彼方vsパルビス百人長
「回復薬を使っても無駄だよ」
パルビス百人長は笑いながら言った。
「僕たちが使ってる毒は特別製でね。高級な回復薬でも、すぐに治すことはできない。体が重く感じて、呪文も使えないだろ?」
「…………なるほどね」
――それで姿を見せたのか。多分、最初にナイフを投げたのが、あの少年だな。
「もう負けなんだから、出てきなよ。僕も部下がやられちゃってさ。この通り……ひとりだし」
――ウソだな。ひとりって言う前に間があったし、その部分だけ声が大きくなった。
彼方はしゃがみ込んだ状態でパルビス百人長を観察する。
――武器は短剣で両利きっぽいな。余裕を感じてるみたいだけど、完全に油断はしてない。んっ? 左手に何か隠してる。暗器か小さなナイフか。
生い茂る野草の隙間から、彼方は黒い瞳を動かす。
――右側に兵士が一人いるな。左側は…………わからない。だけど、数は多くはないか。もともと、この辺りに多くの兵士を潜ませる意味はないしな。
彼方は上着の袖を戻して、ゆっくりと立ち上がった。
「あ…………やっと姿を見せてくれたね」
パルビス百人長は足を止めて、軽く片手を上げた。
「いやぁ、ばっちり僕の勘が当たったよ。目立つ動きをしてる人形女を無視して、こっちのルートを張っててよかった」
「勘…………か」
「うん。君は頭がいいらしいからね。そんな相手の裏をかくなら、勘で動いたほうがいい。勘なら予測もできないし」
パルビス百人長は目を細くして笑う。
「とりあえず、君の意識があるうちにお礼を言っておくよ」
「…………お礼って?」
「君を殺すことで、千人長への昇格は間違いないからね」
パルビス百人長の視線が僅かに動いた。
――喋ってる間に別の兵士が僕を襲う作戦か。
「…………まだ……わからないよ。一対一の勝負なら」
わざと声を途切れさせながら、彼方は唇を動かした。
「…………ふーん。たしかに絶対じゃないね。君は白兵戦も得意みたいだし」
パルビス百人長は一歩前に進む。
「でも、今なら、僕ひとりでも勝てるよ。というか、何もしなくても君は毒で死ぬし」
「解毒剤はあるの?」
「もちろん、持ってるよ。僕たちはね」
「それなら君を倒して、解毒剤を手に入れるしかないね」
わざと上半身を揺らして、彼方は聖水の短剣を構える。
「もう諦めればいいのに。ふらふらじゃないか。粘っても苦しいだけだよ」
パルビス百人長はマジックアイテムらしき黒い短剣を鞘から引き抜く。
「抵抗しなければ、楽に殺してあげられるのに」
「まだ、死にたくないからね」
そう言うと同時に彼方は動いた。左足を蹴って右に走り、隠れていた兵士に向かって聖水の短剣を振り下ろす。
予想外の彼方の動きに兵士は対応することができなかった。驚愕の表情を浮かべたまま、倒される。
「ちっ!」と舌打ちをして、パルビス百人長が動いた。
左手に隠していたナイフを投げ、彼方と距離を詰める。
彼方は頭を下げてナイフを避け、低い姿勢から聖水の短剣を振った。青い刃が二メートル以上伸び、パルビス百人長の左足を斬った。
「ぐうっ…………」
パルビス百人長は横倒しになりながらも、毒つきの短剣を投げた。その短剣を彼方はネーデの腕輪で正確に受ける。
甲高い金属音が響き、短剣が弾き飛ぶ。
彼方は左足を大きく踏み出し、聖水の短剣を突き出す。
パルビス百人長は胸元から小さな円盤を取り出す。それが大きく広がり金属製の盾に変化した。
――マジックアイテムの盾か。でも…………。
聖水の短剣の青い刃がぐにゃりと曲がり、盾を避けるようにしてパルビス百人長の体に突き刺さった。
「かあ…………っ」
パルビス百人長の手から、黒い針のような物が落ちた。
「ぐっ…………どうして毒が…………」
「特別製の回復薬を持ってたからね」
彼方はウソをついた。
「…………はっ、ははっ。や…………やられたよ。あんなに…………刃が伸びる短剣まで持ってるなんて」
パルビス百人長は掠れた声を出した。
「今夜は…………僕たちの負けだよ。でも…………いつかきっと…………」
ぱくぱくと動いていたパルビス百人長の口が固まり、目から輝きが消えた。
――今夜は? こんな言い方するってことは、まだ、近くに兵士が残ってるな。
彼方は素早く視線を動かす。その瞳に走り寄ってくる黒いフードをかぶった男の姿が映った。
――魔道師? いや、この走り方とスピードは魔法戦士か。
聖水の短剣を握り締め、彼方は両足のかかとを軽く上げる。
――顔は見えないけど、年齢は二十代ぐらいで髪は青か。武器は…………黄金色の短剣っ!?
彼方は下がりながら、カードを選択する。
◇◇◇
【呪文カード:クロノスの祝福】
【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:無 三分間、使用者のスピードを大幅に上げる。再使用時間:25日】
◇◇◇
カチ……カチ……カチ…………。
時計が動くような音とともに、彼方の体が淡い青色の光に包まれる。
同時にフードをかぶった男が黄金色の短剣を突き出す。その攻撃をネーデの腕輪で受け、聖水の短剣を振った。
クロノスの祝福でスピードが上がった彼方の攻撃を男は上半身をそらして避けた。
黒いフードが外れ、男の顔が月明かりに照らされた。
「ナグチ将軍っ!」
「その通りですよ」
男――ナグチ将軍は黄金色の短剣を投げる。彼方は聖水の短剣で、それを弾き飛ばした。
しかし、黄金色の短剣は意思を持っているかのようにナグチ将軍の手に戻る。
「よく、私の攻撃を受けられましたね」
ナグチ将軍はメガネの位置を調整しながら、ふっと笑みを漏らす。
「一太刀で勝負をつける予定だったのですが、予想外のスピードです。それに、その短剣、国宝級のレア物ですか」
「…………どうして、将軍のあなたがここにいるの?」
彼方は数歩下がりながら、ナグチ将軍に質問した。
「あなたを殺すためですよ」
ナグチ将軍は即答する。
「規格外の力を持つあなたなら、パルビス百人長の部隊さえも退ける可能性がありましたからね。それで自ら動いたわけです」
「軍隊の指揮はしなくていいのかな?」
「そっちはカルミーラ師団長にまかせてますよ。彼女の指揮でも問題ない状況ですからね」
ナグチ将軍は胸元から小ビンを取り出し、七色の秘薬を全身に振りかける。ナグチ将軍の体が淡く輝く。
――強力な呪文を使うつもりか。なら、こっちも。
彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。




