらしに、やってくれんか)


 覚猷があごでしゃくった先。  

 道端で、親の死体の傍らに座り込む、ガリガリに痩せた子供がこちらを見ていた。

 目は虚ろで、生きる気力を失っている。


 繕は黙って立ち上がり、残りのチョコレートをすべて銀紙に包み直し、子供の前に置いた。

 今の繕の背丈は、その子供と変わらない。  

 大人が子供に施すのではない。

 同じ子供同士が、目線を合わせて分け与える構図になっていた。

「噛まずに、舐めるんだ。ゆっくりな」


 子供はチョコを口に入れ――数秒後、その虚ろな目に、ポロポロと涙を浮かべた。  

 甘い。ただそれだけで、人は「生きていていい」と思える瞬間がある。


「……ぬしこころ、いとあまし。」

 (……お主、甘いのう)

 戻ってきた繕に、覚猷が苦笑する。

ことごとほどこして、いかにせむ。 ぬしぶんきにはあらずや。」

 (全部やってどうする。お主の分がないではないか)


「俺は、あの顔を見れただけで十分です。」


 繕は空になった包み紙を小さく折りたたんだ。  

 その横顔を見て、覚猷は独鈷杵を握り直した。

 そしてこの未来からきたという男が守ろうとしているものの正体が、少し分かった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ