戦闘準備完了、状況開始
「お待た、始まっちゃてる?」
「いいや、これからさ」
軽く言ってくる相棒に、同じくらい軽く返す。視線を交わしてから、悪魔の方へ。
一方の手元でも戦いの準備、僕は懐を漁り、一本のアンプルを取りだした。
「さて、じゃあ後は簡単だ。この町の為、世界の為にも、実力で君を排除する」
思った以上につまらない言葉だったからだろう、目の前の悪魔の表情が冷却され、少しつまらなげな物になる。
「ふん、そうなった、か。もう少し面白い物を期待したが、まぁ及第点の答えだろうよ。
他の猟犬を頼らず、己の手で、と言う分まだ興は乗る。
良かったなぁ……今度は誰も、お前のことを責めないだろうよ。まして余ごと主を切り殺した所で、負い目に感じる事もあるまいな」
さぁ、下らない余興に時間を掛け過ぎた、もう、言葉は不要だ。
アンプルの先端部分をへし折り。中身を嚥下する。
アンプルの中身は特殊な薬剤。僕とセットで作られた、回復能力や身体能力を底上げする効果のある魔法薬だ。
「が……あ、ぐうぅ」
口から呻きが漏れた。薬効はすぐに現れ、体中に過剰再生の痛みが襲う。
「ほう? 成程、それが貴様の力か?」
全身の細胞が暴れ狂う。薬品の効果で身体の至る所が勝手に破壊されていく、急速に造血された血液が血管を突き破りそうになり、それを同じく強化された筋肉や骨が無理矢理止めていく、血流が激流の様に全身を駆け巡り、意識が何度かブラックアウトしかける。
相変わらず酷い効果だ……常人なら身体が爆発するという劇薬の作用に、声を上げて泣きたくなる。
だけど、ここまでやって、ようやく僕の体の七割以上に移植された実験結果、悪魔の体細胞達が目を覚ます。
全身の筋肉が膨張する。自分で見た事は無いが、瞳孔が縦に切れ、肌にうっすら紋様が浮かぶ様は、悪魔そのものだと、誰かが昔に言っていた。
覚醒するに従って、悪魔の特徴の一つである、血流と思考を介して魔法が自動発動する。
普段は詠唱を介して行う『鎧装具現』が発動、魔力単位に分解されていた鎧が現実に形と重量を取り戻す。まず兜が僕の顔を多い、次いで重厚な篭手、次いで胸当て……腰から足と、徐々に形を成す。全体的に装飾こそ少ないが、頑健さにおいて絶対の信頼をおける鎧がコートの上に出現し、僕を戦闘状態に完全装甲する。
僕が呼吸し、血液が身体を巡るたびに身体強化の術が上書きされ続ける。目には『術式知覚:視界』が勝手に発動。心臓の鼓動の度に精製される莫大な魔力を後ろ盾に、『僕の望む世界』を叶えるために僕の脳に刻まれた全ての魔法が勝手に具現化していく。
そんな僕の変貌を見つめる悪魔の目には、確かに憐憫があった。
「哀れな……人の肉すらも失ったその姿、正に悪鬼、正に修羅よな。
それでなお、人間であると叫ぶのか? お前は。
貴様にとっては周りの有象無象の人類より、余や主の方がよほど近しいと言うのにな」
声を無視し、僕は『粉砕する者』を構える。
傍らのイリスも戦闘準備として『術衣変化』を発動。まばゆい光と共に着用していた術衣が一瞬で分解され、瞬間的に戦闘用の術式衣に再構築されていく。
その細い指には、指先が出るグローブが。
その頼りない腕には、大きな翡翠飾りに彩られた袖が。
その小さな肩には、小さな体を脅威から守る、防御術式の編み込まれたケープマントが。
その華奢な身体には、大きな十字を描く修道女にも似た青と白の術式衣が。
その薄い胸には、可愛らしくも術式の代理演算を総括する大きなリボンが。
その未熟な足腰には、動きやすさを重視したミニのスカートと、前を開く形で彼女の脚を覆う、防御を担当する魔法陣の織り込まれたロングスカートが。
その力強い手には、彼女の魔法の全てを補佐する魔杖とEパッド、宝珠『サリエルⅨ』と『電子魔道書』が。
その穢れ無い背には、彼女の全力に答えて輝きを増す、三対六本の翼が。
最後に、清廉な純白と透き通るような青を組み合わせた術式衣に、一見装飾にしか見えない植物の蔦の様な金色の魔法陣が服に描かれる。
双方それぞれの戦いの準備が整う。殺意を込めた瞳で、僕が悪魔を睨んだ。
「その通りだ。行くぞ悪魔、一人の人間として僕達の世界から居なくなってもらう」
挑戦者の声に、悪魔が応じる。
「ふふっ……その意気や良し! さぁ来るが良い! 世界の終りを止めて見せろっ!」
悪魔が僕達の元に降りる。『粉砕する者』を握りしめ、前進!
戦闘が開始された。




