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 弥歌ちゃんへの恋心に気付いてからも、わたしは今までと変わらない態度を繕った。

 わたしは弥歌ちゃんと成花ちゃんと、平穏な高校一年生の時間を過ごした。


 夏が訪れる。

 弥歌ちゃんがスマホで、人間の真っ赤な死体を検索しているのを見つけてしまう。

 三人で行った夏祭りで、弥歌ちゃんが頼んだ真っ赤ないちごシロップのかかったかき氷を、彼女はスプーンでわたしに食べさせる。


 秋が訪れる。

 雑談の中で、弥歌ちゃんは死んだら赤い血の通っていない幽霊になりたいと零す。

 学園祭が開催され、三人で入ったお化け屋敷で偽物の幽霊に怯えきった弥歌ちゃんが、わたしと成花ちゃんを残して走り去って行ってしまう。


 冬が訪れる。

 泣いている弥歌ちゃんから、かつて父だった人との暴力に塗れた赤色の記憶を聞く。

 三人でクリスマスパーティーをして、プレゼント交換で弥歌ちゃんから家族の絆を描いた有名な小説が贈られてくる。


 ……側にいるから、わかった。

 弥歌ちゃんが少しずつ、少しずつ崩壊していく音がする。

 出会った頃と変わらないどこか軽薄な笑顔の奥には、ひび割れた硝子のような心があって、そのひび割れは段々と進行している。


 わたしはただ、側にいてあげることしかできない。

 わたしは弥歌ちゃんに救われたのに、わたしは弥歌ちゃんを救えない。

 どうしたら、弥歌ちゃんが本当の意味で救われるのかがわからない。


(……いつか救ってあげられるのかな、)


 そんなことを考えながら眠りにつく夜が増えた。



 ――世界が嘘に包まれる四月一日が訪れて、わたしたちは高校二年生になった。


 *


 四月四日。

 昼下がり、わたしは自宅の最寄り駅の改札前で、弥歌ちゃんのことを待っていた。


 事の発端は昨日、弥歌ちゃんと成花ちゃんとのグループメッセージで、わたしの町にある大型ショッピングモールの話題になったことだった。一度行ってみたかったから春休みのうちに三人で行かないかと提案する弥歌ちゃんに、成花ちゃんは四日から春休みの最終日である七日まで家族と旅行の用事を入れてしまったから、二人で行ってきなよと言った。そういう経緯で、わたしは弥歌ちゃんと二人きりで過ごすことになった。


 わたしは、遠くのガラスにうっすらと反射している自分の姿を見る。小花柄のベージュのワンピースと、黄色のカーディガン。レースのあしらわれた白い靴下と、茶色のローファーと合わせてみたが、変ではないだろうか……? 折角大好きな人と出掛けるのだから、可愛くないなりに少しでも可愛いと思ってもらいたかった。


 腕時計を確認すると、そろそろ待ち合わせの時間だった。スマホの通知音が鳴って、見れば弥歌ちゃんからの〈ホーム着いた〉〈向かうね〉というメッセージだった。わたしは癖のある髪を手で梳いて、ちょっとでも真っ直ぐにできないかと試みる。


 少しして、弥歌ちゃんが改札を通る姿を目にした。

 ふわりと袖の広がっている白色のブラウスと、少しばかりダメージ加工の施されたデニムパンツ。水色のパンプスにはリボンの飾りが付いている。私服姿の弥歌ちゃんは大人っぽくて、大学生だと言われても納得してしまいそうだった。そしていつも通り、本当に綺麗だった。


 弥歌ちゃんはわたしに気付くと、にっと笑いながら手を振ってくれる。その笑顔にどきどきしているのを悟られないようにしながら、わたしは微笑んで手を振り返した。

 弥歌ちゃんはわたしの目の前で立ち止まると、口を開いた。


「ごめん、のの。待たせちゃった?」

「いや、全然! わたしも着いたの、五分前とかだから」

「そうなんだ、それならよかった。というかのの、いつもに増して可愛いね」

「え」


 わたしは思わず固まってしまう。そんなわたしが面白かったのか、弥歌ちゃんがあははっと笑った。


「ののは相変わらずうぶで可愛い」

「え」


 うぶ。確か、恋愛慣れしていないという意味だった気がする。

 もしかしたら、弥歌ちゃんは今までに恋愛経験があるのだろうか……?

 彼氏が今いないのは、知っている。成花ちゃんが恋バナ好きで、定期的にそういう話題を振ってくるからだ。……でも、中学の頃は? どうだったのだろう?


「どうしたの、俯いちゃって」


 弥歌ちゃんにそう告げられて、わたしは自分が俯いていたことに気が付く。ばっと首を横に振った。


「何でもない。本当に、何でもないから」

「そうなの? なんか怪しいなあ」


 弥歌ちゃんはくすくすと笑って、わたしへと右手を差し出す。


「折角のデートなんだし、手でも繋がない?」


 わたしは目を見開いた。デートだと認識しているのは、自分だけだと勝手に決め付けていた。だから、弥歌ちゃんに……大好きな人にそう告げられて、脳が蕩けて何て言葉を返せばいいのかわからなくなってしまう。


「……のの?」

「あ、うん、ごめん」


 わたしは取り敢えず謝りながら、恐る恐る弥歌ちゃんの手を取った。少し骨張っていて、それでいて柔らかくて……どんどん、脳が蕩けていく。


 わたしたちは歩き出す。

 このままだと、心臓が破裂してしまいそうだ。


 *


 駅を出て一分ほど歩き、ショッピングモールの中へ入った。

 わたしたちはまだ手を繋いでいた。春だというのに、手が汗ばんでしまっている心地がする。弥歌ちゃんを不快にさせていないことを祈った。

 弥歌ちゃんはきょろきょろとショッピングモールの中を見回して、感慨深そうに言う。


「ほんと広いね。これが家の近くにあるなんて羨ましい」

「そうだね、かなり便利だよ。お洋服も、靴も、アクセサリーも、お菓子も、何でもすぐに揃うんだ」

「その三つにお菓子を同列に並べんの面白いね」


 弥歌ちゃんはくすくすと笑う。


「お、面白いかな……!?」

「うん、ののと一緒にいると飽きないよ」


 弥歌ちゃんは流し目で言う。心臓が跳ねる。動揺を悟られないように、微笑った。


「そういえば弥歌ちゃんは、どんなお店が見たいとかある? よければ案内するよ」

「お、助かる。そしたら……帽子とかって見れる? 次の夏に向けて買っときたいかも」

「いいね! そうしたら、エスカレーターを上がって――」


 とんと、右肩が微かにぶつかった。見れば、ぶつかってしまったと思われる人の背中が少しずつ遠ざかっていく。黒色のショートカットヘアで、スラックスを履いていて、男の人か女の人かは後ろ姿ではわからなかった。ふと、地面にハンカチが落ちていることに気付く。もしかして、あの人のもの……? わたしは、思わず立ち止まってしまう。弥歌ちゃんが、怪訝そうな声でわたしへと尋ねた。


「どうしたの、のの」

「あ、ごめん、これあの人の落とし物かもしれなくて……!」

「ああ、なるほど。それなら声を掛けた方がいいね」


 弥歌ちゃんは状況を理解したように頷いて、告げた。わたしは頷き返して、弥歌ちゃんから手を離す。ハンカチを拾うと、遠くなっていく背中を走って追い掛けた。


「すみません、あのっ……!」


 わたしの声に気が付いたようで、振り向いてくれる。

 ……息を呑んだ。まるで海のような、異国情緒を漂わせる青色の瞳が、長い前髪の隙間から覗いていたからだ。正面から見ると、女の人の顔立ちをしているのがわかった。ショートカットヘアがよく似合っていて、弥歌ちゃんとは異なる雰囲気の美人だった。

 女の人は不思議そうに口を開いた。


「何でしょうか……?」

「あの……これ、落としませんでしたか?」


 わたしがハンカチを差し出すと、女の人は青色の目を見張った。それから、安心したように微笑んでくれる。


「ありがとうございます、私のものです。大変助かりました」

「ああ、いえ、気にしないでください!」


 女の人は、わたしからハンカチを受け取ってくれる。

 ぽんと肩に手を置かれた。遅れて追い付いた弥歌ちゃんが、にっと笑っている。


「持ち主で合っていたんだ。よかったじゃん、のの」

「うん、よかった」


 わたしは弥歌ちゃんへと笑顔を返して、それから再び女の人の方を見た。



 ――女の人は、表情をなくしながら弥歌ちゃんを見つめていた。



(……え)


 温かな海のような微笑みから一転して、それはまるで暗い深海のような印象を受けて。

 どうしてこの人がそんな顔をしているのか、わたしにはわからなかった。

 弥歌ちゃんも視線に気が付いたようで、訝しげに目を細めた。


 女の人の顔に、微笑みが戻ってくる。どこか貼り付けたようだったけれど。


「……それでは改めて、ありがとうございました」


 女の人はわたしたちに頭を下げて、ショッピングモールの入り口の方へと歩いていく。


 わたしは弥歌ちゃんの方を見た。弥歌ちゃんはもうあの人のことはどうでもよくなったみたいで、「早く帽子見に行こ」と言って笑った。

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