38:保険をかけてたクラリッサ
「どういうことだ……?」
クラリッサの言いたいことがわからず、アルバートが胡乱な目を向ける。
クラリッサは笑みを崩さず、開口した。
「アルバート様、店を作る際、お義父様にサインしていただいたのは覚えていますか?」
「ああ」
クラリッサは笑みを深めた。
「ではお義母様にもサインしていただいたのは?」
「……あ」
アルバートとその横にいるラッセンガル夫妻がまったく同じ表情をしているので、親子だなあ、とクラリッサは思いながら話を続けた。
「あのお店はお義父様だけでなく、お義母様も経営者になっていただいております。念のための保険でしたが、まさか本当にそれで救われるとは思っていませんでしたわ」
クラリッサは紙を持ち上げて全員に見せる。
「この通り、サインはお義父様だけ。これでは効力は発揮できません」
クラリッサは、すっと視線をアミーリアに向けた。
「お義母様は何かサインなどしていませんね?」
「してないしてない! サインは結婚のときにしたのが最後です!」
「よかったですわ。これからもそうしてください」
「はい!」
アミーリアはコクコクと激しく頷いた。
「じゃあ特に問題はなかったってことか?」
「ええ、今現在父は、不法にわたくしたちの店を乗っ取ったことになりますわ」
「ということは取り戻せるのか?」
「ええ、簡単に」
ラッセンガル家の面々が、ほっと胸を撫で下ろした。特にハリーは半分魂が抜けたような表情をしている。
「わし、寿命縮んだ……」
「嫌だわお父さん、同時に死ぬ予定なんですから長生きしてくださいな」
「あら素敵ですわね。アルバート様、わたくしたちも同時に老衰しましょうね」
「まだ結婚もしていないのに何言ってるんだよ」
あきれ顔のアルバートを無視してクラリッサは絶対一緒に老衰してやると心に決めた。
そしてコホン、と一つ咳払いして言い放った。
「もうひとつ大事なことがございます」
クラリッサの言葉で、たるんだ空気が引き締まった。
「スパイを捕まえなければいけませんわ」