番犬アンドレ
アユタヤから帰ると、
ヤンからの伝言に
すぐに商館に顔を出すよう言われる。
「なんだ? ……珍しいな……」
私は最近、アユタヤとパタニを往復して、明からの交易品を調達していた。
当時のこの港を満たしているのは、
単なる喧騒ではない。
それは、世界中から流れ込む富が激しく混ざり合い、
次なる時代の形を造り上げる混沌の象徴でもあった。
熱帯の湿気を含んだ濃厚な熱気が立ち昇り、
交渉に励む商人たちの肌には、
ねっとりとした脂汗が光る。
ここでは一秒ごとに、
どこかの国の国家予算に匹敵する金品が、
行き交う富の源泉なのだ。
そして人間が動けば、新しい出会いや物語が生まれる。
特にシモンの知り合いで、
アユタヤで鹿皮や鮫皮を扱う若い駆け出し商人。
ナガマサとも仲良くなった。
彼は日本一の山の麓からやってきたらしい。
それにしても日本人というのは、
仁義や友情を重んじる奴が多くて、
ほんとに好感が持てる民族だ。
彼らと酒を酌み交わすたびに、
日本への想いがどんどん熱くなっていくのを感じている。
商館の3階に上がると、政務室は大騒ぎだった。
「ヤン総督! 今月だけで加盟商船3隻が沈められ、2隻も拿捕されています!
一刻も早くマラッカ海峡を開放してください!」
使者はヤコブ配下の文官......
ヤンは困っているとき特有の顔をしている。
イケメンのくせに、こんなときだけ似合わない表情になるのが可愛い。
だが私をを見ると、ホッとしたように笑った。
「おう、帰ったか! 聞いての通りだ。本国がマラッカの海上封鎖解除を命じてきた」
使者が期待に満ちた目でこちらを見てくる 。
だが、私の知ったこっちゃない。
「おい!ヤン? ご主人様がいなくなった番犬なんかを刺激しないで、
同盟を結んでるアチェの南方から回ればいいだろ?」
ヤンはやれやれといった素振りで言う。
「それ、さっき使者様に言った」
私は負けない。
「どの道パタニには俺の軽ガレオン2隻と、
戦闘経験ゼロのお坊ちゃま船長達と、
戦闘力の無い、
運搬特化型の新鋭船が5隻だけだろ!
無茶言うなよ w」
ヤンは深いため息をつき言う。
「それも言った w」
すると使者の顔がみるみる曇り、
今にもヤンに掴みかかりそうな雰囲気になった w
ヤンは左手をかざして使者に静止を促し、
困った時のハの字にした眉と情けない顔で、
こちらを見てくるwww
「そうなんだけど、加盟商船が急増してて、
ビルマ経由組が番犬アンドレに喰われまくってるんだよ」
私はこの顔に弱いw
頷きながらヤンに合わせてあげる。
「翡翠か……」
当然、アンドレの蛮行に、
本国は激怒。
後続の商船隊が到着するまで、
私の軽ガレオンも投入して、
海峡を開放しろ!という命令らしい。
ヤンは苦笑いしながら小声で言った。
「俺はパタニ王宮と日本人コミュニティーの恩恵を盾に、
さっさとアユタヤ進出に専念したいんだけどな……」
アンドレ・メンドーサ——
女帝クマラと二度も引き分けた、最後の猛将。
もはや本国がないにもかかわらず、
マラッカ海峡を孤立しながらも死守し続ける、獰猛な番犬。
身長は2メートル近い片目の大男で、
敵を容赦なく切り裂くという……。
……おっと、飲まれてはいけない。
深呼吸して息を吐き、
頬をパンパンと叩く。
「 で? ヤン、やるか?
俺はアンドレだろうがクマラだろうが、
構わねぇぜ? 」
ヤンは懐かしそうな顔をしながら、
私を見てニヤリと笑った。
「 おいおい! 強さを誇るなよ!
生き残ってこそ真の強さなんだからな? www」
「 ヤコブかよ www」




