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第一章 6


 その日の夕食は、芋にひき肉を混ぜて揚げたものにマッシュポテト、芋とベーコンのキッシュにポテトサラダと、端から端まで芋料理だった。


 食事の時も、ユージーンとアマネがともに現れたかと思うと、あれそれと口喧嘩を始めるので、メイベルは静かにしないとご飯抜きです、と説教する羽目になった。

 アマネの食事をどうすべきか少し迷ったが、手伝ってくれたという恩もあるので、そこは普通に食べてもらおうとメイベルは結論付ける。


 料理があまりに多く出来てしまったため、テントで待機しているアマネの従者たちにも差し入れをしたところ、ありがとうございますという丁寧な感謝をいただいてしまい、メイベルは複雑な気持ちで一階にある応接室へ戻った。




(つ、疲れた……)


 ソファに埋もれるように座りこんだメイベルだったが、よしと気合を入れなおすと体を起こす。

 裁縫箱と縫いかけのハンカチを手に、ちくちくと針を進めていると、再びアマネがひょっこりと様子を伺いに来た。


「メイベル、今度は何をしているんだ?」

「ええと、今度の花の祭典(シャン・ド・フルール)に出すハンカチの刺繍を……」


 言い終えるよりも先に、アマネはメイベルの隣に着座した。ふうん、と口の端を上げると、枠組みされた新品のハンカチを手に、机上の裁縫箱を覗き見ている。


「借りるぞ」

「え、あ、はい!」


 小さな針を手に取り、赤い刺繍糸を器用に繰っていくアマネの姿に、メイベルは少しだけ驚いていた。

 だが初めて握ったような危なげさはなく、すいすいと花の模様を生地に施していく。


 呆気にとられるメイベルをよそに、しばらく刺繍を続けていたアマネだったが、やがて穏やかに口を開いた。


「……花の祭典というのは、どんな祭りなんだ?」

「ええと……春の訪れを祝うんです。寒い冬が終わって、暖かい季節が来たよって」


 一年に一度、この季節に行われる花の祭典。


 他国からも多くの観光客が訪れ、通りにはずらりと屋台が並ぶ。広場では大道芸人が曲芸を披露したり、お酒や御馳走もふんだんにふるまわれたりと、イクスの街が活気づく一日だ。

 メイベルが作っているのも、お祭りの日にバザーで売るための商品である。


「お祭りの朝に、紙で出来たお花を街中にばらまくんです。それを髪や胸に挿して歩くので『花の祭典』と呼ばれています」

「ほう、面白いな。しかし何故造花なんだ? 本物の花ですればいいだろうに」

「せ、生花は高いですから……」


 苦笑するメイベルに対し、アマネは本気で疑問視しているのか、しきりに首をかしげていた。

 そんな話の間も二人の手は止まることがない。


 最初は刺繍なんて出来るのだろうか、と戸惑いの目で見ていたメイベルだったが、なかなかどうしてアマネはきちんと完成させていた。


「アマネさん、器用なんですね。なんだか意外でした」

「このオレに出来んことなどない」


 相変わらず尊大な態度のアマネだったが、ふと口元を緩めると「昔はよくしていたからな」と続ける。


「……王子とはいえ、しょせんは八番目だ。継承権のない幼い頃など、そこらの庶民と変わりない。使用人も付けてもらえず、自分で衣服を繕ったこともあったぞ」

「そ、それはなんだかすごいですね……」

「お前も大して変わらないんじゃないのか?」


 え、とメイベルは目を丸くした。


「料理に洗濯、掃除……オレの知る姫君たちとは随分と違うようだが」

「あ、そ、そうですね……」


 えへへ、とメイベルは照れたように笑う。


「私はずっと、姉たちに比べて何のとりえもないと言われてきました。だから、少しでも役に立ちたくて、自然とこういう仕事をするようになったんです」

「比べられて、不満には思わなかったのか?」

「昔はもちろん嫌でした。でも姉たちは優しいし、私もみんなが大好きなので」


 それに今のメイベルは、自分自身にも魔法があると知っている。美しい顔でも強い力でもないが、ユージーンとともに居るためには、何より必要なものだ。


 そう言って微笑むメイベルを、アマネは静かに見つめていた。やがてぼそりと「お前は強いな」と口にする。


「オレは未だに、兄たちが怖いよ」

「お兄さん、ですか?」

「ああ。オレなんかより、数段上の化け物のような人たちだ。正直、あの人たちが出てきたら、オレは何一つ抵抗出来ない」


 そんなに怖いっていったい……と息を吞むメイベルをよそに、刺繍を終えたアマネがほいとハンカチを手渡してきた。白い生地に、大輪の赤い花が堂々と咲き誇っている。

 初めて見る刺繍だ、キィサ独自の模様だろうか。


「あ、ありがとうございます……」

「服も宝石もいらんというのに、これなら受け取るんだな」

「そ、それは、……せっかく作ってくださったので……」


 くす、とアマネが破顔する。

 その表情は今まで見せたどれよりも優しくて――もしかしたら彼は元々、ごく素朴な性格をしているのかもしれない、とメイベルは臆見した。


 そんなメイベルの隣で、アマネは言葉を続ける。



「――なあメイベル。オレたちは互いに理解できる気がしないか?」

「な、何がですか?」

「オレたちは似ている。優秀な上がいて、それでも自分がすべきことをこなして、ここまで来た」


 美しい橙色の瞳に見つめられ、メイベルは思わず目を背けるように顔を伏せた。少し距離を置こうと離れると、アマネも同じように幅を詰めてくる。


「金も宝石も断るのに、こんな素人の刺繍は嬉しそうに受け取る……その態度も実に好ましい。国の命だからと思っていたが、気が変わった。――オレは純粋にお前に興味が出てきたぞ」

「出なくていいです! ほんとに!」

「八番目とは言え王族だ。不自由はさせんぞ」

「話聞いてくれます⁉」


 思わず叫んだメイベルを無視して、アマネははっはと口を開けて笑った。

 本気なのか、からかっているのか……と眉を寄せるメイベルに向けて、アマネは目を眇める。



「それに――オレは人間だ」

「……?」

「少し調べたが……魔術師というのは、随分と長命なんだろう?」


 途端に場の空気が変わった。

 メイベルが口をつぐんでいると、アマネが穏やかな口調で語り続ける。


「百か二百かそれ以上か……いずれにせよ、お前が年をとっても、あいつはあの姿のまま変わらないわけだ」

「それは……」

「老いていくお前に愛想を尽かして、他の女を愛するかもしれない。それに耐えられるのか?」


 アマネの言葉に、メイベルは何も言い返すことが出来なかった。

 何故ならメイベル自身も、ずっと気になっていたことだったからだ。


(私がおばあちゃんになっても、ユージーンさんはきっと今のまま……その時も、今みたいに好きだと思ってもらえるかはわからない……)


 それでも。

 それでもユージーンなら、という気持ちをメイベルは信じたかった。


「……正直、自信はありません。でも私は、ユージーンさんが好きだから……分からない未来に怯えて、今を捨てる気持ちにはなれないんです」

「……そうか」


 また振られたか、と微苦笑しながら、アマネはようやくソファから立ち上がった。

 ほっと安堵するメイベルの方を振り返ると、きらりと白い歯をのぞかせる。


「今日のところは諦めよう。だがまた口説きに来るからな」

「だから、いらないですって!」


 満面朱を注ぐメイベルに向かって、アマネはひらひらと手を振りながら部屋を後にした。

 一人残されたメイベルは、アマネが作り上げたハンカチを両手で握りしめながら、ぐぬぬと複雑な顔つきを浮かべていたが、やがて静かに視線を落とす。


 彼の華やかな性格を映し出したかのような、派手な刺繍。だが一針一針とても丁寧に縫われており、裁縫に覚えがあるという言葉に偽りはないようだった。


(……悪い人ではないと、わかるけれど……)

 

 絢爛に振る舞うアマネの姿しか知らなかったメイベルは、その質朴なハンカチに少しだけ親近感を抱いていた。

 







「……」


 ユージーンは一人、沈黙していた。


 夜、アマネがメイベルに変なことをしていないか不安になり、一階へ降りてきたところで、応接室にいる二人を発見したのだ。

 あいつまた、と苛立ちながら足先を向けたのだが、二人の会話を聞いたユージーンは、しばらくその場から動くことが出来なくなってしまった。


 アマネが応接室から出てきた後、ユージーンは逃げるように階段を駆け上る。


(――魔術師というのは、随分と長命なんだろう?)


 アマネの言葉を振り払うように、ユージーンは長い廊下を急くように歩く。


 ようやくたどり着いた自室の扉を締め切ると、一直線に机に向かい、閉じていた分厚い本を乱暴に開いた。ぱら、と紙のめくれる音がし、ユージーンはページを次々と繰る。だが求めているものは一向にあらわれず、思わず唇を噛みしめた。


(……違う、これには無かった……他の……)


 慌ただしく本を閉じ、隙間なく並べられた巨大な本棚の前に立ち尽くす。

 だがユージーンは、自身の求めている答えが、どこにもないと分かっていた。


(僕は、どうしたらいい……)

 

 仮面ごと、手のひらで顔を覆う。

 棺の新月でもないのに、逃げられない暗闇に捕らわれているかのようだった。



 

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