第十話 ウェルスと覚悟
「ジコン様、荷物は僕が!」
「オレが持つって言ってんだろ、地図見てろクソ坊ちゃん」
「……は?僕、あなたに話しかけた覚えはありませんが?」
一日安静を厳守した甲斐あって、ようやく医者から解放された。
……が、どうしてその短い間に、さらに仲がこじれておるのだ。
トラドを出るまでの口喧嘩の回数も十より上は数えておらんぞ。
「二人とも、約束は覚えておるな?」
「……喧嘩したら、次の町までメシ抜き」
「も、申し訳ありません」
真っ直ぐに二人を見つめ言い聞かせれば、渋々といった様子で頷いておる。
注意をして直ぐは素直なのだがな。
まずは二人の溝を埋めることから始めた方がよいだろう。
「ウェルス、お主のスキルについて聞いていなかったな」
「スキルですか?三本の矢《ペテレアルクス》、一日に三回ですが必中の魔法が撃てます」
「なるほど、それは確実に当たると?」
「角度がズレると周囲に被害が出るので、あまり使っていませんが」
キュリシカのスキルについては既に把握しているが、ウェルスのスキルは攻撃系統らしい名前か。
しかし、スキルについて思うところがあるらしいな。
「ならば二人に課題を与えよう」
「課題ぃ?めんどくせえ、オレ一人でやる」
言うとは思ったが、こればかりは一人で済ませられる課題とは言えん。
それに、共同での課題を行えばお互いに補い合う場面も見えてくるだろう。
ウェルスも納得のいかん顔をしておるが、渋々とは言え頷くだけよしとするか。
「お主らにはこの辺りに出るホーンマウスを狩ってもらう」
「ホーンマウスって……」
「あんなの、冒険者にもスルーされる雑魚じゃねえか!」
「果たしてそうかな?」
人の手のひら程しかない、ツノの生えた鼠。
思い浮かべとるのは一般的なイメージのホーンマウスだろうが、町を出る前に面白い話を聞いてしもうた。
命が危うくなれば助けるが、それまでは見るに徹しておくとするか。
◇◇◇
完全にやらかしてしまった。
どうしても盗賊とはソリが合わない、その程度の私情を抑え込めないから、ホーンマウス狩なんてものを命じられてしまうんだ。
「つうか、ホーンマウスなんて居ねえじゃん」
「あのですね、ジコン様がなんの考えもなく命じられると思うんですか?」
「うっざ」
だから嫌なんだこの盗賊!
どうして、あんなにジコン様の隣にいるんだ。
偉そうにして、敬意もなくて──そんな奴が、どうして。
……いや、分かってる。僕だって、誰かの庇護がなければ何もできなかった。
過税の被害を受けた人たちに謝罪をしに行った時も、お祖父様が居たからみんな受け入れてくれた。僕一人ではなんの価値もない。
「おい、クソ坊ちゃん」
「いい加減名前を覚えろ盗賊!」
「それはお前も……って、そうじゃねえ!この森おかしいぜ」
おかしい?
言葉を反芻して気付く、森には大なり小なり魔物や動物がいる筈なのに、気配すらない。
ジコン様の方に振り返ると、遠くに立って微笑んでいるだけ。
「上に登る、アンタは離れてな」
「は!?これは二人でしなくては意味がないんですよ!」
「いいから離れてろ!嫌な気配がすんだよ!」
盗賊が木に登って周囲を見渡し、すぐに降りてきた。
「……マジかよ」
小さく呟いた声が聞こえて、僕もつられて同じ方角を見る。
……ホーンマウスって、あんなに大きかったか?
「ジジイ!なんだあれ!ホーンマウスってもっとこう、こうだろ!」
「はっはっ、随分と大きいなあ」
「笑ってんじゃ……うぉ!?」
人の背丈を優に越えるサイズのホーンマウスが、盗賊に向かって突進した。
ぶつかる寸前で弾き飛ばされた僕が尻餅をつくと、木の上に吹き飛ばされる姿が見える。
なぜ?僕を庇う必要なんてないじゃないか!!!
叫ぼうとしたけれど、息を殺して岩陰に隠れた。手のひらサイズなら可愛らしいで済むけど、あんなもの化け物と同じだ。
「どうしよう、ホーンマウスは確か雷系統の魔力が苦手だったはず……」
三本の矢《ペテレアルクス》があると言っても、僕は魔法が得意じゃない。
だから傭兵たちは僕に、周りから隠れられる魔道具を与えた。
僕がスキルを使うと、体を引きずってでもお祖父様が来てしまうから。
攻撃が出来ない僕が間違っても殺されないように。
「ジコン様……!」
「いつまでウジウジしてんだお前!」
「うぁあ!?え、ふ、吹き飛ばされ」
木の上に吹き飛ばされた筈の盗賊が、僕の前に落ちて来た。
擦り傷はあるけれど大きな怪我はしてない、それより。
「どうやってここに」
「木をつたってきた、オレが囮をやるからお前があいつを倒せ」
「ぼ、僕は」
言いかけたところで、思い切り頭を叩かれる。
視界が揺れるけれど、顔を上げると盗賊――。
キュリシカが笑って僕を見てた。
「任せるぜ、しくじるなよ?」
「……もちろん!」
僕らを探すホーンマウスの前にキュリシカが飛び出した。
彼女が木を登っては、ホーンマウスが角で薙ぎ倒す。その内、倒れた木々に囲まれて行き場を無くしたのか周囲の様子を伺っている。
「ウェルス!今だ!」
「三本の矢《ペテレアルクス》!!!」
叫んだ瞬間、空気が震えた。
雷鳴が頭の奥まで響いて、稲妻が空から螺旋を描いて落ちてくる。
大きな音を立てて、ホーンマウスが動きを止めた。叫びも上げず、煙をまとって膝から崩れ落ちていく。
そう、僕は魔法が得意じゃない。
正確に言えば魔法の制御が得意じゃなかった。
「はあっ、はっ……勝った?」
「お前、なんだよ今の」
倒れそうになった僕を、キュリシカが抱えてくれる。
一度スキルを使うと、魔力を放出し過ぎて動けなくなる。だからお祖父様にも緊急時以外使わないようにキツく言い聞かせられてたんだ。
いろんなことがあり過ぎて、いまの今まですっかり忘れてた。
「今の、ドラゴンみたいだったな」
「ドラゴンって」
「カッコいい」
どっちが先かは分からないけど、笑いが止まらない。
そういえば、ジコン様は!?
体を起こして振り返ろうとした時、後ろでホーンマウスが立ち上がる気配がした。
身体中が総毛立つ気がして、僕もキュリシカも身動きが取れない。
「二人とも、よくやった」
「なっ……!」
聞くだけで安心する声が響く。
後ろを振り向くと、黒焦げになった巨体の前にジコン様が立ち塞がっていた。
どうしよう、仕留め損ねた、僕のせいで。
「もう充分だ、お主も生きたかっただけだろう……《眠れ》」
森中に響き渡るような、優しい声が聞こえた。
途端に崩れ落ちる巨体を見ながら、キュリシカが僕を抱えてジコン様に近付く。
「コレはちょうど五年ほど前から森を荒らしていたらしい」
「いや、そもそもこんなサイズのホーンマウスが居てたまるか!」
「恐らくではあるが、新たな魔王が原因やもしれぬな……魔物はそういった変化に流されやすい」
ジコン様の言う言葉がわからなくて、僕もキュリシカも首を傾げた。
大きな体を撫でる姿は、悲しそうに見える。
でも、キュリシカの言う事だってわかる。多分だけれど外的要因で大きくなったのかな。
無理やり体を大きくされたら、きっと嫌なことばかりだったかもしれない。
「角は切り取って次の町まで持ってゆくとしよう、解体はワシがする。あとはゆっくりしていなさい」
「バカだな、オレたちが殺したんだぞ」
「……うん、僕たちにさせてください」
もしも、もう一度この子が産まれてきたら。
その時は誰にも人生を引っ掻きまわされない場所に生まれてほしい。
キュリシカも、多分同じことを思って……。
「それにしても!お前次あの技使う時までもう少し練習しておけよなウェルス!」
「はぁ!?今はなんか、和解する流れだったでしょう!ほんとにバカですねキュリシカ!」
ジコン様は黙って見守ってくれているけれど。
たぶん、まだまだ。でも、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。三本の矢




