40:スパイに会う二人
「なあ~んだよ、アルバート、急にお前の家に来いだなんて」
アルバートの鉱山で働く仲間であるリックが、ラッセンガル邸に来たのは、話し合いから次の日の午後だった。
「いや、ちょっと話を聞きたくてな」
「ふうん。あ、おばさんのクッキーだ! これ美味しいんだよなあ! な、持ち帰ってもいいか? 妹の分にもさ」
「ああ」
「……何かいつもと様子が違うな? そんな元気なくてどうしたんだよ」
どこか落ち込んだ様子のアルバートに、リックがふざけた調子から、優しい声音に変わった。
その声を聞いて、アルバートの気分はさらに落ちた。
「あ、もしかして、美人の婚約者と喧嘩したのか? そんなの、お前の綺麗な笑顔で愛でも――」
「なあリック」
アルバートはリックの言葉を遮った。
どうか、違うようにと。
どうか、気のせいであるようにと願いながら、口を開く。
「お前、クラリッサの父親に、情報流してるな?」
リックが表情をなくしてアルバートを見つめた。
その反応が答えだった。
「……なんでだよ、リック。お前は父親の代から働いてくれて、俺たち家族のようなものだったじゃないか」
幼い頃から交流があった。従業員と経営者という関係ではあったが、アルバートはリックを友だと思っていた。
「金が足りなかったのか? 経営難だけど、頑張って出してたつもりだったんだ」
「ち、違う、アルバートからは充分すぎるほどよくしてもらった!」
顔色を悪くしたリックが、必死にアルバートの言葉を否定する。
「学もない俺をきちんとした賃金で雇ってもらって、本当に感謝してたよ!」
「じゃあどうして……」
「妹が、病気になったんだ……!」
リックがソファーの背もたれに身体をもたれさせて脱力した。
「親父ももう死んで、稼げるのは俺だけで。何とかそれで妹を養えていたけど、病気になったら薬代が……とても足りなかったんだ。アルバートの家も、いっぱいいっぱいなのは知ってたから……言えなくて……」
言い訳もせず、ただ静かに真実を語っていた。
「そんなとき、ベルナドールの会長に声をかけられたんだ。お前の行動を報告してくれって」
リックは両手で顔を覆った。
「ごめん、アルバート……ごめんな…………」
静かに涙を流すリックは、ただひたすら謝罪した。
そんなリックを見て、アルバートは――無情になれなかった。
「なあ、クラリッサ……」
アルバートの声で、クラリッサが入室した。リックはそれに気付いた様子だが、顔も上げずに謝り続けた。
「許してやってもいいか?」




