第一章 5
あれだけ言えばアマネも諦めるはず、と安心していた翌朝。
洗濯物を干そうと外に出て来たメイベルは頭を抱えた。
「なんでまだいるんですか……」
「オレは諦めが悪いからな!」
輝く緑の芝生。
その一角に豪壮な造りのテントが張られていた。
仮住まいを目的とした簡素なものではなく、立派な支柱に防水加工を施した特殊な厚布がかけられている。入り口や別棟のようなものまであり、キィサの技術力にメイベルは改めて感心した。
その主であるアマネは、変わらずはっはと明るく笑っている。
「どうやらお前は、物や金で動く女ではないらしい。であれば、オレの良さを直に知ってもらうしかないと思ってな」
「直に、って……」
「簡単に言うと、共に暮らすということだ」
メイベルは頭痛がしてきた。
物量作戦を諦めてくれたはいいが、今度は共同生活。さすがにこの城の持ち主がユージーンであるとは理解しているため、庭に野宿という形をとっているのだろう。
どう伝えたら帰ってもらえるのか、とメイベルが苦慮していると、アマネの笑い声を聞きつけたユージーンが、空からばさりと降りて来た。
仮面で隠されてはいるが、その表情はおそらく過去最高レベルの苛立ちで構成されているのだろう。
「僕の城に、変なものを作るな」
「これだけ広い土地があって、何を細かいことを言っている? ……ああ、心が狭いのか」
あちゃーとメイベルが目を閉じる一方で、ユージーンは無言のまま、長い腕をアマネに向ける。
また飛ばされる、とメイベルは慌てて止めようとするが、不思議なことにアマネは吹き飛ぶどころか、平然と朗笑を浮かべていた。
「残念だったな。魔道具? というらしいが」
アマネが服の中から引っ張り出したのは、大きな金属の装飾がついたネックレスだった。
魔道具、という単語にメイベルはトラヴィスが持っていた武器を思い出す。
特殊な鉱石に、魔術師が自身の力を込めたものを『魔道具』という。
魔術師でなくとも魔法に似た力を利用出来るという優れものなのだが、いかんせん数が非常に少なく、イクスでも非常に貴重な品物だ。
ユージーンの魔法対策に、アマネも手を打って来たのだろう。
「あのテントにも同じものを取り付けてある。諦めろ」
にやりと口角を上げて勝ち誇るアマネを見て、ユージーンはふつふつと怒りを募らせているようだった。不安になったメイベルがちらと視線を向けると、地の底を這うような声で、ユージーンが苦々しく呟く。
「あの程度の魔道具、手加減なしなら余裕だが……やっていいか?」
「……さすがにやめてください……」
ユージーンの短い舌打ちが聞こえた。
その日から、三人の奇妙な同居生活が始まった。
「メイベル、何か手伝うことはあるか?」
夕方、厨房で芋の皮むきをしていたメイベルのもとに、アマネが顔をのぞかせた。
自分を知ってもらうという言葉通り、アマネは実にかいがいしくメイベルの周りについて回った。窓磨きをしていれば隣に座って手伝ったり、洗濯物を干していればロープを引っ張ったりと、意外と器用にこなしている。
「アマネさん、あの本当に、何もしなくていいですから……」
「まあそういうな。オレがどれほど頼りがいのある男かを見せたいだけだ」
相変わらず闊達な笑いを浮かべると、アマネはどかりとメイベルの隣の椅子に座り込んだ。これを剥けばいいのかと芋を掴むと、小刀を片手にするすると皮をむいていく。
すごい、とメイベルは思わず瞬いた。するとタイミングが良いのか悪いのか、ユージーンも厨房に姿を現した。アマネを発見した途端、ユージーンは不快そうに顔をしかめる。
「……なんでこいつがここにいる」
「見ての通り夕飯の手伝いだが? メイベル一人にさせるのは可哀そうだからな」
ふふんと得意げに答えるアマネに、メイベルはだらだらと嫌な汗を流す。
だが意外なことにユージーンは嫌味を吐くでもなく、口を真一文字に引き結んだまま、しばらく何かを考えているようだった。
やがてメイベルを挟むように、アマネの反対側の椅子に座り込む。
「ユ、ユージーンさん……?」
「悪い、刃物を貸してくれ」
恐る恐るメイベルが予備の包丁を渡すと、ユージーンはたどたどしい手つきで芋の皮むきを始めた。
世にも珍しいその光景に、メイベルはしばし自分の目が信じられなかったが、どうやらユージーンなりに思うところがあったのだろう。
不器用ながらも寄り添おうとしてくれるその姿に、メイベルは思わず笑みを零した。
――そこまでは、よかったのだが。
「おいなんだそれは、身が残っていないじゃないか」
「うるさい。芽は毒なんだ、ちゃんと削って何が悪い」
メイベルの左右で、二人がぎゃいぎゃいと騒いでいる。見ればユージーンの手には、原形がほぼ無くなった芋の欠片が握られていた。
「それじゃ食べるところがないだろう。見ろオレの完璧な仕上がりを」
「……」
ユージーンはしばらくアマネの持つ芋を見つめていたが、はあと息を零すと、手にしていた芋と包丁を調理台へと置いた。あれ、とメイベルが手を止める間もなく、ユージーンが何事か口にする。
すると、かごに押し込められていた芋たちが、一斉に宙に浮かび上がった。
「えっ⁉」
驚くメイベルの目の前で、するすると芋の皮がそがれたかと思うと、あっという間に白い中身があらわになった。まるで薄い風の刃がすり抜けているかのような鮮やかさで、剥き終えたものから、空のかごにどかどかと積み重なっていく。
「魔法を使うのはずるいぞ!」
「僕の力だ。どう使おうと自由だろ」
「ふっ……そういうことなら、オレにも考えがある」
いうが早いか、立ち上がったアマネは「おい!」と厨房の外に向けて声を上げた。すると数刻の間もなく、テントに控えていた彼の従者たちが一斉に駆け込んでくる。
「ここにある芋をすべて剥け。後れを取るな!」
はっ、と揃った号令を合図に、何人もの成人男性が廊下に並び、一心不乱に芋の皮むきを始めた。
次々と芋の身が台の上に積み上げられていき、その速度に焦ったのか、ユージーンはさらに厨房の奥に置かれていた予備の芋を浮かせようと――
「二人ともやめてください!」
たまらずメイベルが立ち上がった。
必死な声色に、思わずユージーンとアマネは手を止める。
「一体どれだけ剥くつもりなんですか! そんなに食べられません!」
あ、とようやく察した二人に向けて、メイベルは「起立!」と叫んだ。
思わず立ち上がったユージーンとアマネの背中を押して、そのまま厨房から追い出すと、普段開いたままにしている扉を、しっかりと両手で締め切る。
鍵をかけた扉を背にしながら、メイベルは築かれた芋の山に眉を寄せた。
「どうしよう……この量……」
はあ、とため息を零すと、ようやくメイベルは夕飯づくりに取り掛かった。








