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推定年齢120歳、顔も知らない婚約者が実は超絶美形でした。  作者: シロヒ
仮面魔術師と新たな婚約者

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第二章 5


 その夜、メイベルは部屋でぼんやりと空を見上げていた。


(やっぱりユージーンさんに、ちゃんと謝ろう……)


 アマネに話したことで、自分の気持ちをよりはっきりと自覚することが出来た。ちゃんと本当の思いを伝えて、それでユージーンから嫌われたら、その時はその時だ。


(とはいえ、一体どんな顔をして戻ったらいいのか……)


 その時、目の前の窓ガラスがカタカタと音を立てた。

 驚いたメイベルは慌てて鍵を外し、両手で押し開く。するとバルコニーの上空で、ばさりと羽音が響いた。足元には大きな影が落ちている。


「――こんばんは、メイベル」

「ムタビリス!」


 そこにいたのは、白い仮面を着けたムタビリスだった。綺麗な白い髪をなびかせ、短く羽ばたきながら降り立つその姿に、メイベルは目を白黒させながら口を開く。


「すごい、こんなに早く手紙が届くなんて」

「手紙?」


 きょとんと首を傾げるムタビリスに、メイベルもまた「うん?」と瞬いた。


「だから来てくれたんじゃないの?」

「違うよ。メイベルに会いに城に行ったら、こっちに戻っているってロウが」


 あっけない回答に、メイベルは肩の力が抜けた。考えてみれば、今日の昼に預けたものがそんなに早く着くはずがない。


「おれに手紙をくれたの?」

「う、うん」

「嬉しいな。どんな内容なんだろう」


 噛みしめるように笑うムタビリスを前に、メイベルは少しだけ戸惑った。だがどのみちいつかは手紙が届くのだと考え直し、改めてムタビリスに問いかける。


「その、あなたのお師匠様について知りたかったの。たしか――私の母、メルヴェイユーズに恋をしたのよね」

「うん。そうみたいだね」

「その……どうして、諦めてしまったのかしら」


 ムタビリスは最初きょとんとしていたが、やがてううん、と迷うように目を閉じた。


「……多分、だけど。それがメルヴェイユーズにとって、幸せだと思ったからじゃないかなあ……」

「お母さまにとって、幸せ?」


 うん、とムタビリスは大きな目を優しく眇めた。宝石のような、青色の光彩が闇夜に輝く。


「おれたち魔術師は、怖がられる存在なんだ。だって――人じゃないからね」

「そんなことないわ。ムタビリスは私たちと何も変わらないじゃない」

「……うん、ありがとう」


 えへへ、とムタビリスは口元を綻ばせた。


「メイベルがそう言ってくれるのは嬉しい。でもおれたちは、人ではないといわれることの方が多いんだ。きっと他の魔術師も同じ、だよ」

「……」

「それはいいんだ、慣れているからね。でもおれのせいで、本当に人間のメイベルまで怖がられるようになったら、……それはとても、すごく、嫌かな」


 たしかに、婚約が決まった時の周囲の反応は、決して色良いものではなかった。

 メイベルは話に聞くまでさほど気にしていなかったし、実際にユージーンと出会ったのが先だったので、彼らがどんな目で見られているか意識していなかっただけだ。


「きっと先生も、そのことで悩んでいたんだと思う。それにおれたちは長生きだから……魔力が尽きるまで老けることも死ぬことも出来ない」

「……そう、よね」

「先生は最後まで、決められなかった。でも好きな人と一緒にいたいとも、願っていた。……だから『心』を作ったんだと思う……」


 ムタビリスはそう言うと、静かにメイベルに視線を向けた。


「メイベルは『魔道具』って見たことある?」

「う、うん」

「『魔道具』は元々ある道具に、おれたちが魔力を込めたもの。だから魔力が無くなれば、使いものにならない」


 でも『心』は違う、とムタビリスは自身の胸に手を当てた。


「『心』は、魔術師の魔力そのものを凝縮させたものなんだ。メイベルは見たことが無いと思うけど、押し固められた魔力は、宝石のような綺麗な結晶になる。そしておれたちが傍にいなくても、ずっと魔法を紡ぎ続けるんだよ」

「魔法って一体どんな……?」

「ええと、一番多いのは『あらゆる危機から守りたい』とかかなあ……。もちろん不死とか自然の摂理に反するものは無理だけど、幸運を与えたいとか、病に打ち勝つ体を、とか……大体は贈りたい相手の幸せを願うものがほとんどだね」

「すごい……でも優しい魔法なのね」

「うん。でも生み出すのに、すごい量の魔力を使うんだ。魔術師にとって魔力と寿命は同じものだから、『心』を作るとおれたちの寿命はものすごく縮まってしまう。だから『心』は一生のうちに、一つしか作ることが出来ない」


 それでも十分すぎるほど長いんだけど、とムタビリスは寂しそうに笑う。


「魔術師にとって、『心』は誓い――祈り、ともいうのかも知れない。大抵は、命をかけてでも守りたいものが出来た時に作るものだからね」

「それをムタビリスの先生は、母に贈ってくれたのね……」


 ムタビリスの先生は、本当に最後まで迷っていたのだろう。だが母の傍を離れることを決意し、代わりに魔法を贈って姿を消した。

 自分が居なくなってもなお、彼女のことを守り続ける祈り。

 そんな貴重な物を自身の母が持っていた、ということにメイベルは改めて息を吞む。同時にはたと疑問が生じた。


「お母さまが亡くなった時に、その魔法は無くなってしまわなかったの?」


 母を守るためにかけられた魔法なら、彼女が亡くなった時点で効力が失われているはずだ。しかし娘たちに移行した『心』の欠片は、その魔力を宿したままである。

 姉たちが持つ、男以上に強い力や、人心を操る美貌などがその証拠だ。もちろんメイベルには、魔法に打ち勝つ強い心として生きている。


 その問いにムタビリスがう、と眉を寄せた。


「そ、それが……『メルヴェイユーズの心』はちょっと珍しいというか……その、どうやらまだ魔法が残っているみたいなんだ」

「残っている?」

「うん。基本的にはメイベルの言う通り、所持者が亡くなると意味をなさない魔法がほとんどだから、一緒に消えてしまう。でも『メルヴェイユーズの心』は、何故か魔力を維持したまま、メイベルたちに引き継がれてしまったんだ……」

「じゃあまだ、先生のかけた魔法は生きているのね」

「おそらくね。多分メイベルのお母さんが、娘たちを守ってほしいと、望んだ結果だと思う。……ただおれはそれを感知できずに、対象のいない魔法――『心』が放置されていると思い込んでしまって……。回収しないと、と焦っていたんだ」

「その途中で、ウィスキに捕らえられた、と」

「うん。真実が分かってからようやく、メイベルたちに残る『心』の欠片を確認したよ。魔法が残っているのは気になるけれど、一つずつは小さな魔力だし、安定しているから心配はないと思う」


 その経緯を聞きながら、メイベルは自身の胸に手を当てた。そんな思いが詰まった魔法を受け取ったのね、と改めてその存在を確認する。


「その魔法って、一体どんな魔法なのかしら」

「ごめんね、それは分からないんだ。……先生は、亡くなってしまったから」


 突然の告白に、メイベルは言葉を失った。


「――ごめんなさい、私、なんて失礼なことを」

「いいんだ。先生は、もうほとんど魔力が無かった。『心』を作ったのも覚悟してのことだったと思う」


 気にしないで、と微笑むムタビリスだったが、メイベルは申し訳ないとばかりに睫毛を伏せた。するとムタビリスがメイベルを見つめながら、静かに問いかける。



「……メイベルは、どう思う?」

「え?」

「先生は、どんな魔法を贈ったんだろう。おれは誰かを好きになったことがないから……先生がどんな気持ちで『心』を作ったのか、想像がつかないんだ」



 

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