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事件簿2「鋳造工場で溶けた金属が噴出!」解決編

 応接室でリアと二人になった。


「さて、どう思うリア」


 リアに水を向けると、彼女は軽く頷いて口を開く。


「爆発を引き起こす原因はそう多くありません。大きく分けて二つ。粉塵と水蒸気です。そして取り扱っていた材料からいっても、工程からいっても粉塵爆発はかなり可能性が低いと思われます」


 金属の粉塵爆発において、銅が原因となるのはかなり低い。

 酸化しやすい、もえやすい金属が上位に来るが、どのみち切削などの工程での発生が圧倒的で、鋳造での事例は聞いたことがない。


「私もそれに同意する。つづけて」


「はい。ご存じの通り、鋳造の工程での事故として水蒸気爆発は頻発するものです。湯口などへの水滴の付着、鋳型や中子の水分量など、因子は少なくありません」


「今回の件、リアはどう思う」


「はい、憶測に憶測を重ねる検討となりますが、鋳型の成型時に問題があったと考えます」

「理由は」


「一番の理由は当日の天候です。通り雨と強風の影響で場内にも少なくない量の風雨が吹き込んでいたとの証言があります。当日、保管中の鋳型に雨水が何らかの経路で接触、浸潤していたと考えます。次の理由としては湿度など雰囲気の影響ですが、それは軽微といえましょう。取りうる対策は屋外環境の影響を受けない場所での成型並びに保管の徹底、という方向でいかがでしょう」


「うん、いい論理展開よ。よくできたわ、リア」

「ほ、ほんとですかお嬢様」


 うん。確かにいい見立てだわ。けれど、綺麗すぎる。そこには別の意図を感じてしまうのよ。ごめんね、見た目リアより若いけど、人生経験三倍はあるんだ。


「でもごめん。『俺のとは違うなぁ』だわ」

「お、おれのと? なんです?」

「ただの独り言よ、気にしなくていいわ」

「はあ」


「私の見立ては()()違うわね。さて、あなたに質問よ、リア」


 立ち上がって歩き、リアの脇にゆっくりと回る。


「鋳型の内部に過剰な水分が滞留し溶湯、溶けた金属が鋳型を加熱。水は急激に蒸気となり膨張。鋳型を破壊し中の溶湯を噴出させた、……あなたはこう言いたいのね」


「そ、そうです」

 首をめぐらして彼女が答える。


「質問2。外側に位置する鋳型。これが水蒸気を発生させたとして、内部が大きくえぐられるほどの破壊を招くと考えたということ? それで内部までもれなく破壊されるかしら?」


 背後に回り、椅子の背もたれに手をつく。


「水は水蒸気となる際、急激に体積が増えます」

「約1,700倍ね」

「そんなに!?」


 驚いた様子のリアは、半身をよじり、こちらを向いた。


「あなた、そんなことも知らずに論を張ってるの?」


 呆れたように腰に手を当てわざとらしくため息をつく。

 リアの頬が少し染まった。


「……すいません。し、しかしその威力をもってすれば」

「外を取り巻くように鋳型はあるのよ。それぞれの型が爆発したら衝撃は相殺され、中心にある構造物が一部残る。それに蒸気の逃げ場は多い鋳型。そんなに激しい爆発になるかしら」


「か、片側だけ爆発をしたのでは」

「それだと爆発で中身が均等に飛び散っている説明ができない」


 再び歩き出し、彼女の正面に立つ。


「質問3。あなた、意図的に中子についての検討を除外していない?」


 リアの喉がひゅっと鳴いた。


「そ、それは資料が」

「資料?」


「そうです。中子を作成したときの日報です。それによると、規定通りの作業が行われています。数日前まで天候は良好。雨などの侵入も排除できます。したがって」


 早口でまくし立てて。まったく。いつものリアらしくないわね。


「あなた。今までこの仕事を続けてきて、まだそんな初歩的なミスをするのね」

「っ!」

「それとも、ミスじゃ無いのかしら?」


「お、おっしゃる意味がわかりかねます」


 大柄な彼女が、椅子に縮こまっている。その姿勢も相まって、ずいぶん存在が小さくみえてしまう。


 けれどちょうどいい。もう少し反省してもらおう。


「『常識を疑え』――まさか忘れたわけじゃあ、ないわよね?」

「常に肝に銘じて、業務にあたっております」


「あなたの神に誓える?」

「……誓って自身の判断に、疑うべき点は無いと、確信しております」


「テオ」

「!!」


 リアの体がひと際はねた。


「この作業を担当した技師。テオ・レーマンっていうのね……あなた知り合いじゃないの?」

「は……」

「いつもなら流してあげてもいいけれど、今回ばかりはダメよリア。人の命が失われ、()()にはすでに次の命もベットされてる。さあ、答えなさい。リア・()()()()!」


 時間にしてほんの一瞬。けれど彼女にとっては永劫の時であっただろう。


「……わ、私の甥、です……」

 うつむいたまま、らしくないほどか細い声で彼女はつぶやく。


「親類。かばいたくなるのも当然、か……」


「で、ではお嬢様はやはり」

 再び上げた彼女の表情は、苦悶に満ち満ちていた。


「やはり、ってことは、あなたもたどり着いているのでしょう? 答えに」


「そ、それは……はい」

「説明なさい」


「はい……今回の原因は、中子の成型時の加工不良です。規定以上に残存した水分により、中子が水蒸気爆発を起こしたものと、考え、られ、ます」


「そうね。その見立てが恐らく正解だわ。さすがリアね」

「あの! ……テオは。甥は、どうなってしまうのでしょうか」


「え?」

「何かしらの刑を受けねばならないのでしょうか。それともそのまま命を」

「特にないわよ」


 じっくり、恐らくはゆで卵の殻をむくくらいには時間が過ぎた。


「……へ?」

「だから、別につかまるってことはないわよ。ま、もっとも、多少は事情を聴かれるでしょうけど。ワザとじゃないでしょうから?」


 ガタンと乱暴に椅子からリアが立ち上がる。

「と、当然です!! あの子がそんな」


「あら、やけに詳しいのね、そのテオって子のこと」

「ま、そりゃ、お、甥ですから? それに」


「それに?」

「……怒りませんか?」

「なんで私が怒らないといけないのよ? でもまあ、内容によっては怒るかも?」

「そ、そうですか……あの実はその、とってもカワイイんですよあの子」


 はいここで来ましたよショタコン! わたし、怒っていいかなぁ!?


「あのねリア。どういうケースもだけれど、何か問題があっても最初から『ヒト』に責任を求めてはいけないの。まずは『モノ』から。それは仕組みであったり、制度であったり。彼はきっと段取りのマニュアルに沿って作業したに違いない。そこで悪いのは彼じゃない。事故を防げない仕組みにこそ問題があるの。だから、心配しないで」


 すごい私、怒らずに諭せた。私エライ!


「あ、あのお嬢様」

「なに」

「どうしてそこで違いないって断言、できるんですか?」

「ああ。そんなこと。簡単よ」


 ここで今日一番のどや顔をしてやる。さあ泣くがいい、リア!


「リアがかばおうとするくらいだもの。きっといい子に違いないわ」



 で、結論。


 大泣きしたリアに抱き着かれてどさくさ紛れにいろんなところを触られた。セクハラで訴えたいんだけれど、この世界にまだセクハラという概念はなかった。


 これはもう、カイゼンが必要だ。



 ◇ ◇ ◇



 原因は実に初歩的だった。しかしその初歩的なミスはあまりに重大な結果を引き起こした。


 テオ・レーマンという少年は一言でいうとそう。線が細い。おどおどした様子で私を見る。


「安心して。あなた自身に問題があったとは思っていません。あなたが、普段上司からどのように指示を受けて作業しているかを教えてほしいの」


 そういうと彼は少し安心したかのようにほほ笑んだ。


 なるほど、リア好みだな。


 ちなみに見た目でいうと、私の方がよっぽど細い。けれどリア曰く「お嬢様の中身はモンスター」、だそうだ。もちろん、誉め言葉として受け取っておく。


「中子を作る際のマニュアルは整備されていました。けれどその日は仕事が立て込んでいて特に急いでいた上に、そんな日に限っていつも使っている水の計量カップが見当たらなかったんです」


 テオは淡々と答える。まあ、事実を事実のまま話すのだ。当然といえる。


 計量カップの件はすでに調べがついている。同僚のいたずらで隠されていたそうだ。ちなみにリアの復讐がキッチリとなされ、その同僚殿は本日『体調不良』だ。おかわいそうに。


「慣れている作業だと思い、目分量で測って水を入れました」


「これっ、道具の整理がなされてないからですよね? あと必要な道具がないときに工程を止めるというルールがないからですよねっ!?」


 リアが必死に手をブンブン振ってアッピールしてくる。わかってるから黙ってなさい。


「あー、はいはいそうよ。ちょっと黙ってなさい。成型はいいとして……乾燥はどうだったのかしら」


「はい。最近の大増産の影響で納期を短くされていたので、実際に使用するまでの時間を見越して納品するよう、上司から指示がありました」


「こっ、これもリードタイムの無理な短縮」

「わかってるわよ」


 そこで咳ばらいを一つし、彼に微笑みかける。


「テオさん。確認は以上です。申し訳ないんですけれど、マニュアルの類があれば、あとで届けてもらえないかしら。このリア宛でいいので」


「リア、お姉ちゃんにですね。わかりました。ではあの、失礼します」


 お姉ちゃんと呼ばせてるのか、こいつ。一つか二つだろ、歳の違いなんてせいぜい。



 最終的に、当初作業員のミスを主張していた工場側の主張を退け、無理な工程と納期、それに安全軽視の操業を強要していた工場側に非があるとし、法人としての工場を告発した。


 十分納期に余裕を持った生産計画の立案、中子や鋳型の成型に対しての基準見直し、道具の4S、鋳込みに関しての標準化の徹底、異常時の緊急対応マニュアルと教育を指示した。


 遺族などへの賠償交渉はこれからだが、むやみに一従業員への責任とならなかったことは大きい。これは工場が従業員を守らない場合でも国が、貴族が守るということを示す貴重な事例となるからだ。


 セーフティーネットの有無は国民生活に直結する。社会不安を払しょくし、安心して民が暮らせる社会を維持、繁栄させていくことこそ、私たちの使命だ。


 それは国民生活の安定こそ、国の繁栄につながると信じているからだ。


 この工場が、以前よりもっと働きやすい、安全な職場に生まれ変わることを期待する。


 これが『おやっさん』への供養に、多少はなればと祈らずにはいられない。


 願わくは犠牲者の魂が、このさき安らかにあらんことを。


出典:

厚生労働省 職場のあんぜんサイト ( https://anzeninfo.mhlw.go.jp/ )

労働災害事例「鋳込み工程において、鋳型に注湯中、溶湯が吹き出し火傷」

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― 新着の感想 ―
[一言] 事件簿2、お疲れ様です! こういう災害事例が実際に起ったんですね……。ちょっとした「慣れ」と「知識不足」から来る事故はよくある事で、私も色々と気をつけたいと思わされました。 フランちゃん様…
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