第二章 3
どきり、とメイベルの心臓が跳ね上がった。
一瞬の動揺を見逃さなかったのか、アマネは更に言葉を続ける。
「どうしてこんなところにいる? 何故あいつの城にいない」
「それは、その……」
「お前が泣いたことに、関係があるのか?」
メイベルは慌てて顔を伏せた。
目立たないと思っていたのに、アマネには見抜かれてしまったようだ。
下手に誤魔化してもまた見破られてしまうかもしれない、と考えたメイベルは短く息を吐きだすと、頭を上げ、ぎこちなく口角を上げた。
「……婚約をなかったことに、と提案されました」
「! 何故だ⁉」
「私が……無神経なことを言ってしまったから」
「……?」
「私がいなくなったら、他に好きな子を探してって、わざと言ってしまったんです……私、本当はそんなの、嫌だったのに……」
書記長に言われた言葉を、メイベルはずっと考えていた。
ユージーンに幸せでいてほしい。
メイベルがいなくなってからも、ずっと笑っていてほしい。そのためなら、メイベル以外に大切な人を作ることも仕方がないと、必死で自分を納得させた。
好きだからこそ、ユージーンには本当に幸せになってほしい。
そのために必要なら――私は隣にいなくてもいい。
そう思うことが正しい愛で、優しさだと信じていた。
――でも本当は、私だけを好きでいてほしい。
メイベルが亡くなった後も、他に好きな人なんて見つけてほしくない。
「ユージーンさんが私以外の誰かに笑いかけるのも、優しくするのも、……嫌なんです……」
初めて恋をしたメイベルは、独占欲というものを知らなかった。
恋愛はキラキラとした、とても美しいものと思い込んでいた。でも実際は、こんなに醜い気持ちも生み出してしまうものだと気付いてしまったのだ。
それは戸惑いと罪悪感をメイベルの中に生み出した。
「ひどいですよね、私……好きな人の幸せを、願えないなんて……」
好きな人が幸せでいてくれること。それが一番だとは理解している。
でも今の自分は、その優しい気持ちすら持つことが出来ない。
なんて自分勝手で、わがままなのだろう。
「だから……ユージーンさんは、あんなに、怒ったのか、なあ……」
ずっと心の中に溜め込んでいた澱が、涙と共にぼろぼろと吐き出されていく。
メイベルが言い終えるまで静観していたアマネは、はあと呆れたような息を吐き出すと、じとりとした半眼でメイベルを睨みつけた。
「――なんだ。そんなことか」
「そ、そんなことって……」
「てっきり、あの男に愛想を尽かしたかと思ったんだが」
そう言うとアマネは、俯いて泣くメイベルの額に人差し指を当てた。
そのままぐいと強く押され、メイベルはのけ反るように上向かされる。零れていた涙は驚きで引っ込み、メイベルはその大きな目をしばたたかせた。
「そんなもの、何も悪いことではない。誰しもが思うことだ」
「……?」
「自分だけを好きでいてもらいたい。そう望んで何が悪い? 少なくともオレは、オレ以外の男に惚れることを許さんぞ」
気がつけば、時刻は夕方になっていた。
水平線に沈む夕日が、海面と港を鮮やかに照らし出す。その光を背に受けながら、アマネはいつものように白い歯を見せた。銀の髪が橙に染まり、同じ色彩の瞳がゆっくりと眇められる。
「――お前は綺麗だな」
「……え?」
「出会った時は、なんと普通の女かと思っていた。姉の方がまだ華がある」
確かにそうね、とメイベルは苦笑する。
するとアマネはふと優しい笑みを浮かべて、眩しいものでも見るかのようにメイベルを眺めた。
「だがお前の心は、誰よりも美しい――目利きが出来なかったのは、オレの方だったようだ」
そう言うとアマネは、メイベルの手を取った。
強く握りこまれたそれを前に、メイベルは驚いたようにアマネを見上げる。
「メイベル、オレと共に行かないか」
「……!」
「お前は欲がなさすぎる。何かを望んだと思えば、小さな子どもでも言うような可愛いわがままを、自分には過ぎた願いだと泣いている。……そんなもの、オレならいくらでも叶えてやれるのに」
少し掠れた声で言葉を紡ぐアマネは、祈るようにメイベルに笑いかけた。
「オレを選べ、メイベル。頼むから……オレと来てくれないか」
アマネの表情は真剣で、メイベルは少しだけ言葉に迷った。
だがすぐに首を振る。
「ありがとうございます。……でも私はやっぱり、ユージーンさんの傍にいたいんです……」
アマネが伝えてくれた言葉はどれも、メイベルの耳に優しく響いた。
だがその全ては『ユージーン』でなければ意味がない、ともメイベルは知っている。
「たとえ短い時間しか共に居られなくても、いつか他の人を好きになっても……」
そのまま言葉を飲み込んだメイベルに向けて、アマネは短く「そうか」と零した。
俯くメイベルは、アマネの顔を見ることが出来なかった。








