最後の鉄道橋
橋の中央には白い線が残っていた。列車の整備員が引いたものだという。線路は百年以上前に剥がされ、枕木は祖父たちの代に薪となった。巨大な鉄骨だけが、今も大河の両岸を結んでいる。
東岸にはエルデン領の盾兵三千。西岸にはヴェルク軍が陣を張り、その後方に天幕が果てしなく並んでいた。誰も弓を持たず、槍も知らない。戦列の先頭にあるのは、幾世代も修理されてきた盾と剣だけだった。
守備隊長エドランは、霧から歩いてきた男を白線の前で迎えた。西岸の伝令はハルヴァンと名乗り、兜を脱いで言った。
「通行を求める。兵七千、民およそ二万。食料は十二日分だ」
エドランの背後には、東岸十二万人の冬を支える穀物倉があった。今年の収穫は平年に届いていない。二万の口を増やせば、春に蒔く種まで食べかねなかった。
「三日待ってくれ。村々に聞く」
「軍の門なのに、村に聞くのか」
「この先で食わせるのは村だからな」
ハルヴァンは返事を急がせなかった。ただ、病人が増えていることを付け加えた。霧の向こうで誰かが子を呼ぶ声がした。
エドランは橋の古い銘板に目を落とした。第三次世界大戦の終結年とされる数字は腐食で半分消えている。世界が壊れた理由を知る人間も、いまではほとんどいない。
白線の両側には、かつて旅客を案内した黄色い板がところどころ残っている。東岸の若い兵は、その板に数字が書かれている理由を知らなかった。祖父は遠い町まで一日で行けた時代の話をしたが、今の彼には橋を渡る一歩すら命令なしには許されない。
伝令が去っても東岸の盾は上がらなかった。川面を渡る風は冷たく、守るべき倉の窓からは麦を乾かす匂いが流れてきた。




