第21話 渋谷ぱる子 - 匿名希望
――いいんじゃない。応援するよ。
――なんで、あんなこと言ったんだろう……
渋谷ぱる子は、ずっと後悔していた。
あの後、巣鴨 十月とどんな会話をしたのか全く覚えていなかった。
ただ、『いいんじゃない。応援するよ』と言った自分の言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。
『ぱる子さん、そろそろ時間です。スタンバイお願いします』
Discordにチャットのメッセージが入る。青木くんからだ。いつもより丁寧すぎて冷たく感じる。
――しかも、今日はアリス社長がやるって聞いてたって。私って知った途端に焦ってるし。
ぱる子は、なんとか怒りを抑えた。
――気持ちを切り替えなきゃ
気を取り直して『ぱる子恋愛相談コーナー』のライブ配信開始までのカウントダウンを見つめる。
テーマ曲が流れ始めた。ライブ配信開始だ。
「みんな、いい恋してるかな。『ぱる子恋愛相談コーナー』の時間だよ」
ぱる子は声を張ってコールをする。
「どけどけ 渋谷ぱる子のお通りだい」
「あたいの必殺トリック見せたげる」
軽手の動きだけでポージング。
「今日から、あたし、渋谷ぱる子が復活しました-」
満面の笑みを浮かべてカメラを見つめる。
コメント欄が盛り上がる。
〈ぱる子ちゃんお帰り〉
〈待ってたよ〉
〈ぱる子可愛いー〉
〈ひさしぶりー〉
「みんなー、元気してた-?しばらくお休みしててごめんね」
「あたしさー、これ見て」
右手をカメラに見せる。
アバターの指に包帯が巻かれている。
「スケボーで怪我しちゃって。本当に指が折れちゃって」
「嘘じゃないよ。本当だってば」
慌てたふりをして手を振る。
「でもね、へへーんっ」
ぱる子が包帯をくるくると取って行く。
「じゃーん、治りましたー!」
包帯のない右手を見せる。
「みんなも怪我には気をつけてね。治るまでがほーんとに大変」
「でもね、恋愛の傷はぱる子が治してあげるからねー」
『ぱる子ちゃん、いいわね。その調子よ』
飛鳥部アリス社長からのメッセージが入る。
〈俺の傷を治してくれー〉
〈怪我大丈夫?〉
〈ぱる子無理しないで〉
「みんな、ありがとう」
ニコッと微笑む。
「じゃあ、最初のマシュマロから行きますね」
「ももかちゃん(11歳)からの相談です」
そして、画面を読み上げる。
「私は男の子が嫌いです。ガサツだし、乱暴だし、女の子同士の方が全然楽しいです。男の子との恋愛って必要ですか?」
「そうね」
ぱる子は上を向いて少し考える。
「いらないかもね。確かに、女の子同士の方が楽しいよね」
〈いつもと違う?〉
〈百合……〉
〈ぱる子様、男を見捨てないで〉
そして、コメント欄を一瞥して言った。
「男の人たち、もっと女の子に優しくね」
「じゃあ、次」
咳払い。
「匿名希望 Aさんからです」
「うわぁ、長文ですね。えーと」
「俺には半年付き合った彼女がいました」
一旦切る。
「過去形ですね。どうしたのかなー」
そして、飲み物を飲んで続ける。
「その子の事は、ずっと前から可愛いと思っていたけれど、全く相手にされませんでした。半年以上、名前も覚えて貰えませんでした」
ぱる子は夢中になって続きを読み上げる。
「明るくて無邪気でいつも日焼けしてて、太陽のような眩しい女の子です。その反面、俺は暗くてオタクで家に籠もっていてばかりで、俺には縁のない子だと思ってました」
「でも、とある人がきっかけを作ってくれて、名前も覚えて貰って、LINEまで交換出来たんです。俺は、もうそれで十分だと思ってました。俺よりも相応しい奴がいっぱいいて、きっと、彼氏もいるんだろうなと諦めてました」
「ところが、奇跡が起きたんです。彼女が俺のことを好きだと言ってくれた。信じられなかった。夢かと思いました」
「それから、すっと楽しくて幸せだった。このままずっと続くと思ってた。でも、それをぶち壊したのは、俺でした」
ぱる子の声は、涙声になっていた。
「俺のくだらないプライドや意地のせいで、全部消えてしまった。後悔しかないです。でも、謝ればいいのに、怖くて謝れないんです」
「そんな馬鹿な俺を叱ってくれませんか?そして、勇気をくれませんか?背中を押してくれませんか?」
しばらくの間、微かにぱる子の啜り泣く声だけが響いた。
そして、ぱる子が話し始める。
「あなたは馬鹿よ!大馬鹿者よ!」
「バカ、バカ、バカ、バカ……」
そして、ふふっと笑った。
「叱ったわよ。気が済んだ?」
声を張る。
「じゃあ、勇気を持って、行ってらっしゃい。逃げちゃダメよ」
「きっと、その子は待ってるからね」
そして、ぱる子は画面に向かって一礼した。
「ごめんね。今日はこれでおしまいです」
カメラが切れて画面が暗転した。




