龍贄
寧寧を乗せた船の持ち主。海姥のような大女は鳴魚という名前だった。彼女は寧寧とは逆に生まれてから港から外の陸地に行ったことなく人生の大半を船の中で過ごしてきた海の民だった。それが彼女の宿命であったが彼女の心はある使命に燃えていた。それは海の民に伝わる龍の贄の言い伝えだった。
それは、龍がはるか昔に民と交わした契約の証で、石板と璧の二つを持つ少女が目の前に現れたら、龍が住まう巌閣島に連れて行くべしというものだった。しかしそこは困難が待ち受けていた・・・
「お頭! あの島は聆と幵の奴らが縄張り争いしているところです! そんなところに行くだなんて燃えているカマドから薪を抜くようなものですよ」
そういって鳴魚のところにやってきたのは舵を任された男だった。その男に鳴魚は砂糖の塊をあたえてから愚痴を言い始めた。
「それは分かっているさ! だいたいわしら海の民が崇めてきた聖なる島だったのに争っているからなあいつらは!
まあドサクサに紛れて聆の民が住んでいたから領地だと言っているのに、幵のやつらは海の民が一時的に服従していたからといって昔から領土だったのに盗んだなんて最近になって言い出すんだから、ようやるわよ! おかげでわしらの商売がしずらいなあ!」
「わかりやした。そしたら、こうしましょう。連中の見張り船が近づいてきたらそちらの娘を伝馬船に乗せましょう。その漕ぎ手は・・・まあ、くじ引きにしますの。そうそう、女好きははずしますので」
そういって舵を任されていた男は戻っていったが、寧寧はなぜそこまでするのか理由を知りたくなって、尋ねてみたすると鳴魚はこういった。
「それは海の民の掟だからさ。もし、この掟を守らない時は災いがくるというのさ。もっとも、あんたがあの島に行ったことで、この世は終わるかもしれんがな」
その言葉の意味を寧寧が知ったのは、龍に実際に会った時のことであった。