9(私視点) ただ、愛はあった
体の欠損部位に関する執着表現あります。苦手な方はご注意ください。
なぜ、なぜ、なぜ
なぜそんなことをするの?
罪滅ぼしなんか、してほしくない。
悲しそうに消えた足を見つめないで、触らないで、キスなんかしないで。
どれ程その足を見つめても、もうない。
元通りになんてならないし、生えてもこない。
ないの。もうないの。
あなたに足を切られたことは許してる。
ミスだったことも、失敗があったことも、聞いたよ。でも、もしミスじゃなかったとしても、もういいの。
この体が、右足がなくなった私が、今の私。
片足で立っていくしかない。それが、これからの私。
それはもうわかってる。
だけど辛くないわけじゃないから、そっとしておいてほしい。
私が本当の意味で右足のことを折り合いつけて飲み込めるまで。
償いで優しくされているだけなのに、愛されてると勘違いしている自分に、抱かれたことで足のことなんか忘れて幸せに舞い上がっている私の醜さに、折り合いをつけられるまで。
曖昧にしておいてほしいのに。
それなのに。
なんで?
悔やむように償うように足に触れる彼は、やめてと言っても聞いてくれない。
やめてやめてやめて。
あなたがその足への償いで私に触れてること、ちゃんとわかってるの。
愛じゃないんでしょう。
愛されてると思うのは、勘違いなんでしょう。
勘違いした私を責めるようにそこを意識させなくていいの、ちゃんとわかるように、頑張っていくから。
それとも今すぐ、わからせたいの?
あなたが触った余韻すら、感じててはいけないの?
「罪滅ぼしで私に触らないで!」
思わず、叫んだ。
ものすごく自分勝手な言葉で。
贖罪だと分かってるって、自分に言い聞かせるみたいに。
彼はぽかんとした顔で見上げてる。
硬い灰青色の髪の合間から見える彼の顔は厳つい印象を抱くけど、よく見ると整ってて男らしい。
細かい傷が所々にあって。
治癒するのもめんどくさくてそのままにしてるといっていたその肌に、ずっともっと触れたいと思っていた。
一生買うと言われたとき、償いたいから一生守ると言われたときよりよほどいいと思った。
贖罪の気持ちよりもお金の関係のほうがまだ割り切れる。
まだ、勘違いしていられる。
申し訳なさでされているより、よほど彼の気持ちが私に向いてる。
愛じゃなくて欲でいい。
あの時、間違いなく買われることに喜びを感じて、伸びてきた手をとった。
筋肉質の体はかたくて、何度も太い首にしがみついた。
恐々触れるのに強く抱きしめるから、大切にされてるみたいに思って。
嬉しいと思った。
求められてると思った。
それが嬉しかった。幸せだと言える。
欲を向けられるのは気持ちが悪いものだとずっと思ってたけど。
彼から向けられるそれは、幸せだった。
彼が口にした一生という言葉はどれくらい続くんだろう。
ふとそう思ったとき、悲しみが広がった。
その一生の間に、彼は結婚するかもしれない。
そうしたら、私はどうなるんだろう。
それでも買われたままなのかな。
奥さんに触れた手で私も触れるのかな。
そんなことを考えたら苦しくて、苦しくて、この人が私だけ見ていたらいいのにと思った。
あの聖女みたいに胸や腰を彼に押し付けて、そばにいてと迫りたくなった。
結局私もあの女と一緒。
だって嫉妬したもの。ああやって彼に迫るあの女に。
自分のために叩いたけど、同じくらい嫉妬もあった。
あの時、確かに。
そんな私の醜さを見せつけられるような気がする。
彼が足に触れるたび、これは償いだと。
贖罪だと。
ミスをした責任だと。
そのために一緒にいるんだと、見せつけられている。
勘違いしたくなっている私を責めるように。
愛されたらいいのにと願う私を責めるように。
ただここで彼に愛されるだけで生きてくなんてずるいことを願っている私を責めるみたいに。
触らないで。
そう叫んだその言葉は彼に届いたみたいだった。
「ち、ちがう。」
「何が違うの?なくなった足を償うみたいに触れてるじゃない」
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
「違うなら何でそんな風に触るの?」
「君を、リア…フローリア、君を愛してるから」
「…何を言ってるの?」
愛してるから?
償いたい、俺のせいだ、だから守らせてくれ、としか言ってこなかったのに?
「君のことを大切に思ってる。そうじゃなかったらこんなことをしない」
彼は泣きそうな顔をしてる。
捨てられた、みたいな顔。
それがなぜだかとてもイライラする。
「償いのために大切にしてるんでしょ?」
ああ、そんな事を言いたい訳じゃないのに。
嫌味な言い方になる。
「リア、聞いてくれ。そうじゃない。」
「聞いてるわ。でも今までずっと償いたいとか、生活の面倒を見るとか、俺のせいだから守りたいとか、贖罪のために一生守りたいって言って、そればかりじゃない!」
「リア、頼む、泣かないでくれ。泣かれたらどうしていいか分からない」
足元にいた彼はいつの間にか目の前にまで来ていて、顔が近くて、その顔が歪んでいるのに気付いて私は自分が泣いてるのだと分かった。
「な、泣くくらい自由にさせてよ」
なんかもう屁理屈のような事しか言えない。
いろんなことが頭の中でいっぱい渦巻いて訳分からなくなってきてる。
私はただ勘違いして身勝手だった。勝手に拗ねてた。
そういうことなの?
「すまない、リア…抱きしめても?」
「勝手にしてよ!私を買うって勝手に言って、散々抱いたくせに!」
情けなさを隠したくて、抱かれたかったくせに彼のせいにして、厚い胸板をボコボコ叩くように殴る。
けど力は入らず、居た堪れなくなり手を伸ばしてくる彼より少し早く飛び込むようにしがみついた。
「リア、すまない。」
「謝ってばっかり!何がすまないの?!ちゃんと言って。」
「償いたいと思ってはいたけど、罪滅ぼしで側にいる訳じゃないとちゃんと話したことがないって、言われるまで気づいていなかった。」
「っ!!」
言葉にならず、むかつくような気持ちになり強くしがみついた。
「好きだと思っていることも、最近までわかってなかった…だけど、ずっと君にそういう気持ちで接してきていた。気付くより先に。君の足の代わりになりたいと思うし、不便になってしまったこと、失った痛み、そういうもの全部俺にぶつけてくれたらいいと思ってたと同時に惹かれて好きだと、思っていた。
気づいてからは、俺の選んだものを君が着るたびに気持ちが伝わってると勝手に思っていた。」
「そんなの、着せられるままに着てただけよ!」
「そう、そうだよな。でもあまりにリアが綺麗でリアのことばかり考えていて。償わせてくれると、俺に守られてくれると言ってくれたらと、どうして首を縦に振ってくれないのかとずっと思っていて…告白、してるつもりだったんだ。申し訳なさと愛情がごちゃ混ぜになって、自分でもわかっていなかった。」
「…罪滅ぼしで買うといったわけじゃなかったの?」
「君が他の男に抱かれるなんて嫌だった。どうしてもその仕事をしたいならリアの一生全部俺が、俺が買うから、だからずっと側にいてくれと思った。」
「足ばかり触るのは?」
「…俺がつけてしまった傷だから、その…特別に見えていた。完璧な君の中に俺がいるみたいだし、綺麗な君を見るたびに、その綺麗さをけがしたのが自分だけなんだと優越感もあった。…気持ち悪い、だろうな、すまない。」
「…よくわからないわ」
「あとは…その、足がないことを気にしなくていいんだ、とも思っていた。求婚を受け入れてくれないのはそれを気にしてるのかと、その前に気持ちを伝えることも聞くこともしていなかったが。」
「求婚?初耳だわ」
「一生この屋敷に居てくれと言っただろ」
「生活が不便だろうから、と前置きしてたじゃない」
「一生守らせてくれと言ったこともあった」
「俺の責任だから償わせてくれって付け加えていたわ」
「それは…そう言う理由をつかなきゃ言えなかったんだ。最初は自分もどうしてこんなに君のことばかり気になるのか、わかってなかったし…その、足のことを理由にしないと自分が暴走しそうだったし…恥ずかしくもあった。思ったままを直接言うことに慣れていないんだ。」
それが、この国の普通ということは知っているけれど。
「…そんなの、気付く訳ないじゃない」
私はまだ、その普通に馴染めていない。
「そう、そうだ。そういえば最初の頃にこの国の会話は回りくどくてわかりづらいとリアに言われていたな。たしかに、そうだった。」
「言いたいことを迂遠に話すからよく分からないの。言い訳も多いの。」
「どうしたらリアは分かってくれる?今からやり直しをさせてはもらえないか?ちゃんと君にプロポーズを…順番が逆になってしまったけれど、君に結婚を申し込みたい。」
「…なら、ちゃんと分かるように言ってほしい。素直に。そしたら私もちゃんと言うわ。あなたのこと好きだって。」
彼を責めてるみたいだけど、素直じゃないのは、私だわ。
私のずるさを、彼に押し付けてる。
ずるくて醜い私は、彼の愛にしがみついて生きていく。
どこまでも幸せな気分のままで。
次で本編最終話です。今日の18時予定です。