事件簿1「家具工場で爆発事故!?」課題編
「フランお嬢様。おくつろぎのところ大変恐縮ですが、事故です」
ヘレンから家具工場で爆発事故があったと報を受けたのは、まさにさっき出てきたおやつのマフィンにかぶりつこうとしている時だった。
「わかったわ」
正直マフィンは名残惜しいけれど仕方ない。皿に戻し、席を立った。
すると泣きそうな表情でマフィンと私の顔を交互に見るペトラと目が合った。その姿があまりに情けなかったので、小さくため息をついてメイドさんに目を向ける。
彼女は軽くうなずいた。
「バスケットをご用意します。それをお持ちになって馬車の中でどうぞ」
ペトラの表情があっという間に明るくなった。現金な娘だ。
家具工場は領都にほど近い、山あいの小さな町にある。昔から木工が盛んな土地柄であったけれど、近年みられる蒸気機関の発達により、家具作りは急速に規模を拡大している、この町にとって新たな産業の一つだ。
工場で明らかに異常なことが起こっていることは遠くからでもわかる。走る馬車からでもはっきりと、少し灰色がかった煙を絶えず上げているからだ。
「まだ火が落ち着いていないのかしら。いそいで」
前の小窓をあけ急ぐよう御者に伝えると、「かしこまりました」との返事に合わせ、鞭の入る音が聞こえた。
ほどなく工場に入ることができた。まずはペトラに怪我人の確認をお願いすると、一通りの説明を受ける。
「それだけのことがあって、軽いやけどが一名だったのは不幸中の幸いだわ」
一通りの説明を聞いたあと、リアと目を合わせ、胸をなでおろす。
事故は材木を切断する際にできる『木粉』を一旦貯めておくサイロで起こったらしい。木粉は蒸気機関の燃料の一部として利用されており、サイロからスクリューコンベアでボイラーに送られているという。動力は主に木材を加工するために使われているようだ。
スクリューコンベアとはパイプの中に軸を通し、それにらせん状に取りつけられた羽を回転させることにより運搬をするものだ。液体や穀物、それに今回のような木粉などを運ぶのに採用される、ごくオーソドックスな機構だ。
今回被害にあった作業員――仮にAさんとしておく――の話によると、Aさんは始業点検の後、いつものようにボイラーに木粉を送るため、スクリューコンベアを稼働させた。
しばらく動いていたかと思ったら突然炎がサイロとコンベアの接続部から噴き出してきたということだった。稼働を始めてわずか数分の出来事だったという。
コンベアは多少焦げた程度の被害だが、サイロはその上部と側面の点検口が吹き飛んでいるようだった。爆発の衝撃は相当なものだったろう。この状態で顔面などの軽いやけどで済んでいるのは奇跡に近い。
一通り聞き終わったようなので、工場長に質問をはじめる。
「今までにこのようなことは?」
「こんなケースは初めてです。爆発なんておろか、ぼやも起きたことなんてありません」
安全帽を脱ぐと少し薄くなった頭が見えた。人好きしそうな工場長は、タオルで頭を拭きながら答えた。
「破壊活動の可能性は?」
最近の公爵領内の産業の発展にともない、スパイ活動や破壊活動が見られるようになっている。ここも例外ではないだろう。
「昼夜を問わず常時警備員が巡回しています。……もっとも、ずっと一所にいるわけではありませんから、警備のスキをついて、というのもありえなくはないですが」
その可能性はほぼ無いだろう、工場長はそういいたいのだろう。
「実のところ、破壊工作でもないと私も思っています。それが目的でしたら稼働ができないほどの破壊をしなければ意味がないですから。物も人も」
要は破壊工作にしては手ぬるいのだ。
「私もそうでないことを祈りますよ」
工場長は肩をすくめた。
「リア。そっちはどうかしら」
コンベアあたりを一通り調べ終わったようで、リアが戻ってきたので声を掛ける。
「ハイお嬢様。機械的な故障ではなさそうですね。爆発があったというのに、このコンベアはまだ動きます。……ただ爆発の衝撃で軸受けとハウジング、それに点検口の蓋が若干変形しているので、そこは修正が必要です」
「逆に言ったらその程度、と?」
「そういうことですね。あ、あとはサイロの蓋を付けるくらいですか。蓋は爆風で吹き飛んでしまったようで、隣の麦畑に落ちているのを作業員さんに拾いに行ってもらいました」
リアが指さす先にはへしゃげたサイロの蓋が無残に転がっていた。ねじ止めだったのだろうか。端が数か所、乱暴に引きちぎられたようになっている。
あと点検口も爆風で開いた影響だろう、随分傷んでるようだった。
「可燃性ガスの可能性もあるわね」
工場長を見て尋ねる。彼はしっかりと首を振った。
「フランツィスカお嬢様。サイロ近辺には可燃性ガスは置いていませんでした。サイロの中も同様です」
「ねえ、そこのあなた! 腐敗ガスの発生は考えられないかしら?」
点検口をのぞき込んでいる作業員に声をかけつつ近づいていく。点検口に取り付けられている階段を上るのを見て彼は場所を譲ってくれた。
サイロにはまだわずかながら木粉が残っていた。
「サイロの中でですか? それはないと思います。腐敗するほど水気を持っていたら、途中で固まって下のコンベアまで木粉が落ちていきません。それに中身は一日で掃けてしまいます。つまり」
「腐敗するために必要な時間がとれない、というわけね。わかったわ、ありがとう。……あ、そうだ。ちょっとリア!」
「なんです、お嬢様」
「悪いんだけど、少しスクリューコンベア回してくれないかしら」
「わかりました。あ、ついでで申し訳ないですが、異音がしないかを確認してもらえますか?」
「わかったわリア。やってちょうだい。あ、あくまでも標準作業に則って。くれぐれも指はさみとかには注意ね!」
わかってますよ、とひらひら彼女が手を振りながらコンベアの駆動部の方に歩いていく。
しばらくののち、「動きまーす!」という掛け声の後、すぐにゆっくりとスクリューが動き出した。木粉が残り少ないので、スクリューの一部がサイロの底で見え隠れしている。そのたびに木粉が空気をはらんで一部が舞う。けほ、とせき込んでたまらず点検口から逃げ出した。
「どうでした? 変な音、しました?」
「異音はないけれど、木粉が舞うのがすごいわね、こほっ」
「ぷっ。やだあはは、お嬢様、顔に粉が」
「え? やだ、もう最悪」
リアがケタケタと笑うので、途端に恥ずかしくなった。あわててハンカチで拭う。
同じように笑っていた工場長だったけれど、不意に何かを思い出したらしいようで「そういえば」と手を打った。
「あとあいつ――今日やけどをした者が以前漏らしていましたが、たまに小枝を折ったような音がする、とかなんとか」
「小枝? 粉に紛れているのかしら」
「木粉を集めてホッパーにいれるのは人間ですからね、小枝や枯れ葉なんかは紛れそうではあります」
工場長はそう言って加工場の端にある投入口であろう設備を指差した。
「ま、燃やしてしまっても問題無いものですから、作業員は気にもとめずに投入しているかと」
加工場で出た木粉は人の手で集められ、ホッパーと呼ばれる投入口に入れられる。そこからスクリューコンベアでサイロへ搬送しているようだ。
何者かによる外的要因ではないのは間違いなさそうだ。
機械的故障もない。可燃性ガスの発生もない、となると原因はなんだ?
そんな時ふいに工場長が作業員の一人を呼びつける。
「おい、あの点検口はいつ塞げる?」
「あ、はい。爆発の衝撃でヒンジが馬鹿になってますので、すぐには無理です。とりあえずなら麻袋でも被せておきましょうか」
「そうしてくれ。風で飛ばされて周りが木粉だらけだ」
何気なく声の方を見るとたしかに点検口から風が入っているのか、蓋が吹き飛んだ上部から木粉をはらんで吹き上がっている。勢いよく吹き込んだ風がサイロの中を巻いているのか。道理でさっきから粉っぽいと思った。
あーあ、というリアの声を聞きつつ、しばらく見上げていた。
――大量の木粉。粉っぽいサイロの内部、スクリューコンベアを動かしてしばらくしてからのトラブル。小枝が折れるような音――
あることに思い至り、ハッとした。
そして設備を一通り目視で確認していく。――やっぱりあるべきものがない。
「そういうことだったのね。これが最後のピース。……見つけたわ!」
最後叫んだことで、周りの視線を一身に受けることになってしまった。
「みんな。この事故は人災よ。防ぐことができる、カイゼン可能な不安全状態だわ」
「あら。何か、目星がついたようですねお嬢様」
見つめる視線をまっすぐに受けたリアが、ニマっとわらった。




