第23話 奴隷開放、その一手
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新たな隣人、ネコ耳亜人のニケ。彼女は奴隷のような扱いを受けていた。
自領で好き勝手やりおってと血気盛んなおじい様。
そして新たな仕掛けの開発。
亜人の労働環境はカイゼン可能なのでしょうか。
おじい様の動きは速かった。
麦の一件があったので正直期待はしていなかったのだけれど、なんと翌日の昼には奴隷商人を突き止めた。さらにその日に逮捕、解散させ、触れを出した上で公爵領追放にしたとのことだ。
さすがにこれにはおどろいた。想像以上に有能だった。心のなかでこっそり反省する。バカにしてごめんなさい。
ただおじい様以外ではいまだ奴隷制度を公然としいている貴族も多く、そちらでまた同じようなことをするのだろうかと考えると気が重い。それに。
「しかしおじい様。奴隷商がいたということは、それなりの労働需要があったということです。放置しているとまた別の奴隷商が幅を効かせるだけです」
おじい様は大きく頷く。
「左様。今回の処分は恒久対策にはなり得ん。罰則を強化したとしても同じことじゃろう。仕事がある以上、労働力はどうしても必要なものじゃからな」
「とはいえ、奴隷制度を認めるわけにはいかないでしょう?」
「無論じゃ」
小首をかしげて尋ねると、おじい様は即答した。
ここで奴隷について、おじい様の認識を確認しておきたい。
「ねえおじい様? 奴隷を使っている仕事は二種類あると思ってるんだけれど」
「唐突じゃな。本当に手が足りていないところに対しての貴重な労働力として。もう一つは買う者が単に楽をするためじゃ」
一度ぱちくりとまばたきをしてからおじい様は答えた。
「そうだよね。私は楽をしたい人たちの需要は救わなくてもいいと思ってる。本当に必要なところに人を回すためにはどうすればいいのか、考えるべきだと思うの。派遣業――っておじい様知ってる?」
「そんな生業あったかの? 人材の斡旋なら人入れとか言わんかったか。……たしかに昔あったが今はみな、ほとんど廃業したと聞いておるぞ? なんでも仕事と報酬のバランスが取れんとか、そもそも奴隷のおかげで割が合わなくなったからとか」
「なんでバランスが取れなくなったんだろうね?」
「おそらくじゃが、仕事に要求される能力と、用意される人材のそれの不一致なのではないか? その点奴隷じゃと、金を出すのは一回こっきりじゃし、派遣のものより費用はずいぶん安いじゃろうから、多少は我慢できるのではないかの?」
「他にデメリットって?」
「そりゃあ、命令をできるか出来ないかの違いかのう? 極端なことを言えば奴隷には自ら命を断て、ということもできるからの」
え、そんなこと言えるんだ。この世界、こわ。
「ええと命令云々のところは雇用主の意識次第なので今は置いといて……。じゃあやっぱりスキルとコストのバランスを取ればいいんだね。おじい様、私その施策を実現可能なプランに、とても心当たりがあるのだけれど」
「偶然じゃな。ワシもそんな都合の良いプランにものすごく心当たりがある」
「「訓練校!」」
互いを指差し揃ったタイミングに二人で笑った。
「職業斡旋は、この際公爵家でやってしまったほうがいいと思うの。へたに業者を挟んでしまうとマージンを取られてしまってムダに競争力が落ちる。運営費は税金でなんとかする」
そう。公共職業安定所を作ろうと考えているのだ。幸い職業訓練の道は先に作った。スキルがついた者を工場や農場などに紹介し、マッチングする組織。それを準備することで住民の雇用は安定するはずだ。
雇用側はある程度のスキルを持った人材という前提で採用できるので、ハズレを引くリスク分を人材に回せる。これだけでも賃金引き上げが可能になるはず。
「運営費は我が家持ちなのか? しかしそれでは丸損ではないか」
良いプランだと思っているけれど、費用面でいい顔をしていない。そんなところだよね。もっと先のことを見てくれたら安心してくれるはず。
「大丈夫。いい人材を入れたら収益は改善するわ。それにもっと収益改善させるためにもこれから更にカイゼン活動していくつもりよ? そしたら税収が上がってウハウハ、だよ」
「はっはっは! フランにしてはざっくりな説明じゃが……案の良さはよく解った! うむうむ、早速始めるとしようぞ!」
その後おじい様は配下の人たちを集め、やる気満々に指示を出していった。具体的な実務は、おまかせすれば大丈夫だろう。
あわせて賃金や物価の上昇をコントロールしたほうがいいかもしれない。インフレターゲティングと呼ばれる政策だ。けれどこちらは完全に専門外。
そうだあの子に任せよう。基本は公爵家の事務方がやってくれるだろうけれど、私の意図をうまく伝えてくれるはず。お願いしていた件も確認したいしあとで相談しに行こうっと。
くっふっふ、と妙な笑いをしてしまっていたことに気づいて、少し恥ずかしい思いを密かにしていたら、おじい様から声がかかった。
「さて……しかしあれじゃな、フランもその、大変な拾い物をしたもんじゃの」
「ああ、これですか」
おじい様が腕を組みつつ、苦笑いをうかべ見つめる先は私の右隣。
今朝、客間に様子を見に行ったら、ニケはベッドの上に膝をかかえて座っていた。
こちらを見るなり泣きそうな顔をして走ってきたかと思えばこれだ。おかげで着替えさせるにも一苦労だった。草の種か磁石のようにくっつき続ける様子を見てメイドさんたちはクスクス笑うだけ。笑ってないで手伝ってほしかった。
それからというもの、彼女は右腕にしがみついて離れようとしない。
「ははは……。あの、ニケ? いつまでもそうされてると、何も出来ないのだけれど」
「いっしょに、いる」
そしてさらにギュッと絡めた腕に力を込めてくる。
「んもう。せめて尻尾を足に巻き付けないで。歩きにくいわ」
もう一つの懸案というかチャレンジというか、リアの方はどうなったかなと、彼女の作業場がある辺りまで来たとき。
「ひゃああぁ」
彼女のなさけない悲鳴が聞こえた。
「どうしたの!?」
部屋に駆け込むと、部屋中もうもうと煙だらけだった。
「か、火事!? たいへんすぐに」
「あー、お嬢様、だいじょうぶですー。火は出てない……とおもいます」
机の影から立ち上がった彼女の姿を見てギョッとした。
「リア!? ちょ、あなた、み、見えてる。はやく服! 服着替えて!」
何かしらの実験でミスでもしたのだろうか。服のあちこちが焦げて結構ぼろぼろになってしまっている。一部見えてはイケナイところが。嫁入り前の乙女が。ああ。
「え? あー……えへへ、まぁいいでしょ、女同士なんだから」
当人はどこ吹く風。自らの姿をみてヘラっと笑った。一向に気にしていない様子だ。
「アナタは気にしないかもだけれど、私がするの! 早く着替えて!」
◇ ◇ ◇
「一応、基礎設計は出来ましたよ。さっきのは特性調整のさなかでのちょっとした不幸なヒヤリです」
取り急ぎ手近にあったオーバーオールを着てくれたので、なんとか目のやり場にこまる事態は避けられるようになった。……横を向かれるとまだキワドイところもあるのだけれど、この際目をつぶる。
「ま、主に不幸になったのはリアだけで良かった。あとでヒヤリの振り返りはしておいてね、今後のために」
「なにか釈然としない言い回しですが、この際いいでしょう。ヒヤリ報告の件は了解です! っと、それよりさっきので手持ちの魔素結晶が砕けてしまいました」
確かに机の上には、粉々になった深紫のキラキラとした結晶のクズが散らばっている。
「くずすぎて、つかえない」
ニケがしげしげと眺めてつぶやいた。
「つかえない……? クズすぎて……!? くっ」
声の方を見上げると、リアが机に片手を付き、胸を押さえている。
「ど、どうしたの」
「ふへぇ? やー、ニケちゃんの罵りが私の性癖を直撃してっ……くう」
クズ、使えないと罵られれば喜んでしまうのね。気をつけることにするわ。
「はぁ、はぁ。し、しかし困りました。試作を進めるにも、結晶がないと」
突き刺さった言葉のナイフ、抜く時間くらい待ってあげるわよ?
ま、もっとも、自分で刺したんだけれどね。
さてさて。ストックをこのタイミングでつかうとは思ってなかったんだけれど。この際仕方ない。
「ほらリア! いいものあるんだよ!」
じゃじゃーん。
「そんなこともあろうかと! ほら、持ってるよ!」
そう宣言してポケットから親指大の魔素結晶を取り出した。
アメジストをさらに深く濃くした、深紫の鋭く光を反射する結晶。これが魔物の排泄物から出来ているなんて、実物見ても信じられない。アイツら普段何食ってるんだ?
「お嬢様いい笑顔! それによく素手で持てますね! それ魔物のうん」
「はいうるさい」
素早く靴べらでひっぱたく。はぶっ、とマヌケな怪音を発してリアは黙った。そんなに取り出した時、笑っていたのだろうか。
「負荷側は……大丈夫そうね。じゃここからは私たちも参加してやろうか」
ニケが戸惑いの表情ながらも頷いた。
「ちいさな女の子二人に囲まれて新製品開発……ああ、私ってなんて幸せ者なのぉ!? ふおー! 俄然やる気出てきたぁ!!」
リアの妙なテンションの上がり具合に若干面食らいはしたけれど、その後ニケとも協力して、なんとか試作品一号の完成をみた。
「こいつ……うごくぞ!」
リアがはしゃぎながらパチパチと、ランプを点けたり消したりする。そりゃそういうふうに作ったんだから当たり前でしょ。
ニケの手を介さずに点いたり消えたりするランプを、彼女はぼうっと眺めていた。かと思えば静かに涙を流し始めた。
「ど、どうしたのニケ。お腹すいた?」
リアが妙なツッコミを入れると、ニケはふるふると首を振る。
「ちがう……つらいおしごと、すこしはへるのかなって、ニケおもったから」
「……他の子達も、はやく開放できるといいね」
そっと頭をなでると、ニケは目尻を押さえながらコクリと頷いた。
◇ ◇ ◇
「それは……上手く行ってよかったですね、フランお嬢様。で、次は私の進捗を確認にみえた、そんなところですわね」
ヘレンの執務室は質素な中にも優雅さが感じられる。ツボに入っているドライポプリのせいだろうか。ふんわりと漂うやさしい香りにホッとする。
ニケはさっきから眉を寄せ、鼻をひくひくさせて正体をさぐっているようだ。きっといろんな臭いがしているのだろう。この子にもいろんな経験をさせてあげたい。
「え、えへへ。まぁそんなところ」
「公爵様の文官の方々はさすが、優秀ですわね」
「え、じゃあ!」
「はい。まもなく立ち上げられます。銀行業」
銀行の立ち上げは、もともとおじい様にお願いしていたことだ。
彼女にはその準備委員会に入ってもらい、情報収集と、私の意見をさり気なく文官たちに入れることをお願いしていたのだ。
もともとは債券で得た資金のうち、余剰分をどう運用しようかと考えていた矢先、気になることを耳にしたのがきっかけだった。
商人から当面の生活資金を借りたはいいが、今度は返済に窮するようになり、代々の土地を手放したり命を断ったりと、金融絡みでの悲惨な事例を聞いたのだ。それも一度や二度ではない。
もちろん裕福な家庭もあるにはあるが、それ以上に貧困層は多い。単に金を配るのは良策ではない。様々な社会問題があるなかで取るべきは個人向け低利融資と思われた。
しかし単にお金の都合をつけるだけでは、商人とやっていることが大して変わらなくなってしまう。領地を預かるものは将来の自領、ひいてはこの国の繁栄に資する政策を、かっこよく言えば『持続可能性』を念頭に置いた方針、政策を取らなければならない。
我々は返済が困難になったもの、あるいは希望者に関しては、訓練校での技能訓練をおこなう。そののちに高給の見込める別の職への転職斡旋なども考えている。その間の支払いは猶予する。など持たざるものが利用しやすい制度としていきたい。
領民が安全に、安心して暮らせる社会インフラを作る。それも領地を治めるものの責務であるはずなのだ。
「そういえば銀行も気になるでしょうがフランお嬢様。お気に入りの子がそろそろ屋敷に来ると思いますわよ」
お気に入りの子? 誰それ。
するとまもなくして部屋をノックする音が。
「マイヤー様がお越しです」
あれ? 私ペトラがお気に入りだったんだ! 知らなかった!! ……彼女が来るということは、マイヤー薬店も次の段階の課題が出てきたということか。こちらはこちらで、成長が楽しみだ。
さて、どんな悩みが飛び出すかな。
さっそくやってきたペトラは、いつぞやのように浮かない顔をしている。
「フラン様、薬の品質が安定しなくなってきました。もう調整だけじゃ追いつかないんです……」
マイヤー薬店も取引量が多くなり、最近は人を使うようになってきた。標準化も進んでいるので破綻はしていないようだけれど、クレームに繋がる可能性が出てきたのではないだろうか。
多くの人が介在し、サプライチェーンも伸びてきた今、やらねばならないとおもわれること。いくつかあるけれど、これが一番効くだろう。
最後までありがとうございます。
今回はハロワ、誰でもつかえる魔素結晶ランプの制作、銀行の立ち上げなど。
小ネタというか伏線というか、そういったものを書きました。
次回は毎度おなじみ、ペトラちゃんのお店カイゼンになります。




