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第一章 4


 コンコン、と壁を叩く音がした。


 机に向かっていたユージーンが振り返ると、簡素なワンピースにカーディガン姿のメイベルが、おずおずと顔を覗かせる。


「ユージーンさん、ごめんなさい。今大丈夫ですか?」

「ああ」


 許諾を受けて、嬉しそうにメイベルは部屋の中に足を進めた。するとユージーンは何かを隠すように急いで机上の本を閉じる。

 その慌て方が少し気になって、メイベルはソファに腰かけながら問いかけた。


「お勉強ですか?」

「まあ、その、……少し調べものだ」


 キイと椅子を回転させ、ユージーンがメイベルに向き合う。卓上灯に照らされているのだろう、ユージーンの金色の瞳は淡いオレンジに色づいていた。

 自室だからか仮面は外しており、その素顔は相変わらず絶世の美しさだ。

 メイベルは顔が熱くなるのを感じながら、静かに口を開いた。


「今日、アマネさんと話をしました」

「そうか」

「ユージーンさんと会えて……私は、本当に運がよかったんですね」


 王族は国のために。


 分かっていたつもりだったのに、メイベルもまた自分の婚約一つに翻弄されていた。

 ユージーンと出会えたから良かったものの、アマネ――キィサの王族が持つ覚悟と比べると、とても生易しいものだったと思い知らされる。


 すっかり落ち込んでしまったメイベルを、ユージーンはしばらく見つめていた。

 だが静かに立ち上がると、メイベルの隣にぎしりと腰を下ろす。



「幸運だけじゃない。お前が頑張ったからだ」

「そう、でしょうか……」

「お前でなければ、僕は好きにならなかった。自信を持て」


 ユージーンの腕が、メイベルの腰に回される。密着する体を意識していまい、メイベルは誤魔化すように「そういえば」と話を切り出した。


「あの、もうすぐ、花の祭典というのがありまして」

「花の祭典?」

「良かったら、ユージーンさんと行きたいなあ、なんて……」


 そろそろと窺うメイベルを、ユージーンはしばらく見つめていたが、やがてはあとため息を落とした。



「悪いが遠慮しておく」

「どうしても、ですか?」

「……僕が出て行ったら騒ぎになるだろ」


 仮面を着けていれば、ユージーンの魅了の魔法が被害を出すことはない。だが一見して魔術師と分かるその風貌は、たしかに目立ってしまうだろう。


「やっぱりそう、ですかね……」

「……」


 しゅんとなるメイベルに申し訳なく思ったのか、ユージーンは抱き寄せる腕に力を込めた。やがて一方の手をメイベルの頬に添えると、ぐいと引き寄せて唇を重ねる。

 しばらく固まっていたメイベルだったが、ん、と短い声をあげたところで、ようやく口づけから解放された。


「息を止めるな。苦しいだろ?」

「だ、だって」


 もう一度、とユージーンは力を込める。

 だが腕の中にいたメイベルの顔が真っ赤になっていることに気づき、ユージーンは思わずふは、と噴き出した。メイベルはからかわれている、とぷいと顔をそむける。


「悪かった。もうしない」

「どうせ、慣れてないです!」

「そう拗ねるな。そういえば、宝石はもらわなかったのか?」


 あいつから、と耳元で囁かれ、メイベルはさらに頬を膨らませた。


「もらいません! いただく理由もないですし」

「だろうと思った」


 メイベルはユージーンの腕から逃れようとじたばたするが、がっちりと回されたそれから抜け出すことが出来ない。その仕草がまた面白かったのか、ユージーンは再度メイベルの体を引き寄せた。


「お詫びに僕が用意してやる。何がいい?」

「何が……って」

「ネックレス、イヤリング……僕も詳しくはないが、そこは何とかしてやる」


 ユージーンの提案に、メイベルは一瞬で顔を綻ばせた。


(ユージーンからの、贈り物……!)


 アマネを前にした時は、何一つ輝きすら感じなかった装飾品たちが、ユージーンからだと思うだけで一気に眩しいものへと変わる。派手なものはいらないが、出来ればいつも身に着けていられるような……。


 そこでふと、メイベルは自分が白いドレスに身を包んでいる姿を思い描いた。

 場所は王宮の最奥にある教会、隣に立つのは同じく白い礼装のユージーンだ。


 二人は向かい合い、ユージーンがメイベルの手を取る。手袋を外し、露わになった指に白金の指輪がぴたりと収まった。

 そんな幻を描いていたメイベルは、思わず「指輪……」と口にしてしまう。





「――指輪?」


 だが現実のユージーンの声に、メイベルははっと夢から覚めた。

 婚約中とはいえ、式なんてまだまだ先の話だ。


「な、なんでもありません!」


 途端に恥ずかしくなったメイベルは、身をよじってようやくユージーンの包囲から抜け出した。そのまま逃げるように「おやすみなさい!」と告げて部屋を後にする。

 ユージーンはそれを見て、愛しそうに微笑んだ。



 

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