甘味という名の薬
街道沿いの死体置き場の脇で、二人は短い休息を取っていた。
腐臭がひどい。繕はマスク(防塵用N95)をつけ、覚猷にも手渡した。
「面の、いと蒸さるるかな!」
(顔がひどく蒸れるわ!)
と文句を言いながらも、覚猷はその白い布の防臭効果に驚いていた。
「お主の道具は、いちいち魔法のようじゃな。鼻が曲がるような死臭が消え失せたわ」
「臭いは精神を削りますから。……サニテーション(衛生管理)は基本です」
「何ぞ、その『さに……てーしょん』とやらは? 主の国の言葉は、一々(いちいち)舌が縺るるわ!」
(なんじゃそのサニテーションとやらは?お主の国の言葉は、いちいち舌がもつれるわ!)
「ごめんなさい。綺麗に身を保つ、衛生管理のことなんです。」
繕は、ポケットから小さな包みを取り出した。
銀紙に包まれた、板状のチョコレートだ。
気温のせいで少し溶けかかっている。
「覚猷さん、手を出して」
「亦、怪しげなる施しか?」
(また怪しげな施しか?)
繕は覚猷の泥だらけの掌に、ひとかけらのチョコを落とした。
覚猷がおそるおそる舐める。
とろり。 舌の上で広がる、暴力的なまでの甘さと、カカオの苦味。
「ぬ、おほぉぉぉぉ……ッ!?」
(ぬぉぉぉぉ……ッ!?)
覚猷が震えた。
「こ、こは……薬なるや!? 脳の痺るるばかりに甘し! 帝の食し給ふ『蘇』にも増して、味はひ、いと濃まやかなり!」
(こ、これは……薬か!? 脳が痺れるほど甘いぞ! 帝が舐める『蘇』よりも濃厚じゃ!)
「砂糖とカカオの塊ですから。疲れが一発で取れますよ」
繕自身もひとかけら口に含み、目を閉じた。
現代ではコンビニで数百円で買える菓子。
だが、砂糖が薬と同等の価値を持つこの時代において、これはダイヤモンド以上の宝物だ。
「……彼処なる童に、取らせて遣はさぬか。」
(……あそこの童に、やってくれんか)
覚猷が顎でしゃくった先。
道端で、親の死体の傍らに座り込む、ガリガリに痩せた子供がこちらを見ていた。
目は虚ろで、生きる気力を失っている。
繕は黙って立ち上がり、残りのチョコレートをすべて銀紙に包み直し、子供の前に置いた。
今の繕の背丈は、その子供と変わらない。
大人が子供に施すのではない。
同じ子供同士が、目線を合わせて分け与える構図になっていた。
「噛まずに、舐めるんだ。ゆっくりな」
子供はチョコを口に入れ――数秒後、その虚ろな目に、ポロポロと涙を浮かべた。
甘い。ただそれだけで、人は「生きていていい」と思える瞬間がある。
「……主、心根、いと甘し。」
(……お主、甘いのう)
戻ってきた繕に、覚猷が苦笑する。
「悉く施して、いかにせむ。 主が分、無きにはあらずや。」
(全部やってどうする。お主の分がないではないか)
「俺は、あの顔を見れただけで十分です。」
繕は空になった包み紙を小さく折りたたんだ。
その横顔を見て、覚猷は独鈷杵を握り直した。
そしてこの未来からきたという男が守ろうとしているものの正体が、少し分かった気がした。




