第11話 人手が足りない!? なら猫の手を借りよう
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雨季に入りました。しとしとジメジメするのはこの世界も同様のようです。
雨季に入った。
始まりを知らせる砂嵐が一帯を吹き抜けてからというもの、毎日のようにシトシトと、まるで日本の梅雨のように雨は降り続いている。
私達兄妹は、いつ止むとも知れぬ雨空をガラス越しに見ながら、何度繰り返したかわからない言葉をつぶやいた。
「ほんと、よく降るよね……」
「今年はいつもよりいっぱい降るんだって。母様がいってたよフラン」
しとしと。さーっ。ぴちぴち。耳をすませば色んな雨音が聞こえてくる。
庭先の野菜に屋根からの雨だれが落ちるたび、ブルン、ブルンと葉が揺れてかわいい。
「はあ。もう何日、おひさま見てないかなあ」
「父上が街の道路を良くしてしばらく経ってからだから……うーん、三週間くらい?」
そんなに晴れてないのか。いろいろカイゼンしていきたいのに、これじゃ何もできやしない。ああもう、脳みそにカビが生えそう。
「そんなに!? ああ、もう頭にカビ生えちゃいそう」
するとアル兄様はカラカラと笑った。じっとりした空気のなか、彼のあっけらかんとした笑いはせめてもの救いだ。
「大丈夫だよ、頭にカビなんか生えないよ」
「え、しらないの? カビ、本当に生えるんだよ」
「またまたー。フランは冗談が好きだよね。ボクそんなの見たことないもん」
「そんなこと言って、最近頭がかゆいとか言ってなかったっけお兄様」
「え、た、たしかにそうだけど」
「毎日しっかり梳いてるから、シラミじゃないよね。なおのことそれ、カビかもよ?」
「ひっ! ……う、う、うわあぁん、かあ様、かあ様! ボク、頭にカビ生えちゃったのぉ!?」
あ。泣いて飛び出して行っちゃった。
しばらくしてお母様が困り顔でやってきた。困った表情も素敵ですね!
「フラン! アルに何を言ったの!?」
「頭皮ケアを怠った場合におけるカビ発生の可能性について、リスク説明をしました」
返答にぽかんと一瞬して、それから諦めたように口を開いた。
「……ああ、うん、わかりました。フラン。アルにあまり刺激的なことを言ってはダメよ」
とりあえず「はぁい」と返事はしたけれど。なんでお母様、うなだれてるのかしら?
午後からは雨脚が更に強まった。先程からは滝のような、とかバケツを引っくり返したような、とか数十年に一度の記録的な豪雨ってどこかの気象台がよくいっていたけれど、まさにそんな感じ。
「占星術師だったっけ? 当たるもんなんだね」
おやつのスコーンをかじりながらメイドさんとお話しをする。
「そうですね、あたってますね~、珍しいこともあるもので」
大粒の雨が激しい音を立てて地面を叩き、霧のようにしぶきをあげている。遠くでは雷もなっているようだ。空はますます暗さを増す。これは当分止みそうもない。
ところで私は先日あなたが言ったこと、覚えてるからね?
……どうせ私の弓の腕は、珍しくあたった程度ですよ? いまの私の体では、弓が重くてきちんと引けないだけ。今に見てなさい、大きくなったらぎゃふんといわせてやるんだから。
「今日は早めにお休みになられたらいかがでしょう」
「そうする」
と思っていたけれど、そうはいかなくなった。
夕食の時間の頃、ふいに外に馬が駆けてきた気配がした。
こんな時間になんだろう? と思っていたら玄関ホールがなにやら騒がしくなった。
ちょうど二階からホールを見下ろした時、ずぶ濡れで膝をついた男が口を開いた。
「旦那様! か、川から水が溢れて……! 上流の町が、やられました」
これが私がこの世界にやってきて、初めての水害だった。
◇ ◇ ◇
水は朝にはすっかり引いていた。集中豪雨というやつだ。一晩のうちに一気に降り、去っていった。
上流の町の被害は想像をはるかに超えていた。
この町はおもに麻や木綿で布を織り、服などの製品まで加工する産業が発展している。今は内需、領内での消費がほとんどだけれど、今後大いに期待できる業種といえる。
「これは……ひどいもんじゃの」
おじい様がうめくように漏らした。
縫製工場は川の上流側にあった。水が大量に押し寄せたのだろう。窓は壊れ、設備がほとんど水っぽい泥をかぶっていた。
みんな自宅の片付けもあるだろうに、工場を一日でも早く稼働させようと、早朝から片付けに集まっていた。
その様子をみたおじい様は慌てて皆を集め、見舞いとねぎらいの言葉をかけ、まずは自宅の片付けをするよう指示を出したのだ。
どのみち方針をたて、段取りよく進めないことには効率が悪い。ならいっそ翌日から片付けするほうが合理的という判断だろう。なにより従業員の生活を立て直す。私もその判断は正しいと思う。
申し訳ないけれど、工場長や技師長など役職者においては対策会議に参加してもらうこととし、従業員には明日朝からの復旧作業に参加するよう指示して解散となった。
「さて、ではどのように進めるかの」
調度が無事な事務所の二階に関係者が集まったところで、おじい様が宣言した。
が、そのまま場は静まり返る。
ん?
誰も発言しない。ぐるーりと見渡す……んんんっ? 周りの大人たち、みんな私を見てる!?
「え、わ、わたし?」
「ほかに誰がおるんじゃ」
「いや、でもわたし子供だよ、こんな」
私の言葉に工場長が素早く反応した。
「いえいえお嬢様のお噂はかねがね! 製粉工場の一件は聞き及んでおります。さすが公爵様のお孫様だ! 今回もぜひそのお知恵を」
ええー? 初手からわたし頼み? ……まぁ手間が省けていいですけれど。
「すまんのフラン。お前の意見をまず聞かせておくれ」
おじい様にそういわれてしまったら仕方ない。普段はみんなに課題解決してもらうところだけれど、今は時間が勝負だ。そうも言ってられない。
わかった、といったん言葉を切って深呼吸。頭で段取りを考える。
「まず人命。行方不明の方は?」
「あ、は、はい。いません。けが人が少々」
工場長さんが慌てたように答える。
「それはよかった。けが人はきれいな水でよく傷口を洗浄するように。次に物的被害はどうなってるかな。ダメなことを優先して教えて。……焦らなくていいよ」
工場長さんは一瞬息を呑んでから、ふーっと息を吐いた。
その表情から焦りの色がだんだん抜けていく。
「工場は大きく分けて糸を紡いで織る紡織の工程と、布を縫い合わせて製品にする縫製の工程、色を付ける染色工程がありますが、縫製が全滅です。染色も大がかりな清掃が必要です。紡織工程は特に被害なし、何とかなります」
「全滅? 具体的には」
「縫製に使うミシンが泥水をかぶっています。分解して洗ってどうかといったところです。裁断は手でハサミを使って行うので問題ありません。いずれの工程も作業場所は清掃すれば復旧可能です」
「縫製を外注することは可能なのかな?」
「少量なら可能ですが、今までの生産能力を維持するのはムリです。それに今日の明日稼働、というのはどちらにせよ難しいですね」
「そう、わかった。ありがとう」
いずれにせよ染色工程も手を入れなければならない以上、外注をしてもあまり意味をなさないように思われた。
これはもう、一日も早く再稼働できるようにするしかなさそうだ。
「簡単な方から片付けよう。染色工程の清掃についてだけれど、具体的にはどのような作業になると考えてるの?」
「泥は足首より下くらいまで緩やかに侵入しただけですので、床は残ってる泥をかきだせば問題ないかと。染料を入れている水槽は腰の高さなので、泥の侵入はありませんでした」
「なるほど、いいんじゃないかな。じゃ最後に縫製は」
工場長は技師長を見た。神経質そうな痩せ気味の男が軽くうなずく。
「これがまた厄介で。ミシンを分解して清掃、注油して組み立て、チェックをしてという流れになりましょうか。後は床まわりの清掃です」
技師長は身振りを交えながら説明をする。
「それを今の人手で整備するためにはどれくらいの期間が掛かりそう?」
「ざっと三百時間。がんばって一月といったところでしょうか」
「ひっ、一月!? いやそんなに工場は止められんぞ」
「そうは言っても工場長。数人の技師でできる量はたかが知れてますよ。実際は毎日数台づつは完了しますから、徐々に生産できるようになりはしますが」
これはどうやら技師の人数がボトルネックになりそうだ。
「その手順は明文化されてる物はある? あと、簡単な作業なのかな?」
その言葉に彼は首をふった。
「いや、私と技師の数名だけができる作業です。資料もこれと言っては」
「分解と清掃は素人にはできない?」
「んー、そのままではムリでしょうね。説明に時間がかかってしまう」
顎に手をやって具体的な作業を想像しているのか、目を閉じながら返事をする。
「そしたら使う道具、注意点、作業順、作業方法。それぞれの作業だけを明記した文書を作ったら?」
「いやそれは手順を教えるだけで時間が掛かりそうですな」
「ううん、なにも一人で全部やらなくてもいいの。一部の工程だけ覚えてもらって、それを繰り返し作業してもらえば」
「それならいけるかも知れませんが、今度は分解中のミシンを動かすのが大変ですね」
バラバラになったミシンを次の工程に運ぶときの心配をしているようだ。
「それは作業する人が動けばいいと思うよ。作業中のミシンをズラッと並べて、みんなで一斉に移動すれば。どうかな?」
「ふむ。それなら。あいやでも今度は……」
「今度は?」
「ええ。例えばネジ。組み立てる時、どの部分のネジかわからなくなる可能性が」
「ああ、それなら外す順番に合わせた木枠か何かを準備して、外した番号順に並べればいいかなー? そしたら技師はその逆順で組み立てるわけだよね。組み立てるときも技師に補助の従業員さんをつけて。特段技術が不要な工程は、積極的に一般の従業員にしてもらうように考えて欲しい」
技師長が頷くと、今度は工場長が手を上げた。
「あと一点。先程一斉に移動するとおっしゃいましたが、作業する人間の能力によってばらつきが出てくるような気がするのですが」
「ばらつきが出ないように、標準作業時間が揃うように工程を分けるの。考え方としては、一つの作業に掛ける時間を定める。これをタクトタイムっていうよ」
「一つの作業に掛ける時間。これを先に決めるんですか?」
「そう。本来は生産工程における考え方で、一日の稼働時間を必要数、平たく言うと売れる数で割った時間なんだけれど、今回は売るわけでもないし、一回こっきりだから今日実際にやってみて決めようと思う。……工場長さん、お願いね」
「えっ、わ、私ですか?」
「この計測は作業に慣れている人にやってもらうわけにはいかないの。だから」
「そ、そういうことなら、仕方ありませんな」
発言が止まった。現時点での意見は出尽くしたか。
ぐるりと周りを見渡すと、皆それぞれ目で合図したり、頷いてくれている。
反対意見はなさそうだ。
というより、ほかにいい方法が思い浮かばないんだろうな。
「今日はこの手順書を準備することに全力を尽くしてください。と、その前に。まずは現場を確認しに行こう」
すると皆が部屋を出ていこうとするのであわてて止める。
「ああちょっとまって、席に戻って。現場に行くときに絶対におろそかにしてはいけないもの。それをこれからお話しするから」
この言葉に、おじさんたちは皆一様に首をひねった。
最後までありがとうございます。
ライン生産の考え方の入り口だけ、まずは語ってみました。
語りだしたら普通に本が書けちゃうので、ほんの入口です。
楽しんで頂けたでしょうか。
次回は工事を始める際には必ず行うことをテーマにお送りします。
お楽しみに!
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引き続きのご声援、よろしくお願いいたします。




