パルビス百人長
次の日の夕刻、山吹色に染まった草原をサダル国の兵士が進んでいた。
数は五十人前後で、全員が黒い服を着ている。
先頭を歩いている痩せた十代半ばの少年にエルフの女兵士が近づいた。
「パルビス百人長、斥候から連絡が入りました。峡谷の近くで氷室彼方の仲間らしきサキュバスを発見したそうです」
「…………ふーん」
少年――パルビス百人長はダークブルーの目を細め、深緑の髪に触れた。
「で、見つかってないよね?」
「はい。サキュバスは我々に気づかず、カカドワ山の方に飛んでいきました。多分、そっちに氷室彼方がいるんでしょう」
「予想通りの方角か…………」
「どうします? 先行した部隊を北に向かわせますか?」
「ううん。どうせ、氷室彼方は峡谷にやってくるからね。そこを待ち伏せしたほうが間違いがないよ」
パルビス百人長は腰に提げたマジックアイテムの短剣に触れる。
「…………氷室彼方か。僕より強いんだろうな」
「それは、わかりませんが」
女兵士は困った顔で首を傾ける。
「白兵戦なら、パルビス百人長のほうが強いのでは?」
「いいや。氷室彼方は、僕が模擬戦で負けたテレサ千人長と戦って勝ってるからね。しかも、二度も」
「ですが、実戦なら、パルビス百人長もテレサ千人長に勝てるのでは?」
「勝てるじゃなく、殺せるだね」
パルビス百人長は舌を出して笑った。
「実戦なら奇襲で隙を突けるし、毒の武器も使える。卑怯と文句を言われる技も使い放題だから」
「はい。ですから、私はパルビス百人長が氷室彼方を殺すと確信してます」
「僕たちがだよ」
パルビス百人長は周囲に兵士たちを見回す。
「誰でもいいんだ。どんな形でもいいから、氷室彼方を殺せばいい。これは戦争だからね。正々堂々と戦う必要はないよ」
「その通りです」
青白い顔をした二十代の兵士が口を開く。
「氷室彼方がどんなに強くても、背後から毒つきの武器で襲えば、すぐに殺せます」
「それができる兵士が集まった部隊が僕たちだからね」
パルビス百人長は目を細めて微笑する。
「今夜、魔道師部隊が峡谷の手前の丘に転移の魔法陣を描く。当然、氷室彼方は食糧の転移を阻止しようとするだろうね」
「そこで周辺に潜伏した我々が動くと」
「うん。それがナグチ将軍の作戦。僕たちの配置まで指示してきたから、相当気合が入ってるよ」
「珍しいですな。あのナグチ将軍が、そこまで入れ込むとは」
二十代の兵士が首を傾ける。
「それだけ、氷室彼方が危険な相手ってことだよ。別の手を打ってるみたいだし」
「別の手とは?」
「ナグチ将軍は僕たち以外にも別働隊を動かすつもりだよ。カルミーラ師団長と話し合ってたから」
「我々だけでは氷室彼方を殺せないと思ってるわけですか?」
「そんなに怖い顔しないで。僕が決めたわけじゃないからさ」
パルビス百人長は両手を胸元まで上げて笑う。
「ナグチ将軍は、それだけ本気ってことだよ。だから、『石の橋を叩いて渡る』格言のように万全な備えをしておきたんだろうね」
「では、その備えを無意味なものにしましょう。我らで氷室彼方を倒して」
「そうだね。赤鷲騎士団のガーグ団長を殺すより、氷室彼方を殺すほうが恩賞は高くなりそうだし」
そう言って、パルビス百人長は青白い唇を舐めた。
◇
巨大な月が丘の上で動き回るサダル国の魔道師たちの姿を照らした。
魔道師たちは転移用の秘薬で地面に魔法陣を描いている。
赤、青、緑、黄、紫色の秘薬が輝き、甘い香りが漂っている。
丘の周囲にはサダル国の兵士がいて、周囲を警戒していた。
隊長らしき三十代の兵士が口を開く。
「いいか。油断をするな! 氷室彼方はドラゴンや巨大な蟲を召喚できる。絶対に魔法陣に近づけるな!」
兵士たちが無言で首を縦に動かす。
「俺たちの役目は氷室彼方を殺すことではない。魔法陣を守ることだ。それを忘れるなよ」
「イルド百人長!」
若い兵士が隊長――イルド百人長に駆け寄った。
「北側の斥候からの連絡が途絶えました」
「北か…………」
イルド百人長は下唇を軽く噛んだ。
「どうします? 誰か向かわせますか?」
「…………いや。俺たちが動く必要はない。その情報はパルビス百人長に伝えろ。あいつらが氷室彼方を殺すからな」
◇
広葉樹の林の中で、彼方はダークエルフのエルメアの報告を聞いていた。
「お前の予想通り、至る所にサダル国の兵士たちが潜伏してるな。狙いは…………」
「当然、僕だろうね」
彼方は淡々とした口調で言った。
「ナグチ将軍は峡谷の手前まで軍を移動させ、食糧を手に入れるつもりだろう。そして、それを僕が阻止しようとしてることもわかってる。ならば、ここに罠を張るのも必然だよ」
「では、その罠をどうかわす?」
エルメアが彼方に顔を近づける。
「潜伏してる奴らは暗殺に特化した者たちだろう。正面から戦いを挑むとは思えんぞ」
「それはこっちも同じだよ。僕もまともに戦うつもりなんてないし」
「召喚呪文を使うんだな?」
「うん。それが安全だからね。召喚したクリーチャーは死ぬことがないから」
彼方は、ゆらゆらと近づいてくる森クラゲの子供を手の甲で払う。
――とりあえず、潜伏してる兵士たちを減らしていくか。
三百枚のカードが彼方を囲うように現れた。
◇◇◇
【召喚カード:毒使いのアサシン 音葉】
【レア度:★★★★★★(6) 属性:闇 攻撃力:1600 防御力:300 体力:1000 魔力:300 能力:強力な毒を使う。召喚時間:1日。再使用時間:14日】
【フレーバーテキスト:人を殺すのに力は必要ありません。小さな傷をつければ、それで終わりなんですから】
◇◇◇
スズランの柄の着物を着た二十代の女――音葉が現れた。
腰まで伸びたストレートの髪は黒く、黒縁の大きなメガネをかけている。肌は青白く、赤紫色と青紫色の短刀を手にしていた。
「彼方様…………」
音葉は彼方の前で深く頭を下げた。
「前に失敗した私を召喚していただき、感謝します」
「ナグチ将軍のこと? あれは気にする必要ないよ」
彼方は音葉の肩に触れる。
「あの時の目的はティアナールさんを救うことだったからね。それに君には今から役に立ってもらうから」
「わかりました。今度は完璧に仕事をこなしてみせます」
音葉は両手に持った短刀を強く握り締める。
「それで、私は何をすれば?」
「その前にナグチ将軍の情報を教えてもらえるかな。戦ったんだよね?」
「はい。どのようなことを知りたいのですか?」
「君が気づいたこと全てかな。直接戦った君の情報は貴重だからね」
「それでは…………」
音葉は彼方の耳元に唇を寄せた。




