表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

«下»

 


「見返り・・・だと?何を言っているんだアマリリス」

「そのままの意味ですわお父様。私達はお父様の安易な行動のせいで受けている理不尽な仕打ちに対しての見返りを要求すると言っているのです」


 娘の発言に、ブラシノ伯爵は肩を震わせる。

 自身の安易な行動。

 それが何を指しているかが分からないほど馬鹿では無い。

 言葉にした事はなかったが、ブラシノ伯爵は家族が優秀な者達であると認めている。その為自身が外で女性を作って過ごしている事はバレていると思っていた。


 だがまさか、妻からならまだしも、子供から糾弾されるとは考えてもいなかったのだ。


 親に歯向かってはいけない。

 ブラシノ伯爵の両親は優しい人達だったが、礼儀作法には厳しい人達だった。


 その為ブラシノ伯爵もそのように躾けられたし、自身もそのように躾けてきたつもりだった。


「アマリリス・・・親に対する言葉遣いには気をつけなさいとあれほど」

「申し訳ありませんが、私おつむの弱いネジの緩んだお父様を持った覚えはありませんし、政務も放ったらかして女遊びをするようなだらしの無い人に使う丁寧な言葉遣いは持ち合わせておりませんの。それとも発情期の雄犬を躾ける為に、懇切丁寧にお話ししなければいけないのかしら?」


 娘の言葉に雷に打たれたような衝撃を受ける。


「は、発情期の雄犬・・・?」

「では丁寧に説明して差し上げますけど、私達はお父様が外で女性を作り、恥も知らずデートを繰り返し、頬を垂らしながら尻尾をブンブン振りお家でのお仕事をしないせいで、とてつもなく肩身の狭い思いをしております」

「しっ、尻尾」

「社交界では後ろ指を指され、学園でも陰口を叩かれる。お母様は遊び歩いているお父様の分まで領主代行として政務を行い、ユリウスも後継者として帰宅次第休息も取らずにお母様のお手伝い。・・・私に至っては、お父様がどこぞの女をもし伯爵家に迎え入れた場合どうせ捨てられるんだから、捨てられ女のレッテルを貼られる。そんな女を嫁に貰ってくれる男は自分くらいだから自分の元に嫁に来いと下衆な豚野郎達に求婚されているのですよ?」


 豚野郎。


 そんな下賤な言葉を使っている目の前にいる可憐な女性は、本当に自分の娘か?

 娘の皮を被った、別の生き物では無いのだろうか?


 いつも優雅で貴族の娘としての完璧な姿勢を崩さないアマリリスの姿しか見た事のないブラシノ伯爵は、今自分は夢でも見ているのか?と衝撃を受ける。


 夢であるなら覚めてほしい。


 普段ならそのような言葉遣いを叱責する所だが、今のブラシノ伯爵にはそうする精神的余裕が無かった。


「ま、待て。私の話を」

「貴方の話などどうでもいいのですよ父上。今重要なのは私達が父上のせいで理不尽な目に遭っているという事実のみです」


 アマリリスだけではなくユリウスまでも・・・


 チラリと妻であるカトレア伯爵夫人に目を向けると、にっこりと深い笑みを返された。

 と、同時に無言のまま指を使ったあの世に堕ちろとでも言われているようなジェスチャーが返ってきた。

 扇子で子供達に見せないようにしている所は流石と言うべきか。


 夢だ。悪夢だと現実逃避したいが、今この場で起こっている事は紛れもない事実。

 全く気がつかなかったが、いつの間にか執務室の出入り口には幼い頃から支えてきてくれた執事達も揃って並び、ブラシノ伯爵の事を冷めた目で見ていた。


 ・・・それだけ私は家族を傷付けたのだろう。

 ブラシノ伯爵は深く息を吐き3人を見据えると、ゆっくりと、頭を下げた。


「・・・私の行いのせいでお前達を傷付けることになってしまい、本当にすまない」

「・・・あら、あっさりと謝るのですね」


 思いがけない展開に、次は3人が目を丸くさせた。

 あの父親が素直に謝罪するとは思っても見なかったからだ。


「あぁ・・・お前達にとっては憎い相手かもしれないが・・・昨日彼女に、アマリリスが先ほど私に言ったように、最近の私は緩み過ぎだと叱られてな・・・」


 昨日いつのも様に彼女の家にいくと、着くや否や、また来たのかと叱責された。

 突然伝えられた突き放すような言葉にブラシノ伯爵は取り乱し、どういう事だと相手を問い詰めた。

 そんな伯爵を彼女は宥め、自分の話を聞いて欲しいと頼んだ。


 ブラシノ伯爵が落ち着いた頃、彼女は温かい飲み物を用意し、対面に腰掛けゆっくりと話し始めた。

 悪い事をしている罪悪感はあったが、それでもどうしようもない位貴方の事を愛してしまった。

 この愛を実らせてはいけない。そう考えていたが、貴方から告白されて、それを拒絶するという事が出来なかった。

 拒めないのならせめて静かに、波風を立てずと誓ったが、次第に浮かれてしまい、周りの事が見えなくなってしまっていた。


 暫くして街の人に私のせいで領主様がおかしくなり、ご家族の方々が辛い目に遭っていると聞かされた。


 貴方も知っている通り、私は隠さなくてはいけない過去を持っている。そんな女と付き合っている事がバレると、貴方にもご家族の方にも、それだけでは済まない沢山の人に迷惑がかかる。


 だから身を弁えた行動をしないといけないと分かっていたのに、その事を忘れていた事実に情けなくなった。

 別れなくてはいけないと考えた。でも会うたびに愛が深くなり別れようと言い出せなかった。


 別れたくないのであれば、これからはきちんと弁えた行動を取らなくてはと考えた。


 涙ながらに話してくれる彼女に、伯爵自身も自分の愚かさを痛感した。

 浮かれていたのは自分も同じだ。

 初めて芽生えたこの感情と想いあっているという快楽に溺れ、貴族としての責務を忘れてしまっていた。

 妻と別れ、君を妻にとまで考えてしまった事もあった。

 そのような愚かな事をすれば、全ての人が不幸になってしまうかもしれないのに、そこまで考えが及ばない程腐ってしまっていた。


「・・・幼い頃から染み付いたこの言葉遣いは中々直らない。だが今日は、本当は、お前達に謝らなければならないと思っていたんだ。だがなんと言っていいか分からず・・・信じて貰えるかは分からないが、言葉がまとまり次第、お前達と話すつもりだった」


 ぽつり、ぽつりと話す伯爵のその姿を見て、3人は事実なのだろうと感じた。

 でなければこの父親が謝罪などする筈がないのだから。


 それ程に、それ程までに


「・・・お相手の方を愛しているのですね・・・」

「っ、何と詫びればいいか・・・」

「あら嫌ですわお父様。そこで謝られて謝罪を受けてしまうと、お母様がお父様の事を愛しているということになってしまうではありませんか」

「・・・は?」


 ズバッと斬り込まれた娘の言葉に動揺する。


「確認なのですがお母様、お母様はお父様の事を愛していらっしゃるのですか?」

「いいえ、これっぽっちも。私が旦那様に抱いている感情は家族としての情のみで、婚約してからこのかた愛したことなど一度足りともございませんわ」


 そもそも自分との距離を縮めて下さらず、馬車馬のように女性を働かせる方のどこに愛する要素があると?


 カトレア伯爵夫人の切長の目がさらにスッと細められる。

 その姿にブラシノ伯爵は本能的に恐怖を感じた。


「なっ、ならお前達は一体何の話をしに・・・」

「ですから父上、姉上が最初に仰りましたよね?私達は父上から見返りが欲しいのです」

「まぁ見返りと言っても、お願いみたいなものですが。ユリウス、例の物をお父様に」

「はい、姉上」


 ユリウスは手に持っていた茶封筒の中から1枚の紙を取り出すと、ブラシノ伯爵に手渡す。

 そこに書かれていたのは契約書という内容の物だった。


「・・・これは?」

「そちらは貴方と私達との間に結ぶ、契約の内容です」

「契約・・・?」

「はい。・・・少し勘違いをされているかもしれませんが、私達はお父様がお外で恋人を作ってらっしゃる事を別に咎めようと思ってはおりませんの。むしろあれだけ他人に対して無関心でクソが付くほど真面目なお父様に恋愛感情が生まれた事を、少しだけ嬉しく思っておりますのよ」


 うふふ、と楽しそうに笑ってそう話しかけてくるアマリリスからは嘘の気配は見られない。

 両隣の2人も頷いているところを見るに、今の話は本心なのだろう。


 ではこの『契約書』というのは何なのだろうか?


「混乱していらっしゃいますわねお父様。まぁ無理もございませんわ。不倫を喜んで認めると言われているのですから」

「あぁ。正直理解不能だ。単刀直入に話してくれないか?この契約書が何なのかを」

「そんなに深く考えないで大丈夫ですわ。至極簡単なお話です。・・・私もユリウスも、幼い頃より遊ぶ時間も返上して厳しい教育を受けて参りましたわ。お母様も同じ。ご自分の事を顧みずに常に働いて参りました。それは何故か?偏にこの伯爵家の為です。この領土を、領民を守る為ならと私達は必死に努力してきました」


 アマリリスは窓の外に視線を向ける。

 そこには広大な領地が広がっていた。


 豊かな自然に栄えている港。

 賑わう市街地。


 ここで暮らす人々に貧富の差はあれど、なるべくその負担を減らすよう納税についても配慮して制定されている。


 パナシュート家は代々自分達が治める領土をとても大切にしてきた。

 その為領民達は領主の事を尊敬し讃えてきた。


 この領土が栄えているのは何もその広大な領地のお陰だけではない。

 領民が伯爵家の気持ちに応えようと常に行動を起こしてきた結果だ。


 またこの領民の気持ちをパナシュート家の者達はしっかりと受け取っており、代々領民達の成果についても言いきかせられてきた。


 それを知っていたからこそ、カトレア伯爵夫人もアマリリスもユリウスも、常に下を向く事なく邁進してきたのだ。


「私達はお父様から言い聞かせられて来ました。領民達を大切にせよと。だからこそお父様が仕事をサボってお外で遊んでいる間も、空いた穴を私達の時間をさらに費やして補ってきたのです。けれども思ったのです。これは不公平でしょう?領主であるお父様が自由にご自分の時間を過ごしているのに、私達にはその時間が無いのが。・・・その為の契約書です」


 アマリリスの視線が再びブラシノ伯爵へと向けられる。

 父親の家系に多い淡いグリーン系の髪色に映える琥珀色の瞳に力が込められる。

 まだ契約書に目を通していないが、その瞳に吸い込まれそうになる自分に、きっとこの要求を拒む事は出来ないだろうとブラシノ伯爵は悟った。


「少し仰々しい言い方になるかもしれませんが・・・これからも誠心誠意パナシュート伯爵領にこの身を捧げる事の見返りとして、私達のお願いを聞いてください。お父様?」








 ***








「今日は暖かいわね・・・窓を開けてくださる?トーマス」

「かしこまりました、お嬢様」


 執事であるトーマスが窓を開けると、部屋の中に暖かい風が入ってくる。


 アマリリスの隣では使用人がテーブルに並べられていた食器を片付けていた。

 窓から流れてくる爽やかな風にあたり心地よい気持ちでいると、応接間の扉が叩かれる。


「アマリリス、ちょっといいかしら?」

「!お母様!はい、勿論ですわ!」


 扉から姿を見せたカトレア伯爵夫人にアマリリスは人目も気にせず駆け寄り抱きつく。

 落ち着きがないと誰かしらが見たら咎めるかもしれないが、最近まで見ることの出来なかった母娘の仲睦まじい光景に、注意する者などこの場にはいなかった。


「お客様がいらした後なのに、慌ただしくてごめんなさいね。実は来週あたりから2週間ほどお休みが取れそうなの」

「まぁ!本当ですか?お母様!」

「ええ、それでユリウスも学園が長期休暇に入るでしょう?どうかしら?親子3人で小旅行でも」

「!!!!!行きたいですわ!!!!ユリウスもきっと大喜びです!!!!!!」


 母の提案にアマリリスは花が咲いたように頬を染めて笑う。

 だが何かに気がついたように少し思案すると、恐る恐る伺うように顔を上げる。


「あの・・・3人ですよね?お父様は・・・」

「あの人なら別棟でお過ごしになるから大丈夫よ。ちゃんと許可も頂いたもの。それにやるべき事はやったのだから文句は言わせないわ」

「なら良かったですわ。・・・ふふっ、」

「?どうかしたの?アマリリス」

「いえ・・・お母様と2週間も休暇を過ごせるなんて初めてですので・・・嬉しいなぁと思っただけです」

「・・・私もとても楽しみよ。・・・今までごめんなさいね。全ては貴女のお陰だわ。あの時勇気を出してくれたから・・・これからは今まで作れなかった分も、沢山の思い出を作りましょう!」

「はい!」


『長期休暇』『別棟』


 これらはブラシノ伯爵を糾弾したあの日にカトレア伯爵夫人が交わした契約内容だった。



 一、 伯爵夫人に要求していた業務量の軽減を行い、休暇を取ることが可能となるよう調整を行う。

 一、 敷地内に別棟を設け、そこに不倫相手を住まわせる。



 カトレア伯爵夫人が何よりも望んだのは、愛する子供達との時間だった。

 だが何故今まで取れなかったのか。それもまた伯爵の性格の一部が原因だった。


 ブラシノ伯爵はとても優秀であり、人に頼る事無く全て自分で行ってしまう人間だった。

 普通なら手が回らないような状況でも出来てしまうくらいには優秀な人間だった。その為「頼りたくない」わけではなく、「頼るということがわからなかった」のだ。


 だが勿論それも限界がある。それを補っていたのがカトレア伯爵夫人だ。


 普通だったら部下に任せればいいところを是としなかった為カトレア伯爵夫人も言い出せず、ただ黙々と、貴族夫人がしなくてもいい事までサポートしてきた。その為常に忙しく、時間が取れなかったのだ。


 これらを本来あるべき形へと持っていく為に決めたブラシノ伯爵との約束。

 このままでは次期伯爵であるユリウスにも、いざという時のサポートがおらず負担がのしかかってしまう為、早急に業務分担の見直しを求めた。

 またふらふらと街に出掛けられ仕事を放置されても困るので、不倫相手を新しく設けた敷地内の別棟へと住まわせた。

 勿論貴族では無いのだから家は平民と同じ作りの物で、使用人も一切付けない。建物の管理も自分で行ってもらう。

 外に情報を漏らされても困るので伯爵家の仕事の一部を手伝う代わりに賃金を渡す契約を結び、今まで勤めていた仕事は辞めてもらった。外に出る時は見張りもつけさせて貰う。


 それでもと本人は泣きながら喜んでいたが・・・それだけ愛していたという事だろうか。


 ユリウスは不倫相手との子を設けない事を求めた。

 男子が生まれた場合、その子はユリウスとは違い、ブラシノ伯爵の直系の子となる。それに付け込む輩もいるだろう。その為の予防線だった。


 万が一生まれてしまった場合は平民姓を名乗らせ、貴族姓を与えない事を約束させた。

 まぁ生まれてしまった場合はその子もこの籠の中で生活する事になる。外の世界では暮らせない。

 情のある親ならきっとその選択は選ばないだろう。



 そしてアマリリスは・・・



「・・・2週間旦那様のお顔を見られないのは寂しい?アマリリス」

「え?」

「だって貴女が交わした約束を守れないじゃない」

「あぁ・・・大丈夫です。2週間なんてあっという間ですわ」



 アマリリスが見返りとして交わした約束は「少なくとも週に一度は家族揃って食事を取ること」だった。

 その内容を聞いた時ブラシノ伯爵は拍子抜けした顔をしたが、アマリリスが目に涙を溜めて、家族団欒というものを過ごしてみたいと願う姿を見て、思わず駆け寄りその身体を抱きしめた。


 それから週に数回ブラシノ伯爵は家族と時を共にするようになり、最初はぎこちなさもあったものの、少しずつたわいの無い会話が出来る様になるまで家族の絆は深まった。



「それなら安心したわ。旦那様に伝えてくるわね」

「はい、お母様」

「あ、それと」


 部屋を出て行こうとしていた足を翻すと、カトレア伯爵夫人はアマリリスに一通の手紙を手渡した。

 それを受け取とったアマリリスは、施してある蝋の紋章に再び顔を輝かせる。


「お母様っ、もしかしてこちらは・・・っ!」


 娘の反応ににっこりと微笑むと、その頬を優しく撫でた。


「第二王子から使いの方がいらしたの。今度是非お家へお伺わせて下さいと言った内容だそうよ。・・・ずっと結婚するなら第二王子が良いと言ってましたものね。良かったわね、アマリリス」

「はいっ!中を確認したら、早速お返事を書きますわ!!」


 第二王子は目立った功績は無いにしろ、常に周囲に目を配り寄り添うことが出来る優しい王子であると有名だった。

 実はその優しさとは別に、親しい者への悪戯が大好きだという趣味もあったのだが、アマリリスはそんな彼の事が大好きだった。


 娘の反応に満足したカトレア伯爵夫人が部屋を後にし、使用人達も片付けのために出ていったのを確認すると、アマリリスは先程までの笑顔を消し、ソファーに深く腰掛けた。



「・・・ここまで()()()()()()()()()・・・」

「はい。私も少々驚いております。全く・・・すえ恐ろしいお嬢様ですね」

「あら。それ褒め言葉でいいの?トーマス」

「勿論でございます」



 お茶のお代わりでもお持ちしましょうかとトーマスも部屋を後にする。

 1人残ったアマリリスは静かに目を閉じた。



 物心のついた頃からアマリリスは常に将来のために厳しい稽古や訓練を受けてきた。

 全ては守るべきものの為、と自分に言い聞かせてひたすら耐えてきた。


 寂しい気持ちは常にあったがその気持ちは心の奥底にしまってきた。

 五歳で養子としてやってきたユリウスは、実の親とも引き離されもっと寂しい思いをしているだろうと、母がそうしてくれたように時間のある限り寄り添ってきた。


 それでも限界はあった。


 ある満月の夜、眠れなくなったアマリリスは初めて母の部屋を訪れた。


 その時に見てしまったのが、1人静かに涙を流す母の姿だった。


 いつも強く美しく、優しかった母。

 アマリリスはそんな母の事が大好きだった為、母を悲しませる父の事が許せなかった。


 父から母を解放するためにはもっと強くならねば・・・


 次の日からアマリリスはさらに勉学に励んだ。

 そして数年前からトーマスを味方につけ、遂に行動を起こした。


 トーマスは先代からパナシュート伯爵家に忠誠を誓い尊敬し、支えてきてくれた執事だった。

 その為歪な家族関係を持つ今のパナシュート伯爵家を見て、いつか崩壊してしまうのでは?と危惧していた。

 だからアマリリスの計画に、トーマスは一晩だけ考える時間が欲しいと伝え、次の日には協力いたしますと返答した。


 計画は単純だ。


 過去に忘れ去りたい経歴を持つ女性を探し、ブラシノ伯爵が外に出るタイミングで近付けるという事。

 ブラシノ伯爵は元来他者を気にかける事のできる人間だ。ただ真面目すぎるが故にそれが上手く機能しないというだけ。


 だからこそ同情の余地のある女性と引き合わせる事で恋に落ち、ストッパーが外れて恋愛という名の感情に溺れていくのでは?というだけの、単純な計画だった。


 誰でも考えつきそうな計画だが、何故バレなかったのか?

 まさかこんな子供が考えたような凝ってない計画をするものがいると思ってもいないからだろう。

 その為誰にも邪魔されずに計画の準備は進んだ。勿論油断などして万が一の事があってはならないから、細心の注意を払いながら行動した。


 女性選びも慎重に行った。


 ブラシノ伯爵は勿論、相手の女性にも気付かれてはいけない。

 ずる賢い人間なら計画を知るや否やそれを武器に脅してくるかもしれない。

 必要なのは純粋に伯爵を愛してくれる無欲な女性だ。


 影を使い街にいる該当する女性をリスト化し、彼女達の仕事の時間などに合わせて伯爵が外に出るようトーマスがスケジュールを調整する。


 自然と恋に落ちる必要があるため、計画が実るまで数年の歳月がかかった。

 伯爵に脈が無いと分かれば、すぐに次の女性をあてがう。

 そしてようやく計画が花開いた。


 お母様には悪いが、全ては計画成功のために少しずつ負担を増やし、邪魔をしないよう時間を稼いだ。

 ユリウスにはお母様が行動を起こすまで待ちましょうと釘を刺した。

 そしてトーマスに新しい使用人を数人雇うように言い、わざと噂好きのおしゃべりな女性を数人雇い入れた。

 悪評を少しずつ外に漏らして貰う為に。


 そして家族全員が限界値が来たところで街の住人に変装した影に、不倫相手に自らの行いを省みるよう暴言を吐くように命じ、父親と不倫相手が少し冷静になったところでアマリリスが家族を引き連れ父親の元へと向かい、こんなの不公平だと暴れる。


 これが全てだ。



「愛って恐ろしいのね・・・」



 少し人を使っただけで何も難しい事はしていない。

 だが夜会で嫉妬に苦しみ暴挙に出た女性を見て、この感情を上手く使う事が出来れば・・・と考え計画を練り実行した。それが本当にまさかこんなにも上手くいくとは思わなかった。


 アマリリスがブラシノ伯爵にお願いした内容。

 その事でブラシノ伯爵は目が覚めたと言わんばかりに態度を一変させ、アマリリスの話に耳を傾けてくれるようになった。

 多少の無理な願いも、アマリリスの願いならばと聞いてくれる事だろう。



「・・・ふふっ、うふふふ・・・っ」



 今部屋には誰もいない。


 その為アマリリスの笑い声は誰にも聞かれる事なく、静かな部屋の中へと消えていく。



 お父様、私たちに見向きもしなかったお父様



 涙を流している大切なお母様の姿を見たあの日から、私はずっとお父様の事が許せませんでした。

 でもお母様とユリウスがお父様という呪縛から解き放たれた今、ようやくお父様の事が許せそうですわ。



 お父様、親愛なるお父様



 これから私はお父様のことが大好きな娘を演じて差し上げます



 その見返りとして





「貴方の人生をいただきますわーーー・・・」




 ずうっと私のお願いを聞いてくださいね?お父様


ずっと書いてみたい話があり、世界観について勉強しながら練習がてら1本・・・と思ったのですが、やはり物を書くというのはとても難しいですね。

拙い文章ですが、少しでも楽しいと思ってくださる方がいらっしゃれば幸いです。


裏設定ですが、第二王子とアマリリスはお互い腹黒く、それに気付いている上で結ばれていくという設定があります。

似た物同士惹かれあったという関係なので、機会があれば番外編でも書ければ良いなぁと思います。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

ーーーーーーーーー

20200422追記

執事名がトーマスが正しい所、ロータスとなっていた所を修正いたしました。

誤字報告頂いた箇所を修正いたしました。


ご指摘のご報告ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ