事件簿2「鋳造工場で溶けた金属が噴出!」課題編
「ねえフラン様、聞いてもいいですか?」
検品作業の監査立ち合いのさなか、唐突にペトラが口を開いた。
領都にある貿易商社。今は隣国へ輸出する金属製品に対する抜き取り監査の真っ最中だ。
ペトラは店を従業員に任せるようになってから随分暇になったのか、こうやって事あるごとについてくる。
「なによ急に」
「いっつも不思議に思うんですけれど。これ」
ひょいと取り上げたのはパイプの配管接手部。T字になっている分岐路、Tジョイントと呼ばれる部品だ。Tee(s)から来たのだろう、日本ではチーズとも呼ばれる。
「ジョイントが、どうかした?」
「これってどうやって作ってるんですかね?」
「ん? 鋳造よ?」
ペトラはこちらを見ると首をかしげる。
「鋳造って、なんですか?」
おっと、そこからか。けれど自分の仕事以外のことに関心を持つようになったのか。ペトラも大きくなったもんだ。うんうん。
「簡単に言うと、この形のひな型を作るじゃない? それを砂に押し付けるの。そうすると、下半分の形が砂に残るじゃない?」
ペトラは斜め上を見ながらうんうんと頷く。
「同じように反対側も砂の型を作る。その二つを合わせると、砂の中にこのジョイントの空間ができるでしょ? そこに溶けた金属を流しこめば……」
「あ、この形ができますね! ……え、でも待ってください。それだとこの」
そういってペトラはジョイントの内側を指さす。
「中に空間ができませんよね? ここはどうやって作るんですか?」
「お、鋭いね。そこはね、内側の型を、さっき作った砂の空間に入れておくの。そうすると、その部分は金属が入らないから……」
「中空の部品ができる、というわけですね! はぁ~、よく考えてる」
「中子っていう部品よ。これも砂とか粘土でつくるの。砂の外型と同じで毎回廃棄だけれどね」
「あ、だから砂でつくるんですね。経済的~」
彼女はしげしげと部品を眺め興味深げにつぶやく。
ふっふっふ。ようこそ、生産技術の世界へ。
そんなとき険しい表情のヘレンが小走りでこちらにやってくる。
ああ。彼女がああいう顔をするのはおやつの盗み食いがバレたときか、それとも。
「フランお嬢様! バッドニュースです!」
事故が起きたとき、だ。
◇ ◇ ◇
金属が焼けた匂いが鼻につく。
鋳造工場での事故。現場の惨状には、思わず目をそむけたくなった。
軽傷一名、重傷三名、――死者一名。
残念ながら死亡災害となった。
相手が悪かった。溶けた青銅のシャワーを浴びたのだ。全員高温の金属が触れたことによる熱傷。亡くなった作業員はほぼ即死だったろう。重傷の三名も重度の熱傷を受けており、予断を許さない。
軽傷の者に当時の状況を確認する。
「話は、できるかしら?」
「はい。あの……」
「なにかしら?」
「おやっさん――あ、真っ先に医務室に連れていかれた――」
亡くなった作業員のことか。重傷者はそのあと移動させたと聞いている。
「おやっさん、無事なんですか?」
「……ごめんなさい、わたしの方で把握をしていないわ」
「おやっさん……! ああ、ちくしょう、俺のせいだ……! あの時あんなことしたから」
「何があったの?」
「すまねえ、おやっさん。俺が、悪いんだ。ああ、俺があんなことをしなけりゃ。おやっさんになんかあったら。俺は」
「……日を改めた方がいいようね。彼が落ち着いてから事情を聴きましょう」
彼を休ませたあと、リアや工場長を交え、現場の確認を始める。
「しかし、ひどいわね」
現場には広い範囲に青銅が飛び散っていた。これではあれだけの熱傷を受けても仕方ないだろう。保護具がどうしたとか、そのレベルを超えている。
飛び散った青銅を逆にたどると、その中心は大きく吹き飛んでいた。
「ここが爆発の中心のようね」
鋳型が大きく崩れ穴が開いている。覗き込むと、そこにもわずかに青銅が残っている。
「薄く広がっている。爆発後に流れだしたようですね」
隣で同じように覗き込むリアが指摘する。「しかしひどい」と小さく漏らした。
すべてが爆発で失われたわけではないようだ。とすると爆発はごく局所で起こっていたことを示している。
「材料に不純物が混入していたということは」
「当然検討しなければいけないわ。お願いできるかしら、リア」
リアは軽く頷くと詰め所に向かう。「材料技術担当を呼んでください」と技師風の男性に声をかける。
「あと工場長。型はここに持ってこれるかしら。爆発部位を特定したい。あと、この鋳型を作ったときの作業記録も」
今回作っていた部品は、直径が広げた私の手ほどの青銅製の水道管だ。昨今領都の中心部から実験的に敷設を進めているものに使っている。奇しくも先ほどペトラと話をしていたTジョイントだった。
鋳型はこの場で作るらしく、そのための型はすぐそばに置いてあった。
爆発した型と合わせてみると、爆発部位はTジョイントの結節点。緩やかに内径が膨らむ部分だった。
「ちょうど爆発が起こった部分の上部、あとジョイントとなる三方向の上部にそれぞれ湯口――溶けた青銅を流す口を設けます。作業は湯口に溶湯――溶けた青銅です。それを流し込む者四名、溶湯を供給するもの二名の六名で通常当たります」
「被害を受けたのは」
「流し込む担当の四名です」
次に事件直前の作業記録をめくっていくと気になる記述に目が留まった。
「あの。この『インゴットケースふき取り不良』というのは」
「ああそれですか。通り雨があったんです。風も強かったので軒先に置いていたインゴットケース、金属の塊を作る箱ですね。それが雨に濡れてしまいまして。そのための追加作業をしていたのですが……」
そういって作業員が作業場の片隅にあったケースを指さす。
「あれがそうなんですが、箱の中の隅に雨粒が残っていたので、やり直しをさせた記録です」
「型と中子の保管状況はどうだったのかしら」
「実際の状況は担当者に確認しなければなりませんが、通常の手順ですと屋内保管ですので、水がつくとは考えにくいです」
「中子はどこで作っているのかしら」
「少し離れた場所で作っていて、毎朝運び込んできます。あちらは粘土分が多いので乾きにくく、鋳型と同時に作ることができません」
ここでリアが詰め所から戻ってきた。
「お嬢様。鋳込みの材料ですが、特に目立った問題は見当たりません。過去の類似事例も洗ってみましたが、取り立てて気になる点はありません」
「そう……ありがとう、リア」
視線を落とすとそこには、背を丸めた人型の縁どりが目に入る。犠牲となった作業員が倒れた場所なのだろう。祈りの言葉が口をついて漏れた。
◇ ◇ ◇
数日後。事故の犠牲となった男性の葬儀が終わってから、再び彼と向き合った。
工場長からは二十歳台の若者と聞いていたが、憔悴しきった様子の彼は四十にも届くかと思われるほどやつれていた。
「いつも俺がヘマをしそうになった時はさりげなくフォローしてくれて……叱ってくれて。事故で死んじまった父親代わり。いや、それ以上に良くしてくれた……本当のオヤジとさえ思っていました。……それが、こんなことになるなんて」
そのまま男性は押し黙った。沈黙が痛い。けれど先に進まねば。
意を決し口火を切る。
「……当日の状況、話せるかしら」
「はい。……仕掛はいつもどおりでした。事故の前にも二度鋳込んで、問題なく仕上げました」
「なにか変わった点はなかったかしら」
「後輩――大やけどを負ったうちのひとりですけど――中子をセットするとき、手で中子を上下に揺らして首をかしげてました」
「そのとき彼は、何か話しましたか?」
男性はしばらく思い返すそぶりを見せたが、すぐに弱弱しく首をふる。
「いいえ、とくには」
「そのあとは?」
「そのあと上型をセットして溶湯を湯口から入れ始めました。入れている最中は問題ありませんでしたが、入れ終わってしばらくしてからガス抜きから溶湯があふれ出してきました」
ガス抜き穴とはまさにガスが抜ける穴。主に型に含まれる水分が抜けるように設けられた穴だ。そこから注いだ溶湯が出てきたということか。
「ガス抜き穴から? それはよくあることなのかしら」
「はい、それ自体はよくあることです。なのでいつもどおり、砂をガス抜きに掛けて、あふれた溶湯の分を湯口に継ぎ足しました。その頃には湯口は冷え始めるので、みんなで急いで作業しました」
「そうしたら?」
「……しばらくしてガス抜きの周辺に亀裂ができて……湯が、一気に噴き出したんです」
『おやっさん』は彼をかばうように前に出た。溶けた青銅は燃えにくい作業着をもいともたやすく焼き尽くした。後は……語るべくもない。
「俺が、砂を掛けさえしなければ。そしたらおやっさんは……!」
「言いたいことはわかる。けど、みんなが日常的にやっていた手順なわけでしょ? なら仮にあなたがやらなくても、作業員の誰かがやっていたんじゃないかしら」
「そ、それは」
「そんなに自分を責めないで。それは違うの。この件、原因をあなたの作業ミスとするにはすこし、いえ。かなり無理があるのよ」
「そ、それってどういう」
「結果はもう少し待っていてくれないかしら。いま確実に言えることは、『あなたのせいではない』ということ。真相に近づけた気がするわ。最後のピース、早く見つけないとね」
最後に立ち上がり、彼の肩に手を置く。
「今日はありがとう。いまはゆっくり休んで」
彼はくしゃりと顔をゆがめたかと思うと、パっとうつむき、ただ一言「はい」と短く返した。
そう。早く見つけねば。このお兄さんと、亡くなった『おやっさん』のためにも。
悲劇が繰り返される前に。




