それぞれの未来
橋での事件から一年が過ぎた。
春。
満開の桜が風に揺れていた。
私は蒼と手をつなぎ、公園を歩く。
「ママ!」
蒼は嬉しそうに走り回る。
その少し後ろでは、お腹の赤ちゃんを抱いた私は穏やかに笑っていた。
あの日、失ったと思っていた幸せは、少しずつ戻ってきた。
完全には戻らない。
傷も消えない。
それでも、前を向いて生きていける。
それが、今の私だった。
百合子はすべてを警察へ話し、事件解決に協力した。
自分の罪から逃げることなく向き合い続けている。
結衣も本当のお母さんと暮らし始めた。
それでも月に一度は蒼に会いに来る。
「お姉ちゃん!」
そう言って駆け寄る蒼に、結衣はいつも優しく笑う。
血のつながりはなくても。
家族になれることを、私たちは知った。
蓮とは、何度も話し合った。
許せないことは今もある。
簡単に元通りにはなれなかった。
だから私たちは、「やり直す」のではなく、「もう一度、一から家族になる」ことを選んだ。
少しずつ。
焦らず。
蒼の笑顔を守るために。
そして。
あの日、すべてを壊した星乃ゆめ。
橋で逮捕されたあと、不倫、誘拐、虚偽の証言、証拠隠滅への関与などが次々と明らかになった。
テレビもネットも、その話題で持ちきりだった。
所属事務所は即日契約解除。
出演していた番組はすべて降板。
CMは公開停止。
スポンサーは次々と契約を打ち切った。
SNSのアカウントは閉鎖され、ファンクラブも解散。
「永遠のセンター」と呼ばれた人気アイドルは、一夜にしてすべてを失った。
裁判では、自分のしたことと向き合う日々が続いた。
泣いても。
叫んでも。
誰かのせいにしても。
失った信用は戻らなかった。
ある日。
面会室でゆめは、小さく呟いたという。
「全部手に入ると思ってた」
「でも、一番欲しかったものだけは最後まで手に入らなかった」
それは、奪って手に入るものではなかった。
誰かに愛されること。
誰かを幸せにすること。
その意味に気づいた時には、もう遅かった。
私はその話を聞いても、何も思わなかった。
復讐したいとも。
笑いたいとも。
ただ一つだけ、思った。
もう二度と、誰の人生も壊さないでほしい。
私は蒼を抱き上げる。
「ママ!」
その笑顔を見て、自然と笑みがこぼれる。
「帰ろうか」
「うん!」
夕日を背に、私たちは歩き出す。
失ったものは戻らない。
それでも。
これから増えていく幸せは、自分たちの手で守っていける。
私は空を見上げ、小さく微笑んだ。
「ただいま」
その言葉に応えるように、春風が優しく吹き抜けた。
──完──




