日替わりおにぎり(持ち帰りOK)
翌朝、顔を洗おうと井戸に向かうといつも時次さんから貰う量の倍の米麹と3本の鰹節が置いてあった。
きっとあの人だろうと頭の中に一人の男性を思い浮かべた。
鰹節を一本持ち匂いを嗅ぐ。
そう、この匂い…鰹節だ~。
顔がにやけてしまう。
鰹節が欲しいと思っていたので凄く嬉しい。
この鰹節でまた料理をしろという事だろうか?後で時次さんに聞かなくては。
今日はいつもより少し忙しい。
お昼前におにぎりを三つ作らなくてはならないのと今日からおにぎりをメニューにくわえる。
ご飯をいつもより多めに炊いておいて準備万端。
やはり初日だからかおにぎりの売れ行きはあんまりかんばしくない。
常連さんや旅のお客さんにも声を掛けてみるがあまり売れない。
この時代メニューというものがない、そもそも文字を読める人が少ないのでメニューがあっても意味がないのだ。
なのでこうして声を掛けながらおにぎりをすすめてみる。
昼前の今の段階でおにぎりが売れたのは二つだけ。
少し減ったご飯を見てため息をつく。
顔を二回叩き、自分に気合を入れてやすさんから注文を貰ったおにぎりを作った。
私の話を聞いてすぐに注文してくれたやすさんたちに感謝をしながらおにぎりを握る。
売り出すおにぎりは日替わりにすることに決めた。
いつも同じ材料があるわけではないのでそうすることにしたのだ。
その方が毎日食べても飽きないからいいかなと思った。
毎日買ってくれる人ができるか不安だと一瞬思ったが、一人いたのを思い出した。
今日、井戸に米麹と鰹節を置いていった人だ。
飽きることなくあれからずっとおにぎりを注文してくれている。
おにぎりを売り出してみようと思ったのってあの人におにぎりを作りはじめてからだっけ。
一度でいいから食べてる顔少し見てみたいな。
やすさんの注文のおにぎりが出来たのだが、昼をすぎてもまだ持って行く人が来ない。
もしかしたら忙しくて抜け出せないのだろうか。
店がもう少し落ち着いたら届けに行こうと決め、ひとまず自分の仕事に専念した。
店が落ち着いてもまだ来ないので、よしさんに場所を聞き歩いて向かう事にした。
真直ぐ行って右の橋を渡ってそこをまた真直ぐ…大きなお寺の右に曲がった所らしい。
よしさんに心配されつつ出発したのだが案の定…迷子だ。
大きな寺とやらが歩いても歩いても全く出てこない。
困り果て誰かに聞こうと周りを見るとやすさんと同じ羽織をしている人が走って通り過ぎて行く。
慌てて後を追うが一向に距離が縮まらない、ここは声を掛けるしかないと思い大きな声で呼びかけた。
「あのー羽織の方ー!止まってください!」
後ろから走りながら呼びかけるがこちらを見ようとしないので、もう一度大声で呼びかける。
「今走っている羽織の方ー!やすさんの注文を届けに来ました!」
やすさんの名前を聞くなりピタリと止まりこちらを振り向いた。
良かった止まってくれた、普段運動しないので走り出して直ぐに息を切らしてしまった。
二十代ぐらいの男性が駆け足でこちらに向かって来た。
「もしかして~、菜さんですか?」
息を整えて返事をした。
「はい、そうです。時間になってもいらっしゃらなかったので届けに来ました。」
その若者の名前は三郎と言うそうで三郎さんも店に向かう途中だったらしい。
前の現場で問題が起きたらしくそっちを片付けていて、三郎さんもそのバタバタで受け取りに行くのを忘れてしまったらしい。
一段落した後に昼ご飯を食べようとしたらないもんだからやすさんに怒られ慌てて取りに向かう所だったという。
すれ違いにならなくて良かった。
次の現場はもうちょっと行った所らしいので三郎さんに連れて行って貰うことにした。
大きな寺を曲がって直ぐの所でやすさんと時次さんが話し込んでいるのが見えた。
どうやらここが次の現場らしい。
やすさんや時次さん以外にも多くの人が木材を運んだりしていた。
やすさんは三郎さんを見るや否や怒っていたが、私が後ろから顔を出すと怒るのを止めて驚いていた。
「菜ちゃんじゃないか…。どうしてここに…。」
先ほど三郎さんに説明した事をもう一度やすさんに伝えた。
お腹空いているだろうし早く届けたかった。
風呂敷から注文分のおにぎり三つを取り出しやすさんに渡した。
「こちらが注文したおにぎりですね。はい、三つ。」
やすさんから代金を貰い、店に戻ろうとするとやすさんに呼び止められた。
「菜ちゃん、待て待て。どうせなら一緒にどうだい?昼まだ食ってないだろう。」
「お昼ご飯は食べてないですが…。」
店に戻ってから食べようと思っていたためお昼ご飯は食べていない。
だから自分のご飯が今ないので一緒に食べることが出来ない。
断ろうとすると私のお腹が鳴ってしまった。
うわ~絶対聞こえた、恥ずかしい。
時次さんとやすさんがぷっと笑った。
「…っいいからここに座れ。ほれ、これでも食え。まっ俺が作った訳じゃないんだけどな。にしても助かった、朝飯食いそびれてたからな。」
やすさんの隣を叩かれ、そこに座ると先ほど私が握ったおにぎりを一個渡された。
代金を払ったものを頂くわけにはと言おう思ったのだが、隣に座った時次さんに言葉をさえぎられてしまった。
「届けてくださりありがとうございました。これお礼に。」
お礼に手渡されたのはこちらも私が握ったおにぎりだった。
両サイドにやすさんと時次さん、そして私の手には二つのおにぎり…何だろうこの状況。
サンドイッチ状態は恥ずかしい。
私が一向に食べようとしないのを見て時次さんがおにぎりに包んでた笹の葉を渡してきた。
どうやら、両手におにぎりを持ったままだと食べれないと思ったらしい。
そういう事ではない、時次さんとやすさんもお腹が減ってたはずだ、私に一個渡してしまうとおにぎりが二個になってしまう。
絶対に足りないでしょ、この二人。
私が一人悶々と考えているとやすさんがおにぎりを頬張りながら言った。
「いいから食え。代金を払ったんだ、その後誰にあげようが俺の自由だぜ。」
時次さんもやすさんの言葉にこくりと頷いていたので、今回は頂く事にした。
私もおにぎりを一口食べた所で少し離れた所でうめーという声が青空に響いた。