31(完) 生きるために戦う
「面白い。実に面白い展開だ」
サイクスが剣を抜き放った。
「まとめて相手をしてやる。人間も、そして裏切り者の【闇】の勇者も――ここで全員、消し炭にしてやろう!」
メレーザたち他の魔族も一斉に殺気を放つ。
「こんなタイミングで魔族が――」
葉月も、そしてようやく立ち上がった豪羅も、臨戦態勢に入った。
三つ巴の戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
「――やるしかないか」
俺は剣を握り直し、残るしもべも全て召喚した。
ミラージュ、死神、ガラ、ラオゥガ……俺の最強の軍団が背後に集結する。
誰が敵で、誰が味方なのか。
――もう、どうでもいい。
俺は、俺を殺そうとする者すべてを、ただ叩き潰すだけだ。
そして、生き残るんだ。
今はただ、それだけを考えよう。
「来いよ、全員まとめてかかってこい!」
俺は決意を示すために吠えた。
その咆哮が、戦いの始まりを告げた――。
森を揺るがすほどの激しい戦闘が始まった。
俺はしもべたちを巧みに操り、魔族と王国軍の両方を相手に立ち回る。
「【爆剣波】!」
ガラから得たスキルを放ち、数体の高位魔族を吹き飛ばす。
だが、サイクスはそれを軽々といなした。
「その程度か、時雨! お前の力はそんなものじゃないだろう!」
「うるさい!」
俺はサイクスに突進する。
剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散った。
互角……いや、魔界で戦った時よりも、サイクスは強くなっている気がする。
その間にも、葉月と豪羅は他の魔族と交戦していた。
「【カウンターショット】!」
葉月のスキルが炸裂し、魔族の攻撃を跳ね返す。
「うおおおおっ!」
豪羅も自慢の拳で魔族を殴り飛ばしていた。
だが、相手は高位魔族だ。
しかも数が多い。
いくら二人でも分が悪く、次第に追い詰められていった。
「くそっ、きりがない……!」
豪羅が悪態をつく。
その肩には、深い傷が刻まれていた。
「ちっ、二人とも――」
俺はしもべたちと共に、魔族の軍勢に突っこんだ。
クラスメイトとはいえ、今は敵だ。
助けるべきか否か――なんて考えるより先に、体が動いていた。
誰が敵で、誰が味方なのか。
頭の中がグルグル回る。
ただ、やっぱり彼らが死ぬところを目の前で見たくなかった。
さっきまでは命のやり取りをしていた相手でも――。
矛盾しているのは自分でも分かっているけれど。
俺は、それでも――。
「はあ、はあ、はあ……」
激しい戦いの末、渾身の力を込めた俺の剣が、サイクスの胸を深く貫いていた。
「が……はっ……」
サイクスは信じられないという顔で俺を見下ろし、その口から大量の血を吐き出した。
その瞳から、急速に光が失われていく。
「まさか、この俺が……人間に……」
無念そうに言い残し、サイクスは倒れた。
既に他の魔族も残らず殺している。
ただ、豪羅や葉月も事切れていた。
さすがに相手の魔族たちは強かった。
俺自身が生き残り、勝利するだけで精いっぱいだったのだ。
豪羅も、葉月も、こんな異世界で死ぬことになるなんてな。
いや、俺だって――。
「……もう、元の世界には帰れないかもしれない。なら、ここで死ぬことになるのか……いずれは」
王は、俺たちを裏切った。
あの謁見の日から、俺たちの食事には密かに呪法が施された魔石が混ぜられていた。
それは、この異世界の理に魂を縛り付けるための呪い。
もはや俺たちは、元の世界への道を完全に閉ざされてしまったのだ。
――俺は、何のために戦ってきたんだろう。
最強の力を手に入れて、その果てに待っていたのが、この結末なのか。
敵を殺し、味方だった奴らも死んで。
俺だけが生き残った。
そしてこれからも、戦い続けるんだろう。
敵を殺し、味方だった奴らとも戦って。
「はは、最後には何が残るんだ……?」
込み上げてくるのは、自嘲の笑いだけだった。
「時雨くん……」
不意に、か細い声が聞こえた。
ハッとして振り向くと、そこに那由香が立っていた。
「なんで……那由香……」
声が、震えた。
「来てくれたのか……!」
この絶望的な状況の中で、彼女が来てくれた。
奇跡のように思えた。
「うん、王城を抜け出してきたの……時雨くん、無事でよかった」
那由香は、ゆっくりと俺に近づいてきた。
そして、俺の隣にそっとしゃがみ込む。
彼女は俺の頬に付いた血を、ためらいがちに指で拭った。
「ひどい顔……。たくさん、戦ったんだね」
「ああ……」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
彼女の優しさが、今はあまりにも胸に痛い。
「ねえ、時雨くん。私……あなたの側にいたい」
那由香が言った。
「だから、ここに来たの。でも、これから先にどうしていけばいいのか……分からない」
これから先の、未来への問い。
俺は答えられなかった。
おそらく――那由香も呪いに蝕まれている。
豪羅や葉月と同じように。
だから――この先の保証なんてない。
未来への答えなんて、持ち合わせていない。
最強の力を持ちながら、俺は、これから進むべき道筋一つ、示すことができないのだ。
「……俺にも分からない」
ようやく絞り出した声は、ひどくかすれていた。
俺は、自分の無力さに唇を噛み締める。
ただ、首を振ることしかできなかった。
那由香は、そんな俺を黙って見つめていた。
「けど」
俺は顔を上げた。
那由香の瞳を、まっすぐに見つめ返す。
「俺はここにいる。君のそばにいる」
それは、誓いの言葉だった。
不確かで、何の保証もない未来に向けた決意。
俺は彼女に手を差し伸べた。
那由香はその手を俺の手に重ねてくれた。
帰る場所さえなくした俺だけど、それでも――生きていかなければならない。
生きていきたいんだ。
この異世界で、二人で寄り添いながら。
「そのために、俺は戦う」
生きるために、戦い続ける――。
【完】
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