第22話 常識を、疑え!
ご覧頂きありがとうございます。
馬車の前に現れた、なにやら追われている人物。
ついついお持ち帰りしてしまいましたが……
匿った相手は人間ではなかった。いや半分人間か。ネコのような耳と尻尾を持つ、亜人と呼ばれる女の子だった。
椅子に座らせ、対面に見上げるように座ると怯えたような様子をみせた。当たり前といえばそうだ。なにせ腕をつかまれ馬車に押し込められたと思えばそのまま走り出したわけだから、怖くないはずがない。
「ごめんね、ちょっと強引だったかな」
なるべく優しく言ったつもりだったけれど、彼女は「ひい」と小さく漏らして涙ぐむ。
「馬車、止めてくれる?」
ゆっくりと馬車は速度を落とし、止まった。
「私はカイゼル公爵家の者よ。この領地を統治している家ね。アナタが危ない目にあってると思って勝手に連れてきてしまったけれど、さっきのところに戻ったほうが良かったら言って」
彼女はブンブンと首を振った。帰りたくはないらしい。
「なら街の自警団に」
「――こわいひとがいっぱい、……いや」
うつむいたままだけれど、ハッキリと拒絶の意思を示した。
「そう? なら今から一旦おじい様――カイゼル公爵の屋敷に行くわよ。さきほどの繰り返しだけれど、この領地を統治している家だから、アナタに危害が加わることはないと思うわ。どうかしら」
彼女はしばらく押し黙った。
「なんならここに置いていく、っていうのもアリだけれど」
「……つれていって」
観念したように、小さくつぶやいた。
◇ ◇ ◇
「帰ってくるなりワシを呼び出すからロクなことではないと思うたが……最上級にロクでもないことじゃったな」
おじい様が部屋に入ってくるなり盛大なため息をついた。まぁ、予想はしていたけれど。
「ごめんなさい、おじい様。この子が人に追われていたのでつい匿いました」
「追われていた? 我が領内でか」
おじい様が彼女に目を向けると、怯えた様子で私の背後に隠れる。
「ええ。この子もひどく怯えていたので、きっと辛い目に遭っていたのだと」
「そうじゃったか……うむ、よくやったフラン。その者はしばらく我が家で匿ってやるとしよう」
今日のところは客間に泊まらせることとなったのだけれど。
「お嬢様。大変失礼だとは思うのですがその、多少臭いが」
さすがのメイドさんもたまらない、といった表情でこぼした。やはりそうだよね。
「えと、まずはお風呂にはいる? 気持ちいいよ」
するとギュッと袖を掴んで一言。
「ひ、ひとりは……こわい」
え。んじゃあメイドさんが付いて……ダメですか。こんなときに限ってリアやヘレンは出払ってるんだから。ってリアには任せられないか。きっとあの子、色々暴走するのは目に見えてる。
大丈夫。私はフランツィスカ。六歳のおんなのこ。何も問題ない。ノープロブレムだ。
◇ ◇ ◇
――すっごく罪深いことをしたような感覚に陥っている。これはもう、自己嫌悪に近い。いやまて、ただ一緒にお風呂しただけなので問題ない。少なくとも対外的には。
年の頃は自分より少し大きい、おそらく八歳くらいと思われる少女。ピッタリ合う服がないので、とりあえず小柄なメイドさんのチュニック――頭からかぶる単純なものだ――を借りて着せた。
今はカーペットの床にぺたりと座り、自らの尻尾に含まれた水気を「んしょ、んしょ」とつぶやきながら、タオルで懸命に拭き取っている。
連れてきたときはかなり汚れていたし、服も粗末な少年のような居で立ちだったから、最初女の子であることも分かりづらかった。けれどきっちり洗い、髪に櫛を通したらこれまたびっくり。
全体的に色素が薄いのか。銀髪で肌は色白、瞳はルビーのような赤。唇も薄く、トドメにネコミミと尻尾。まさにリアが喜びそうな少女が爆誕した。ゼッタイに彼女と二人きりには出来ない。確実に事案が発生する。
ろくに身体を洗ったこともないという彼女を、それこそ頭から尻尾の先まで洗ってやった。するとすっかり慣れたようで、さっきようやく離れてくれた。で、今はんしょんしょと自分の尻尾を拭いているわけだ。
彼女はニケ、と呼ばれていたらしい。親の顔も知らないそうだ。物心ついてからずっと、追ってきた連中と一緒にいたそうだ。
話の様子から、ダンジョンの街の外れで連中と過ごしていたようだった。けれど自由は与えられず建物から出されることは無かったらしい。
来る日も来る日も、変な石を決められた形に整形する仕事を延々と行う。後半はその石が入ったランプに対してまじないをして、明かりを灯す作業をした。
転機は唐突だった。
いつも見張りをしている男が、急に腹が痛いと言って部屋を出ていった。最初は気にせず黙々と作業をしていたけれど、ふと見上げた先の扉が僅かに開いている。
いつもはぴっちり閉じているはずの扉が開いている。
事あるごとにぶたれ、怒鳴られる毎日。もうたくさんだ。
その一心で逃げ出した。
夢中に走った。もう心臓が爆発するんじゃないかと思うほど。それでも走った。一生懸命走って、気づけば目の前には馬車が居て。人が怒鳴っていて。
「そして、アナタが、きた」
彼女はまっすぐ私を見つめる。
「なにもしなくていいよるは、はじめて」
「すこしは役に立ったのかな?」
コクリと頷くと、手をしっかと胸に掻き抱く。
「なんだか、はじめて。このへんが、あったかい」
頭をなでてあげると、気持ちよさそうに目を細める。
「きっと『うれしい』って気持ちかな?」
「きもち? ……うん、うれしい」
その後ご飯を食べさせ、客間に寝かせるとあっという間に寝付いた。寝顔を見届けてからそっと部屋を抜け出し、隣のサロンでおじい様と会話する。
「そうか。やはり奴隷のような扱いを受けていたというわけじゃな。我が領地で不届きなことをしてくれる。早急に調べさせよう」
「そういう事情なら文句を言われることもなさそうね。このまま落ち着くまでしばらくウチで面倒をみたい」
「そうじゃな。幸いフランに懐いておるようだし、しばらくは面倒を見てやるがよい」
◇ ◇ ◇
翌日。
さわやかな朝のひとときを、叫び声が台無しにした。ニケがビクリと身を固くする。
「ああああ!! ち、ちみっこが増えてるしかもネコ耳生えてるしっぽもある! やだおまけに真っ白け! やばカワイイ!! カワイイが過ぎてお姉さん尊死しちゃう! あーもうやば」
「ちょっとは落ち着け」
靴べらで軽くひっぱたいてやるとリアは我に返ったようで、「あ、お嬢様おはようございます、今日も暴力的な可愛さですね!」などと爽やかに挨拶をかましてくる。相変わらずのヤバ面白さだ。隣のヘレンは苦笑いを浮かべている。
「さて、この子は見ての通り亜人よ。昨日悪徳業者から逃れてきた所を保護したわ。しばらくここにいることになるから、よろしくね」
相変わらず私の背後から出てくることは無かったけれど、一日もはやく慣れてくれたらうれしいな。
「で昨夜考えたんだけれど」
こう切り出したら二人はパッと聞く姿勢を取ってくれる。ありがたい。
ニケに生きるためのスキルを身につけさせるためにはどうすればよいか。同時に魔法について我々も造詣を深めたい。その折衷案としてのプランを、みんなで考えたいということを伝えた。
「でしたらコミュニケーションと魔法に関してのスキルを鍛えるのが一番の近道なのではと思うのですが」
ヘレンが口火を切った。
「そうは言ってもさ、単に魔法のスキルを高めるって言っても、今までのようにこき使われておしまいじゃないのかな」
リアが即座に突っ込む。やればできる子なんだ。優秀なのは解ってる。ヘンタイなのに目を瞑れば。
「かと言って、彼女に他のスキルを身につけさせるのは正直効率が悪すぎますわ。本人の適性もあるでしょうし、一番身を立てる可能性が高いものに注力するのがただしいかと」
ヘレンは効率厨。覚えました。
「ならせめてこき使われない方法をあわせて考えてあげないと」
「とは言っても」
そして二人してうーん、とうなり始めた。ニケが二人を交互に見てオロオロしている。自分のために悩んでくれているというのは理解しているようだ。
さて、こういうときには視点をドラスティックに変えると解決へとつながるときがあるんだよね。
「ふたりとも。ちょっと発想を変えてみようか」
「発想、ですか?」
リアがキョトンと見つめてきた。
「そう。今二人は『魔法のスキルが彼女を劣悪な労働環境に置く』前提で考えているようだけれど」
「それはそうですわ。事実ですもの」
ヘレンが何を言っていると言わんばかりに肩をすくめた。
「ひとつ、とてもいいことをあなた達に教えるわ。それは『当たり前のことをまず疑え』。これよ」
常識を疑ってかかる。問題解決には必須のスキルと言ってもいい。
人はつい習慣やルールを疑いもせず信じ、追従する。みんなで決めたルールに従わなければ組織は系統だって動けない。それも真実。けれど周辺の環境や前提が変わっても習慣やルールを変えずにビジネスを続け、効率が知らずしらずのうちに落ちたり、市場シェアを徐々に落としたり。そうやって衰退していく組織、企業も少なくない。
『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である』
ダーウィンが実際言ったかは知らないけれど、この言葉はビジネスにおいても真実だ。
「つまりこのケースでいうと、魔法……もっというと魔素結晶に対しての常識を疑えということですか?」
「そういうこと。リア、今日も冴えてるね!」
でへへ、とクール系美少女は頭をかいてだらしなく笑う。
「じゃ、魔素結晶について、知っていることをまとめてみようか」
まとめるとこうだ。
・活性という考え方がある。活性化させないとエネルギーを取り出せない
・活性化は魔物と亜人しかできない
・負荷と接続していないと活性化できない
・負荷に応じて魔素を消費する。魔素が枯渇すれば再び活性化しない
・負荷を切断すれば直ちに非活性となる
・活性化している魔素結晶を、非活性のそれに接触させると、活性状態にできる
負荷は今知っているものとしては、ランプと熱源――カイロのようなものか。そういう使い方をするみたい。こう並べてみると、魔素結晶はスイッチ内蔵の電池みたいなものと考えられそうだ。
「うーん。やはり亜人はこの結晶を使うためには、必須であることは間違い無いようですね」
リアが箇条書きした黒板を眺めながらアゴを撫でる。
「常識……毎回有効化せずにすめばいいんですけれどね」
眉を寄せてリアが黒板をにらむ。
「あ! 種火のような感じで起動用に持ち運びできれば良くないですか!?」
ヘレンがパン、と手を合わせて声を上げた。
「でもその種火用の結晶の魔素が切れるたびに取り替えて、起動し直す必要があるよね。少しは改善するかもしれないけれど」
リアの乗り気のなさに、ヘレンはシュンとしてしまった。これはいけない。ブレインストーミングの最中は他人の意見を否定すんなっての。
「ごめん、先に言っておくべきだった。みんなで意見を出し合ってるときには、他人の意見を否定しないこと。『でも』とか『しかし』とかは禁止ワードね。ヘレン、さっきの意見いいと思うよ」
「あの」
ニケがクイクイと袖を引っ張る。振り返ると一瞬視線を外したけれど、再び目を合わせてきた。
「ん? どうしたのニケ」
「あの……石にあとからちから、たすこと、できる」
「え、結晶にあとから魔素を入れることができるってこと?」
ニケはコクリと頷いた。
「そのままでは、できない。ニケがおねがいしたらできる」
「ニケが何か結晶に手を加えたらできるってことね。あと具体的にはどうやって魔素を移動させるの?」
「ん、石と石……くっつけたらできる」
つまり、電池を充電可能にするオプションスイッチが結晶には存在して、魔素が空になったら魔素が入っている結晶とくっつけるだけで補充ができるということか。……ということは!
「種火を定期的に使っていさえしたら、活性が切れない仕掛けが作れるじゃない! いけるよ、彼女たちの価値はそのままに、不遇な労働から開放できる!」
「え、それはどういう……あ、そういうわけですわね。確かに」
ヘレンはすぐ合点がいったようでニコッと微笑んだ。
「え? え? どういうこと? お嬢様、わかりやすく言って?」
リアはちょっとついてこれなかったようだった。
つまり、ランプなどの負荷を稼働させる魔素結晶と、スイッチ用の小さな魔素結晶を分離する。スイッチ機構に小さな魔素結晶を組み込んで誰でも使えるようにパッケージ化するのだ。マッチやライターとろうそくを想像すればわかりやすいか。
普通は毎日使うものだろうから三、四日は魔素が切れない程度の容量をもつ結晶を使う。ニケたちは販売する時の一回だけ有効化する操作をすれば良くなり、毎日行っていた膨大な作業から開放される。
リアはそこで理解できたかな? と思ったら、これは革命かもしれないと騒ぎ出したので、落ち着けとなだめるのが大変だった。
「今から試作しますので、部屋のドアを決して開けないでくださいね」
そう言い残してリアは自室に消えた。どっかの昔話を思い出して吹き出した。
最後までありがとうございます。
今回は問題解決の入り口、当たり前を疑うことについて書いてみました。
もう少し突っ込んで疑うべきこと、スルーすべきことなども盛り込みたかったですが、ビジネス書ではないのでやめました。
---
引き続きのご声援、よろしくお願いいたします。




