夜のクヨムカ村
太陽が沈み、広大なガリアの森に夜が訪れた。
夜空に星が瞬き、肉眼でクレーターが見える巨大な月がクヨムカ村の外観を照らす。
半透明で青白く発光する十数匹の森クラゲが、広葉樹の木々の間をふわふわと浮遊している。
「幻想的な光景だな」
彼方は森クラゲの群れを眺めながら、ぼそりとつぶやいた。
――この世界は、一日二十四時間だし、一年は三百六十五日みたいだ。地球と似た環境で文化も似ている。そして、魔法という概念があり、モンスターや人間以外の知的な種族が存在する。危険な世界ではあるけど、ある意味、幸運だったのかもしれない。ソシャゲのカードゲームの力も手に入れているし。
「彼方っ!」
ミケが包みを二つ持って、彼方に駆け寄ってきた。
「夜食をもらってきたのにゃ。山ブドウのジャムとパンにゃ」
「ありがとう、ミケ」
彼方は笑顔で包みを受け取る。
「七原さんは、まだ眠ってるの?」
「さっき起きて、夜食作りの手伝いをやってたにゃ。ピュートはまだ、おねむにゃ」
「ピュートの交代の時間は、まだ先だからね。寝かせておいてあげよう」
「うむにゃ。ちゃんと枕の横に夜食も置いてきたのにゃ」
ミケは近くにある切り株に座り、包みを開いた。
甘酸っぱい山ブドウのジャムの匂いが漂ってくる。
「彼方は食べないのかにゃ?」
「ミケが食べた後でいいよ。一応、警戒しておいたほうがいいからね」
「今日、モンスターが襲ってくるのかにゃ?」
「それはわからないね。クヨムカ村を無視して、南にあるイベノラ村から、ウロナ村を狙うかもしれない。いや、その可能性のほうが高いかな」
彼方は視線を南の森に向ける。
――普通に考えるなら、この村を無視してイベノラ村、ウロナ村を攻めたほうがいい。ウロナ村を攻め落とせば、王都攻略の拠点にもなる。早めにそこを占領するほうが、戦略的に間違いはないだろう。
――ただ、別働隊のドラゴンが倒されたことを、四天王のネフュータスが、どう考えるか…………か。もし、そのことを気にするのなら、また、別働隊を送ってくる可能性はある。
彼方はダンジョンの最下層でネフュータスに出会った時のことを思い出した。
――ネフュータスがザルドゥより強い生物とは思えない。つまり、呪文カードの『無限の魔法陣』を使えば、間違いなく倒せる。ただ、あれを使うと、二日間、新たなカードを使用できないからな。タイミングが重要だ。
その時、微かな音がして、西の入り口から、黒いメイド服を着た少女が姿を見せた。
◇◇◇
【召喚カード:忠実なる戦闘メイド 魅夜】
【レア度:★★★★(4) 属性:火 攻撃力:700 防御力:200 体力:700 魔力:1200 能力:闇属性のナイフを装備し、火属性の魔法が使える。召喚時間:2日。再使用時間:10日】
【フレーバーテキスト:アクア王国の戦闘メイドには注意したほうがいい。彼女たちは美しいだけではなく、魔法も武器も使える戦士なんだ】
◇◇◇
少女――魅夜はツインテールの髪を揺らして、彼方に駆け寄った。
「彼方様、ゴブリンの群れが、この村に近づいてきてます」
「何匹ぐらいいた?」
「夜の森の中ですから、正確な数はわかりませんが、百匹は超えていると思います」
魅夜は冷静な声で彼方の質問に答えた。
「あと数分で、襲ってくるはずです」
「わかった。魅夜はミケたちといっしょに行動して。村の人たちに会ったら…………」
「彼方様の知人の冒険者だと言えばいいんですよね?」
「うん。近くに知り合いの冒険者がいると伝えてるから、不審がられることはないはずだよ」
そう言って、彼方はミケに視線を動かす。
「ミケは銀狼騎士団のトールさんとドロテ村長にゴブリンの襲撃があることを伝えて」
「わかったにゃ。ミケいきますにゃ!」
ミケは山ブドウのジャムがついたパンを口にくわえて走り出した。魅夜も彼方に一礼して、ミケの後を追う。
彼方は意識を集中させ、周囲に浮かび上がった三百枚のカードから、一枚のアイテムカードを選択する。
◇◇◇
【アイテムカード:ウインドソード】
【レア度:★★(2) 風の属性を持つ剣。装備した者の攻撃力をあげる。具現化時間:2日。再使用時間:10日】
◇◇◇
彼方の目の前に細身の剣が具現化された。刃は銀色で柄の部分に緑色の宝石が埋め込まれている。
彼方はウインドソードの柄を掴み、軽く斜めに振った。ひゅんと風を切る音が耳に届く。
――武器はこれでよし。あとは森で見張りをしてたクリーチャーを戻して、新しいクリーチャーを召喚する。
◇◇◇
【召喚カード:無邪気な殺人鬼 亜里沙】
【レア度:★★★★★(5) 属性:闇 攻撃力:2000 防御力:400 体力:800 魔力:0 能力:無属性のサバイバルナイフと体術を使う。召喚時間:10時間。再使用時間:7日】
【フレーバーテキスト:人を殺すのが、どうしていけないの? 楽しいし、気持ちいいじゃん】
◇◇◇
彼方の前に、十七歳前後のブレザー服姿の少女が現れた。髪はセミロングで、ぱっちりとした左目の下には小さなほくろがあった。桜色の唇は薄く、両端が僅かに吊り上がっている。その右手には黒光りするサバイバルナイフが握られていた。
少女――亜里沙は笑顔で彼方に歩み寄る。
「やっほーっ! で、私は誰を殺せばいいの?」
「ゴブリンだよ。もうすぐ、この村を襲撃してくる」
彼方は亜里沙に状況を説明する。
「うーん。また、ゴブリンかぁ。たまには人間を殺させてよ。かわいい女の子とかさ」
「イヤなら、カードに戻ってもらってもいいけど?」
「あ、ウソウソっ! 私、ゴブリン殺すの大好きだから。見た目と違って、内臓はピンク色で綺麗だし」
亜里沙が慌てた様子で、彼方に体を寄せる。
「ほんと、彼方くんは、いけずなんだから」
「おしゃべりはこのへんで。君は単独で動いてもらうよ。攻撃してくるゴブリンを少しでも多く倒して欲しい」
「了解っ! 今日は調子もいいし、ゴブリン百匹殺しに挑戦しちゃおうかな」
亜里沙はピンク色の舌を出して、サバイバルナイフの刃をちろりと舐めた。