ウロナ村の戦い16
彼方とユリエスは、数十人の冒険者に指示を出しているAランクの冒険者ユリナと合流した。
ユリナは父親のユリエスの隣にいた彼方を見て、赤い瞳を丸くする。
「彼方、どうしてお前がここにいる?」
「そんなことより、村の人たちを教会の横の避難所に集めてください!」
彼方は東の方角を指差す。
「そこに爆弾アリを配置してます」
「爆弾アリとは何だ?」
「機械仕掛けのアリです。見た目は不気味かもしれませんが味方なので安心してください」
「お前…………蟲まで操れるのか?」
ユリナは口を半開きにしたまま、彼方を見つめる。
「…………わかった。私たちは村人の避難を優先させる。お前はどうする?」
「僕は少しでも多くのモンスターを倒します」
「ひとりでか?」
「ええ。そのほうが動きやすいから」
彼方はユリナに背を向けて走り出した。
◇
燃える酒屋の角を曲がると、背丈が三メートルを超えるオーガと呂華が戦っていた。
呂華は槍と斧が組み合わさったような武器――戟を真横に振った。分厚く太いオーガの胴体が真っ二つに斬れた。
「呂華っ!」
彼方は呂華に駆け寄る。
「風子はどこ?」
「近くでゴブリンを狩ってるよ。もう三十匹以上は倒してたんじゃないかな。あ、ちなみに私はオーガ三体、リザードマン十匹以上ね」
呂華は自慢げに胸を張る。
「その調子で召喚時間ぎりぎりまで頑張ってもらうよ。それから、君たちは教会の北に移動して」
「どうして?」
「教会の横の避難所に村の人たちが集まってくるからだよ」
彼方は状況を説明した。
「…………ってわけで、これからは避難所に近づいてくるモンスターを倒してもらいたいんだ」
「うーん…………村人を助けるってことか」
「イヤなの?」
「イヤじゃないけど、そういうのは劉備がやりそうなことじゃん。呂布がやるイメージじゃないよ」
呂華は不満げに頬を脹らませる。
「君は呂布じゃなくて、その子孫って設定だし、気にしなくていいと思うよ。それに、呂布みたいに裏切られても困るしさ」
彼方は呂華が装備している中華風の鎧に触れる。
「とにかく、一人でも多くの人を助けたいんだ。君は強いし、期待してるからね」
「んーっ、彼方にそこまで言われたら気合入れるしかないか」
呂華は白い歯を見せて、ぐっとこぶしを突き出す。
「まかせといて。ここで大活躍して、呂華ちゃんの伝説を残しちゃうから」
◇
彼方がさらに北に進むと、モンスターと戦っているティアナールの部隊に遭遇した。
後方にはティアナールがいて、部下の騎士たちに指示を出している。
彼方は視線を左右に動かし、戦況を確認した。
――だいぶ騎士たちがやられてるな。もう五十人以下ってところか。
彼方は聖水の短剣を握り締め、ティアナールに駆け寄る。
「ティアナールさん、大丈夫ですか?」
「彼方かっ!」
ティアナールの瞳が輝いた。
「問題ない…………と言いたいところだが、まずい状況だな。侵入してきたモンスターの数が多すぎる」
ティアナールは北の門を指差す。
「北の門から次々とモンスターが入り込んでくる。ウル団長の部隊が動いているが、状況は厳しいな」
「それなら、僕は北の門に行きます! これ以上、モンスターを村の中に入れないようにしないと!」
走りだそうとした彼方の腕をティアナールが掴んだ。
「彼方っ、無理はするなよ」
「はいっ! ティアナールさんも気をつけて」
二人は顔を見合わせて見つめ合った。
ティアナールの緑色の瞳に彼方の姿が映る。
「ティアナールさん…………」
「ん? 何だ?」
「いや、手を離してもらわないと」
「あ…………すっ、すまん」
白い頬を赤く染めて、ティアナールは慌てて手を離す。
「じゃあ、また後で!」
彼方はティアナールに背を向けて走り出した。
――部隊をまとめてる指揮官を倒せば、モンスターの軍隊は弱体化するはず。
視線をあげると巨大な月が西側に傾いていた。
「長い夜だな…………」
月明かりに照らされた彼方の表情が険しくなった。
◇
聖水の短剣と呪文カードでモンスターを倒しながら、彼方は北の門からウロナ村の外に出た。周囲には多くの騎士とモンスターの死体が転がり、北側の森の奥から不気味な鳴き声が聞こえている。
――指揮官がいるとしたら…………後方か。
「ギュアアアッ!」
彼方の姿を見て、茂みの中から十数匹のゴブリンが現れた。
ゴブリンたちは短剣を構えて、彼方に駆け寄ってくる。
彼方は北の門から離れて壁沿いに走り出した。
――なるべく、村の中にモンスターを入れないようにしないと。僕を追ってくるなら、そのほうがいい。
彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。
◇
数時間後、リーダーらしきダークエルフの男を倒した彼方は、周囲の変化に気づいた。
野草の生えた斜面を駆け上がり、見晴らしのいい場所から周囲を確認する。
多くのモンスターがウロナ村から離れていく。
「…………そうか。夜明けか」
東の空が明るくなっているのを見て、彼方はぼそりとつぶやく。
――守り切った…………と言うより、なんとか全滅はまぬがれたってところだな。
視線をウロナ村に向けると、騎士たちが北の門に集まっているのが見えた。
――結局、ネフュータスを倒すことはできなかった。それにモンスターの数はまだまだ多い。今夜にでも、また攻めてくるだろう。
北の門の近くに倒れている騎士たちを見て、彼方の眉間にしわが刻まれる。
――ティアナールさん…………レーネ…………みんな無事だといいけど。
彼方は額に浮かんだ汗を拭って、ウロナ村に足を向けた。