008:早朝の運動と朝飯
大きく伸びをする。
気持ちのいい朝であり、見渡す限りの緑が心を癒してくれた。
イシダも同じ気持ちであり、微笑みながら景色を堪能していた。
一方、同行したアリスは……。
「……ねぇ何でこんな朝っぱらに来たのよ……ふあぁ」
眠そうな目をこすりながらアリスがぼやく。
早速、発注された依頼であり受けられる冒険者はDランクからだったが。
イシダをリーダーにする事で、彼が責任を持つという事により俺たちも依頼を受けられる事になった。
基本的には組合の職員が見定めて、ダメだと判断した場合は却下されるらしいが。
今回は俺がいた事によって、まぁ大丈夫だろうと判断された。
何気に、アリスが俺より一個上のEランクの冒険者だった事に俺は驚いたが。
彼女曰く、Eクラスくらいだったらサポートに徹していてもなれるらしい。
そんなこんなで、俺たちは一日かけて準備をし。
途中まで別の街へと向かう商人の馬車に相乗りさせてもらった。
そして、途中で商人とは別れた。
そこからは徒歩にて進み、目標地点の1キラ圏内までやって来た。
イシダは着流しとよばれるいつも通りの青い服で腰には独特な形の刀を装備していた。
アリスを見れば木で出来た漆黒の弓を持ち、赤い軽装を身に纏っている。
その腰には少しだけ膨らんでいるバックを装備していて……何が入ってんだ?
アリスの鞄の中身を気にしながらも、俺も自分の装いを確認する。
それぞれが特に変わらないスタイルだが。
俺自身もお気に入りの赤いチュニックに灰色のズボンと茶色いブーツのままだ。
早朝の時間であり、障害物が無いから風も通りが良く少し肌寒い。
陽はまだ少し昇っている程度であり、ほんのりと明るい程度だ。
広々とした平原には大きな体の牛の姿をした魔物が何十匹も歩いていた。
その体長は平均で言えば十五メーテラほどだ。
噂で聞いた話によればそれこそ山ほどの大きさのマウンテン・ブルを見たって奴もいる。
俺は涎をだらだらと流しながらそれらを見つめていた。
「……まぁ組合で発注された例のダンジョンに関する依頼。アレを受けたのは我々以外にもいたそうだ。少なくとも十組のパーティがダンジョンへと向かったらしい。少しでも早くに向かった方が良いと言ったのは俺で……こいつは単純に、早くアレの肉が食いたかったらしい」
「……はぁ、いや。アンタが強いのは何となく分かるけど……アレ、一匹でも討伐難易度はC級冒険者五人は必要なのよ? イシダさんは良いとして私は……」
「分かってるよ。でも、もう狩った事はあるし大丈夫だろ!」
「……は? もう、狩ったって……何?」
「うーし! じゃイシダ! どっちが先にアレを仕留められるか競争だ!」
「――勝負ならば、負けられないな!」
「ちょ、ちょっと! アンタたちぃ!!?」
俺とイシダは拳を鳴らす。
そうして、二人同時に駆けだした。
イシダは眼前に見えるマウンテン・ブルの内左の方で草を食べているブルを狩りに行く。
俺はその反対側で土をいじっている奴を狙いに行く。
剣を抜き放てば、ブルは俺の殺気に気が付く。
そうして、臨戦態勢を整えてから猛烈な勢いで突っ込んできた。
風を切り裂き、その三本の鋭利な角を突き出して来る。
まるで、巨大な砲弾であり――俺は地面を蹴った。
大きく飛び上がり、そのまま奴の背中を超えていく。
ブルは驚きながらも、すぐに方向を転換し角を突き出して大きく飛び上がった。
俺は器用な動きをするブルに驚きながらも、ブラッドムーンの剣身で奴の角による攻撃を受けとめる。
「うぉ!」
「オオォォォ!!!」
想像以上の力が加わる。
俺の体はその衝撃を受けて更に高く舞い上がった。
俺は空中で回転しながら、剣を腰に構える。
そうして、地上から俺を串刺しにしよと待ち構える奴に向かって斬撃を――放つ。
「閃光ッ!!」
「――ッ!!」
空を飛ぶ斬撃。
青白い魔力の波がブルへと襲い掛かる。
奴はそれを角で受け止めるも、ガリガリと地面を削って後退していく。
俺はそのまま奴に向かって落下していき――更に斬撃を放つ。
連続して放った斬撃。
それを受ける奴は流石に防御を解かれて転がっていく。
十五を超える巨体が地面を転がり軽く揺れが発生していた。
アリスを見れば地面にしゃがみこんできゃんきゃん騒いでいる。
そんな奴から目を逸らし、俺は腹をむき出しにする奴を見た。
静かに地面に着地した。
その瞬間に地面を強く蹴りつける。
一気に転がるブルへと近づきながら、俺は剣を腰へと回し――ッ!!
奴が顔を此方に向けた。
瞬間、奴は凄まじい声を発してきた。
まるで、無数の女性の悲鳴のようであり思わず耳を塞いでしまう。
俺は姿勢が乱し足を止めてしまう。
奴はその隙を使ってすぐに立ち上がり此方に向かって攻撃を仕掛けて来た。
巨体が出せる動きではない。そう感じながらも、奴に向かって斬撃を飛ばし――躱された。
奴は一気に飛び上がり、俺を押し潰そうとする。
俺は前方に回転し避ける。
凄まじい衝撃音が鳴り響き、地面が激しく揺れて――大きな影が出来た。
「……!」
奴は一瞬で俺へと肉薄し、全体重を載せた後ろ足を振り下ろす。
まるで、隕石であり剣で防ぐ事は出来ない。
俺はそれを見る事無く――体を掻き消す。
「――ッ!?」
「……はは、ぶっつけ本番だ」
先程まで俺がいた場所に振り下ろされた奴の後ろ足。
地面が大きく揺れて土煙が広がる。
俺が纏っていた魔力の残滓がゆらゆらと揺れて消えていく。
奴は妙な手応えを感じたのか、攻撃した場所を確認していた。
あの時の精神世界で体験した鎧野郎の技。
奴は瘴気と殺気で実体のように見える残像を生み出していた。
俺自身はそれを魔力と一瞬の気配の遮断にて真似をした。
奴の目には俺がその場から消えたように見えた筈だ。
完全に俺を見失っており、俺は奴の腹の下から剣を刺突の姿勢で構えた。
「――彗星・三連ッ!!」
「――――ッ!!!?」
魔力を練り上げ刀身に纏わせる。
その切っ先を針のように研ぎ澄ませて放つ刺突技。
貫通力を極限まで上げた技の威力は本物であり、一瞬にしてブルの大きな腹に三つの風穴が空いた。
奴の巨体が大きく浮き上がる。
地面から両足が離れていて、奴は血反吐を吐いていた。
開いた腹の穴から血が勢いよく噴き出し、俺はその場から飛んで離脱する。
ブルはその巨体を地面に転がし、小さくうめき声をあげて……絶命した。
俺は剣を振るって鞘に戻す。
肩を鳴らして朝の運動はこれでいいと頷く。
すると、遅れて地面が揺れて……アイツ、やっぱり強いな。
イシダの方も仕留めたようであり、ブルの首がずるりと落ちて地面に転がっていた。
そうして、首を失ったブルは数歩歩いてから地面に倒れる。
イシダは刀についた血を払ってから静かな動作で鞘に戻す。
俺へと視線を向ければ少しだけ悔しそうな顔をしていた。
俺は手を開け閉めしてから、こんなもんだと笑う。
そうして、アリスの方を見れば顔面蒼白で俺とイシダを見ていた。
取り敢えず、俺はアリスの元へと駆け寄った。
イシダの方も戻ってきて、俺はアリスに尋ねる。
「塩焼きでいいか?」
「……へ?」
「塩ならあるぞ」
「俺もそれくらい持ってるよ……? アリス? おーいアリスぅ!」
「……ば、化け物か。こいつら……て、折角の高級肉を塩焼き!? 馬鹿なのこの脳筋共!」
「え? いや、新鮮な肉は塩焼きが一番だろ。なぁ?」
「確かに、塩を掛ければ最高に美味い飯となる。我が祖国でも古の時代には塩は宝であった」
「……ダメだ。こいつら、まるで料理を知らない……はぁ、いいわよいいわよ! アンタらは肉を解体して! 私が料理を作るから!」
アリスは腕を捲る。
俺たち二人は顔を見合わせてから、道具も無いのにどうやって作るのかと問いかけた。
すると、アリスはにやりと笑い腰のバッグを漁る。
そうして、中から取り出したのは“小さな白いティーポッド”だった……?
「茶でも淹れるのか?」
「違うわよ……ま、まぁそう見えちゃうけど……これは魔道具! それも“三級の魔道具”よ!」
「……! 三級の魔道具か。これが……」
「へぇ、三級か。確か特級を除けば三番目にすげぇものだよな。どんな効果なんだ」
「ふふ、それはこれよ――大鍋!! 醤油!! 調理スコップ!! それと――」
アリスは次々と呪文のように道具の名前を言う。
全てを言い終えてからアリスがぜぇぜぇと息をしているとポッドがカタカタと揺れる。
そうして、茶を出す部分から煙のような何かがぶわりと広がり……おぉ!
目の前にはアリスが言っていた道具たちが出てきていた。
俺とイシダは目を輝かせながら、凄いものだと感心する。
すると、アリスは得意げな顔を胸を張りながら「我が家の家宝よ」と言う。
「つまり、それは巨大な収納ボックスか。名前を言えば、入れたものを出せると」
「そうよ! でも、生きているものとかあまりにも巨大すぎるものは入らないわ。これにも限界はあるから」
「へぇすげぇな! まだ入れられるのか!?」
「え、えぇまぁ……食べれない分の肉は入れておきましょう。この中では食品の劣化は止まるし」
「うおぉぉ!! やべぇな!! すげぇお宝だぁ!!」
「あ、あげないからね! 絶対に!」
アリスは魔法のポッドを両手で抱えて隠す。
俺は取らないからもっと見せてくれと言って、イシダがこほりと咳ばらいをする。
「……早く解体を始めよう。肉は腐りやすい」
「お、そうだな! うし、じゃ調理は任せたぜ、アリス!」
俺はアリスの肩を叩いてから仕留めた獲物に向かって歩き出す。
すると、後ろからアリスの呟きが微かに聞こえて来た。
「……イシダさんはともかく、アイツは馬鹿みたいに食べるから……骨が折れそうだわ……はぁ」
「ふふふ」
どんな料理が出来るのか楽しみにする。
そうして、俺は鞘から剣を再び抜き――
「うんめぇぇぇぇぇ!!!」
「……これは! 何と濃厚な味わい……だが、不思議と胃の中にするすると……はぁ」
「ふ、ふふ。どんなもんよ……はぁあったかい」
大鍋でぐつぐつと煮込まれたマウンテン・ブルの肉。
少し分厚くカットしたそれを大胆に放り込み。
醤油をベースにして色々な調味料を加えて味が調えられていた。
マウンテン・ブルは処理が雑であれば臭みが出たり硬くなりすぎるが。
俺たちはこういう事になれていたから問題なかった。
そして、アリス自身も短い時間で肉の下処理を手早く済ませており、肉がほどよい硬さになっていた。
噛めば噛むほどに肉のほのかな甘みとジューシーさで口内が幸せに満ちる。
そうして、濃厚な醤油ベースのスープと絡み合い。
芳醇な旨味と塩味を感じられた。
いや、肉だけじゃない。
アリスは気を利かして野菜の類も入れてくれていた。
しゃきしゃきで極太の“棍棒ネギ”やカラフルな色合いの“七色白菜”などがふんだんに使われている。
ねぎはとても甘くて肉との相性は抜群だ。
そして、カラフル白菜もそれぞれの違う色の葉で味わいが変わるから飽きが来ない。
ほどよい酸味を感じたり、チーズのような濃厚な味を感じたり、さっぱりとした海藻のような味もだ……あぁぁ!
俺は器にもりもりと盛られたそれを一気に平らげる。
そうして、天を仰ぎ見ながら何度も何度も美味しい事を全てに伝えた。
アリスはそんな俺を見つめて照れていた。
俺はそんな奴に器を突き出して「お代わり!」と言う。
「……たく、本当に良く食うわね……あ、イシダさんもいる?」
「では、頂こう……それにしても、イングラード殿は料理が得意だったのだな。もしや、誰かから手ほどきを?」
「手ほどきて程じゃないけど……まぁ、子供の頃におばあちゃんに教わってね。そこから本とか読んで勉強したの。冒険者になっても私じゃあんまり戦えないし、せめて料理なら活躍できるんじゃないかって……ま、ただの悪あがきだけど」
「えぇ? 悪あがきってそんな事ねぇよ! 俺はお前の作る飯、好きだぜ!」
「……はいはい。それはどうも……ふふ、どう? 私のありがたみが分かったかしら! さぁ私のパーティに」
「――おう! これからもよろしくな!」
俺はアリスの仲間になった。
というか、剣を貰った時から仲間になっていたような気はする。
今更だったなと笑っていれば、アリスはキョトンとした顔をしていた。
アリスの手から器を受け取り、どうしたのかと見ていた。
アリスはハッとした顔になり「最初から飯でつれば……」と訳の分からない事を呟いていた。
「イシダも仲間だぜ!」
「え、いや俺は……いや、そうだな。折角だし、入れてもらえるか?」
「え!? も、勿論です! Cランクの中でもイシダさんほどのお強い人なら是非!」
「そうか。では、これからもよろしく頼む」
イシダはアリスに微笑む。
アリスは顔を背けて両手で口元を抑えてくつくつと笑っていた。
また何か悪い事を考えてそうだったが無視。
俺は再び器を空にしてアリスを呼ぶ。
「あぁもう! 食い過ぎよ! 豚になるわよ!?」
「ははは! 食ったら動けばいいんだ! 男は食った分を筋肉に変えちまうんだぜ?」
「そうだな。動いていれば勝手に筋肉になる」
「ほら見ろ! イシダが言うんだから間違いねぇよ。ははは!」
「……くっ、ちょっと羨ましいって思っちゃったじゃない!」
器にこれでもかと肉や野菜を盛るアリス。
俺はそれを受け取ってからがつがつと食べていく。
本当はあのブル丸々一頭分食いたかったが……ま、腹八文目だな!
「お前ら! ちゃんと食えよ! 朝の運動の次はいよいよ本番……この”世界で初”のダンジョンだ!」
「「……世界で初?」」
二人は首を傾げながら俺を見る。
俺は笑いながら気にするなと伝えた。




