第2話 東南アジアへ
当時は戦時中にも関わらず、
私の国は、異様な熱に包まれていた。
それは世界最強と謳われた無敵艦隊が、
我々と同じくらいの隣国に大敗。
その衝撃が、我々国民の肌を粟立たせ、
絶望を未来への野心へと駆り立てていった、
時期だったからだと思う。
ただその街を覆尽くす、
むせ返える様な熱狂の臭いが、
目に見えない希望と言う名の渦となって、
空へ昇っていくのが分かった。
ちなみに《 ヤン 》は、3年前に企業の土台を作る
ため、
すでに、【バンテン 】へ向かっている。
その頃、国中の船舶は、
我々の所属する国策企業の認証を得ない限り、
香辛料貿易に従事できなくなっていた。
「 よし! まずはバンテンへ!
その次は【パタニ 】、【アユタヤ】、
そして【ジパング】だ!
みんな、頼んだぞ!」
2隻の軽ガレオンは、
生き残った仲間の一人で、
見習い船員時代から一緒だった《 メイ 》が、
設計した最新鋭艦。
奴は、今や企業の技師にまで出世し、
小僧の頃に『 世界を変える船を作る!』と、
意気込んでいた夢を叶えている。
私は19歳。
戦闘経験も積み、ベテランと呼ばれる域に達していた。
それでも出航前の訓練で、
《 ヤコブ 》はお偉いさんになったくせに、
通りすがりに私を見かけると寄って来る。
そして、相変わらずあの頃と同じセリフを吐く。
「 お前、また余計な想像してるだろ? w
強さを誇るなよ!
生き残ってこそ真の強さなんだからな?」
私はまたかよ!と言う顔をしながら言う。
「 ……わかってるよ w」
―――嘘だ。
本当は戦いが待ち遠しくてたまらない。
口元が自然と緩む。
この波の音を聞くたび、胸が熱くなり、ゾクゾクする。
また始まるんだ!
死ぬか生きるかの、
仲間との一体感を味わう、
最高に熱い日々が......
今回の航海は、
本国に残った仲間たちが提案してくれた、
疫病対策の実験航海も兼ねている。
こまめな寄港と新鮮な食料のおかげで、
アフリカ東海岸での敵船との小競り合い以外、
死者はほぼ出さずにバンテンに着く。
ヤンは、相変わらずイケメンで交渉上手......
それに加えて、得意技の愛想も抜群に光っているw
現地の族長たちに、すっかり気に入られている
ようだった。
亡き《 ゴート 》も、この要領の良さがあれば、
今頃は国で一番の成功者になっていただろうに―――
【 中立港バンテン 】赤道直下の島。
大気に溶け出したスパイスの豊かな香りと、
人々の汗の匂いが、
欲望となり渦巻き、
熱気となって港全体を支配している場所だ。
ここでは、表立った戦闘は禁止されている。
だからこそ香辛料が集まり、
東南アジア最大の交易港になるポテンシャルが
あるとヤンは、熱く語っていた 。
他国の口出しや妨害、
突然の襲撃も他の港に比べて少ない。
ただし......油断はできない―――
―――この海域には、
ゴートを殺したあの女海賊がいる......
《 絶対女帝クマラ 》
今や4000人の女だけで構成された大海賊団……。
絶対に仇は取りたい。
でも、ヤンにそれを言うと、
「気持ちはわかる......だがよ?
軽ガレオン2隻と200人でどうしろってん だ?」と嗜められる。
それでも私は引き下がらない。
すると、ヤンは気まずそうな面持ちで話しだす。
「 我々の企業は、既にその仇と同盟を結んでいるんだよ......」
私はハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚える。
そして膝を崩し、ひっくり返った......
師弟関係も仁義もへったくれもない!
ビジネスライクな軽薄な決定に、
苛立ちを覚える。
ヤンもさすがにこれには異議を申し立てたらしい。
しかし、「 すべては会社の利益を優先する」
という、
資本主義の悪い見本のような結論が、
出されたとの事。
私はこの不条理な現実を、
葛藤を抱えたまま、
長い時間をかけ、消化していくことになる―――
私はしばらくバンテンでヤンの補佐をした後、
彼と商館関係者を連れてパタニに入港する。
やはりこの地は、どこも祖国のイメージと、
ぜんぜん違う。
―――祖国......それは、農奴だったのもある......
霧が立ちこめる、少し陰鬱なイメージを持つ
雰囲気の国―――
しかし、ここは違う。
南国の木々が生え、
ギラギラとした灼熱の太陽が輝く。
ふと海を見れば、穏やかな優しい風が吹き抜ける
この風景が心地よい......
そして、ヤシの甘い芳醇な果実の香りが 、
満ちて漂うこの海域に、
深い安堵を覚え始めている。
当時の東南アジアは、我々にとって、
蛮族の住む地と言う感覚があった。
しかし、その傲慢な考えが、
絶対女帝クマラの様な、
ある意味、義勇の心を持ち合わせる海賊団を、
生み出している。
そんなことに、気付き始めた頃でもあった。
ヤンと使節団が、【パタニ王朝】との交渉を続ける。
さらなる防衛策として、奴はこちらを見て
言う。
「 おい!【マラッカ】 牽制のために、
『日本人コミュニティ』とも、
友好を結んできてくれ!」
私は交渉事なんて好きでは無い。
そっぽを向くも、ヤンはやれと譲らない。
半ば強引に、私の船内で口達者たち数名を選と、
ミッションを押し付けられた。
ただでさえ言葉も通じにくい相手にストレスが、
日を追うごとに溜まっていく。
交渉もうまく進んでいるか、どうかも正直わから
ない。
私は、すっかりやる気をなくし、
酒場に逃げ込んで、飲んだくれていた。
そこで、同じように豪快に飲んだくれている、
ちょんまげのゴツい日本人と意気投合する。
その大男は言う。
「 俺たち、なんか似てるな w」
酒を酌み交わすうちに、
妙にウマが合う。
でかい図体にしては、流暢な言葉を話す。
奴は朱印船の護衛をしている元野武士で、
仲間を何より大事にする奴 ......
そんな気持ちを漂わせる言葉の数々。
数日で我々は親友になる。
そして奴の招待で日本人コミュニティへ行き、
宴会を開いてみんなと友情を深めた。
ちなみに奴の名前は四郎左衛門といって覚えにくいので、
私は、奴を《 シモン 》と呼ぶ。
商館が立ち、
物流拠点として機能し始めた頃には、
すっかりパタニの街が大好きになっていた。
もちろん本国と仲間が第一だけど、
この街の連中も、
もう守りたい存在へと昇華している。




