魔女のミステリー
二話目です。
警報
甲高いアラームの音が鳴り響いて、あたしはすき焼きに伸ばしていた手を思わずひっこめた。
「な、なに?」
「なんかあったんですかね」
後輩のマリアが心配そうにフロントの方を見た。ホテルマンが数人あわただしく受付から外に出ていった。
警報はしばらくして止まったが、フロントと同じ階にあるレストランで食事をしていた人たちの間に走った動揺は消えなかった。
その時、隣に座っていた白衣を着た男が急に立ち上がった。
「今は食べましょう。肉が煮えましたよ、そのままでは固くなりますから早く」
……東城って、鍋奉行だったんだ。
あたしたち「株式会社びっくり箱」の科学班と魔法班は、共同でサプライズの依頼を受けわざわざスキー場まで来ていた。時期が時期なもので、一般の客はもちろん高校生の集団も泊まり込みで訪れていてホテルはほとんど満室だった。
依頼してきたのはホテル側。夜のゲレンデでスキー好きのカップルがプロポーズするためのサプライズ企画を立ち上げたのだそうだ。寒い中ご苦労なことだ。
しかしこれはチャンスである。
もしこの企画がうまくいけば、「びっくり箱」はこのスキー場との契約が取れたことになる。サプライズの予約が入るたびに魔法や科学を利用してくれることになるのだ。
だから社長は今回の仕事にやけに張り切っていた。
「魔法班も科学班も、全力を尽くすように!」
あたしは内心、魔法班だけでいいのにと呟いていたけど。
サプライズを行うスキー場は山の上にあり、車で行けるのは途中まで。その先は雪道を歩いたり、リフトに乗らなければならない。
意外にもそのことに渋い顔をしたのは東城率いる科学班だった。
「機械や器具を背負って雪道を登るのですか?」
「ふん、それくらい運びなさいよ。男でしょ」
あたしは黒い魔女服の上にこれまたまっくろのコートを羽織り、箒を肩に担いだ。魔法班は箒で行って、科学班とは山の上にあるホテルで落ち合うことになっている。
「万が一落としたらどうするつもりですか」
「頑張りなさいよそれくらい」
じーっとあたしを見つめる東城。
細い銀フレームの眼鏡の奥から痛いくらいに伝わってくる思い。
あたしも負けじと瞳を見つめ返す。
除雪された駐車場での無言の攻防は激戦を極めた。息をすることすらも隙に思えるほど緊迫した空気の中、あたしたちはただひらすら見つめ合った。
そのうち周りにいる魔法班と科学班の後輩たちが「せんぱぁい、いいじゃないですかぁ」とか、「班長、そんなに無理強いしなくても……」と言い出して、
結局、あたしが折れた。
「いいわよ……魔法班が機材を運ぶ、でいい?」
「ありがとうございます。借り一つ、ですね」
ゲレンデの真正面に私たちが泊まるホテルはある。普通のホテルよりかは背が低いけど、外装はそこそこ新しい。一階の部分が一番広くなっていて、二つの大きさが違う長方形がくっついたような形の建物だった。
小さい方の長方形は最近できたばかりのレストランらしい。二階部分がなく、斜めの屋根が付いている。
本館は隣の大きい方の長方形で、フロントや客室はこちらだそうだ。
……というのはホテルのパンフレットを見て知っていた。今あたしはそれを上空から見ている。
昼前の山頂付近は晴れ渡っていて、絶好のスキー日和という感じだった。雪山にしては温かい気候な気がする。
ホテルの前に着陸すると、荷物を降ろして東城が到着するのを待つ。
どさどさ、という音がして、振り向くとレストランの上の屋根から雪が滑り落ちていた。一定のタイミングて少しずつ、でも大量の雪がぼたぼたと落ちていくのをぼんやりと眺めていたら、とんとんと肩を叩かれた。
振り返ったら誰もいなかった。正確には女の子が数名こちらを見ていたけど、全員知らないし彼女たちも屋根から落ちる雪に目を奪われているだけのようだった。
「ん? あれ?」
「……遅れてすみませんでした」
東城が雪の上にひっくり返っているというめったに見られないものを見れただけで、ここまで来た価値があると思った。
ホテルの支配人さんとの打ち合わせは夕方からだったので、それまでに昼食とチェックインを済ませる。私たちの他には学校の行事で来ている高校生が泊まっているらしい。
外から見た時よりレストランは広く感じた。レストランの一角が売店になっていて、看板に大きく「営業時間10:00~19:00」と書いてあった。
「あ、アイスがある」
後輩のマリが売店の入り口付近にあるアイスケースに反応した。こんなに寒いのに食べたいのだろうか。
「買うなら自腹だからね」
「食べるならお風呂上りがいいなあ」
「なら後にしたら?」
「そうですね、部屋に冷蔵庫があるかどうかわかりませんし」
結果的には、その時買わなくて正解だった。
部屋に冷蔵庫はついていなかった。本当に泊まれるだけの部屋で、トイレはあるがシャワーはなく、大浴場に行くように案内があった。
建物自体が四階建てで、あたしの部屋は三階。眺めは悪くない。窓から下を覗くと、雪がほとんど落ちたレストランの屋根が見えた。
遠くの方に見える山が真っ白で、雪がほとんど降らない地域に住んでいるあたしは少しずつ心がうきうきしているのを感じていた。
今回のサプライズも、きっと成功させてみせる。
支配人の高田さんは人の良いおじさんという感じだった。雰囲気的にはうちのパパと近いかも。
「遠いところをわざわざありがとうございました……ああでも、魔女さんは箒でひとっとびなんですかな?」
「ええまあ、あんまり遠くまで飛ぶと疲れるので、今日は下の駐車場から飛んできました」
「ほうほうほう! やはりあれですかな、箒で?」
何か細長いものを縦に握り横に振る仕草をする高田さん。
「え、ああ、そうです。箒です」
「ほうほうほう!」
目がキラキラしている。子供みたいな人だな。
なんとなく和んでいるあたしを押しのけるようにして東城が高田さんに話しかけた。
「今回のサプライズ企画、具体的にはどのようなものをご所望ですか?」
正確な身長はわからないけど、そこそこ長身の東城があたしと同じくらい(あたしはちなみに157センチ)の高田さんと向き合うと、自然と見下ろす状態になる。
さすがに依頼人を見下ろして話すのはまずいだろうと思って、椅子に座って話すことを提案した。東城はあんまりわかってない顔でわかりましたと言いレストランの方に歩いて行った。その後をちょこちょこと支配人が付いて行く。なんだかいろいろと逆な気がする。
今回のプロポーズ企画は、夜のゲレンデで動かないはずのリフトが一台だけ動いていて、それに乗って一番上まで行くと音楽が流れ始め、男性がプロポーズすると真っ白なゲレンデに二人を祝福する絵が浮かび上がり、花火が上がる、というもの。
やりすぎのような気もするが、今の人はこれくらい普通なのかもしれない。
ちなみにその後は二人がスノーバイクで帰ってくるという算段である。
……というのは、まあ、いいのだ。うん。いいよそれは。
「あのさあ! ほんとなんなの!? なめてるの?」
「それでは各自作業に入ってください」
「東条のばかーーーっ!」
あたしたち魔法班に任されたのは、観客の誘導、あとテント組み立て。
……納得できるわけがない。
「それでは、深夜零時までにここのスタッフさんにゲレンデを平らにしていただいて」
「ちょっと! 東城!」
「我々はその間に、ホテルの屋上にプロジェクションマッピングの機械を設置しておきます」
「ここまで連れてきておいて、何もさせないってどういうつもりよ!」
「花火に関しては専門家がおりますのでご安心を」
「それにしては人数が少なかないですかねぇ?」
「東城! 聞いてるの!?」
「セットさえしておけば、あとはコンピュータの操作で、好きなタイミングで上げられるようになっているんですよ」
「ほう! 現代の花火は進化してますなぁ」
「我々が待機するテントは彼女たちが張ってくれますので」
「彼女?」
「はい」
「さっきまでいた魔女さんですか?」
「さっき? ……あれ?」
「ふん、こうなったら私たちだけでやってやるんだから」
「やめましょうよう、せんぱあい」
「……本当に大丈夫なんですかね?」
二人の後輩を従えて、私はホテルを飛び出した。東城に見つかるようなへまはしない。
「うひゃ、さむっ」
文字通り、箒に乗って飛び上がったのだ。
上から見ると、本当にゲレンデの真正面にホテルがあるように見えた。
「うーん」
花火を上げるのはホテルの後ろからだから、ゲレンデの真ん中からならよく見えるだろう。
リフトは全部で三つ。一番上まで連れていってくれるものと、ちょうどその中間までと、初心者用になだらかな坂の上まで。最後のやつが一番短いみたいで、それにのってカップルはゲレンデの三分の一くらいを登るらしい。
「せんぱい、どうするんですか」
「……テントとか、張らなくていいんですか」
思わずため息をつく。この子たちはまだ何も知らない。その無知さが今は少し腹立たしい。
「あのね、テント張るのにどれくらい時間が必要だと思う?」
「ええと、全部で三つですから、三十分くらい?」
「……じゃあ、観客の誘導は?」
「人数にもよりますけど、ええと……」
「というか、本番直前じゃないとできないですよね、それ」
「そうよ。しかも……それ、魔法使えば一発じゃない」
二人ともあ、という顔。まったく。
「つまりほとんどなにもさせてもらえないってことよ! これじゃイベントスタッフのアルバイトと何も違わないじゃない!」
なにより、私が怒っているのは……
『私も、魔法の力を信じる一人なんですから』
「嘘ついてんじゃないわよーーーー!」
箒の上から叫んだ声は、彼に届いただろうか。
そのままぜいぜいと肩で息をしていたら、後輩が何かに気が付いたような声を出した。
「先輩、ちょっと見て下さい」
「ん、何よ」
後輩の視線の先では、同じスキーウェアに身を包んだ集団が次々にホテルの前に集まってきているところだった。先ほどの高校生達だろう。どうやらそろそろリフトが止まるらしい。
「あれ、まだ時間は大丈夫なはずなんだけど……。戻ってテント立てないとね」
「はい。そうですね」
すいーっと箒で下りていくと、集団の中の何人かがこちらを見て「魔女?」「すげぇ」と言っているのが聞こえた。この辺には魔女、少ないのかしら。
ホテルの中に戻ると、怖い顔で白衣を身にまとった長身の男が仁王立ちしていた。
「……ここでの責任者は私です。私の説明中に抜け出すとは、良い度胸ですね」
「それは科学班だけでしょ。魔法班の責任者は私よ。この大ウソつき」
数秒睨み合ったが、先に向こうが目をそらした。
「私がいつ嘘をついたのかわかりませんが、とりあえず早くテントを立ててください」
「……なにかあったの」
「今夜は吹雪くそうです。リハーサルを前倒しにしたいので、リフトの停止を早めてもらったんです」
それで、高校生も早めにホテルに引き上げていたのだ。ロビーにぞろぞろと入って来た彼らは、引率の先生らしき人の話を聞いている。夜間はホテルの外には出られなくなるから、部屋で大人しくしているようにと大きな声で説明をしている。その生徒たちの集団の後ろの方にいる女子生徒数名が売店のアイスを見ていた。さっきの後輩と言い、そんなにアイスっていいものかしら。
リハーサルは無事に終わった(テントは魔法で立ててやった。おかげで五分でできた)。
明日の本番までに確認事項はあれど、あとはもうほとんど自由時間みたいなものだった。
そしてその日の夜、不思議なことが起こったのだ。
「な、なに?」
「なんかあったんですかね」
晩御飯がすき焼きだと聞いて喜んでいたのもつかの間、ホテルは騒がしくなった。ロビーの方から鳴り響いていたアラームみたいな音は、その後すぐに止んだけど、さっきの高校生の引率の先生(仮)やらホテルのスタッフやらがばたばたとあわただしく階段を行ったり来たりしていた。その列の中から支配人さんがやってきて、動揺した様子で私たちの机の方へ走って来た。
「すみません、どういうわけかホテル二階の非常扉が開けられたらしくて、警報が鳴ってしまったようなんです」
「警報?」
「はい。このホテルでは夜間に非常扉が開けられると、全館にアラームが鳴るようになっているんです。警報が鳴ると、警備会社に自動的に連絡がいくようになっています」
東城が不思議そうに声を上げた。
「セキュリティがしっかりしているのは分かるんですが……どうして今?」
「ええそれが……二階に泊まっている誰かが開けたみたいで。それで、いま高校の先生方が……」
それだけ言うと、支配人さんはスタッフさんに呼ばれてどこかへ行ってしまった。
「誤作動、じゃないんですかねえ、」
後輩が呑気そうに言いかけるのを、東城がいや、と遮った。
「二階の扉が開けられたというだけで、二階に泊まっている誰かが開けたというのはおかしい。でもあの人は、『二階に泊まっている誰か』と言った。つまり、開けた人の目星はついているんじゃないでしょうか」
「二階に泊まってるのは……高校生だったわね」
「あ、だから先生が……」
東城が、食事が始まった時から手放そうとしない菜箸で肉を摘み上げあたしの皿に入れた。
「でも、どうして非常扉なんか……」
その話題はわりとすぐに流れた。ようやく東城の「好きに食べていい」というお許しが出たからだ。
夜。あたしは東城に、一階に呼び出されていた。お風呂上がりだから、備え付けの浴衣を着て、首からタオルを下げたままの姿で人に会うのは女子としてはアウトかもしれない。しばらくして姿を見せた東城は、相変わらず白衣だった。
「すみません、待たせました」
「いや、良いけどさ」
『本日の営業は終了しました』の看板がかかった、さっきまですき焼きをつついていたレストランで、向かい合って座る。同じ看板が売店にも掲げられていて、後輩はちゃんとアイスを買えただろうかと思う。
「話って何よ」
「ちょっと、気になることがありまして」
すると東城は、すい、と目をそらした。なにこれ、なんか……。
「え、なによ、」
「……その、勘違いしないで頂きたいのですが」
なにその上級ツンデレみたいな台詞。
「早く言ってよ」
「……では、お聞きしますが」
彼は何かを吹っ切るように、一息で言った。
「女性の、大浴場は今どなたが入ってらっしゃいますか?」
「……東城」
「……はい」
「……あのね、その……」
「……」
「……いや、人の趣味にとやかく言うつもりはないんだけ、」
「だから勘違いするなと言ったではないですか!」
わん、と響いた東城の声。こんなに大きな声出せるんだ。
「いやいやだって!」
「そうではありませんよだから私は単純に今どなたがというかどういった方が入っているのかを客観的に伺っているだけなのであってその人そのものに興味を持っているわけではないのです」
こんなに東城が早口なのも、初めてだ。
「え、え、ちょっとまってね、え?」
「落ち着いて下さい、小林さん」
「え、ええ、東城は、女子高生がタイプなの?」
「違う! 私は逆に……じゃない! そうじゃない!」
「だ、だだ誰にも言わないから」
「話を聞いて下さい! ……女子高生、高校生が入っているんですか?」
「ひえええええ、ちがうううう」
「どっちですか!」
「女子高生ですうううう」
「高校生は、何時から入浴というのは決まっているようでしたか?」
「え、ええ、ええと……たしか、八時からだったと思う……」
「……なるほど」
どうしよう。なんか考え込み始めた。
東城、女子高生が好きなんだ。若い子の方がそりゃいいけど、だけどそれってアリなのかな。どっちにしても覗きはまずいと思う。いくらパパでも覗き魔を雇うわけにはいかないんじゃないかな。いや、東城は優秀だし、大丈夫だとは思うけど、でも……。
「わかりました。小林さん、ちょっとお願いがあるんですが」
「大丈夫よ、東城。あたし、パパに掛け合ってみるから!」
「……?」
「あたしだってそんなことでライバルを失いたくはないし……」
「はぁ?」
「いいのよ、うん。……うん?」
なんか東城がぽかんとしている。今日は珍しいものをよく見るなあ。
「……あの、何を勘違いしているのかはわかりませんが、とりあえず、箒と魔法具、持ってきてください」
魔法とはプログラミングのようなものだ。
正確な呪文、それに対応した魔法具。使い手の発音や声の高さも、魔法の完成度に関わってくる。使いたい魔法の種類によって言語が異なり、あるいは音声ではなく文字であったり、魔法陣であったり。
たとえば、箒に乗りたいのであれば、『箒』を表す言葉と、『浮かぶ』『移動する』『曲がる』などの言葉を記号とともに組み合わせなければならない。もし一文字でも間違えれば、うまく作動しなかったり、浮かんでも進まなかったりする。
プログラミングと同じようなもの、と言ったのはあながち間違っていないのだ。
そしてこれらの動力はすべて魔法を使う人間の魔力から持っていかれる。
繊細なプログラミング、そして魔力の消費。
魔法を使うのは、精神力だけではなく体力も必要とされるのだ。
「……それで? 極寒に放り出して私に何を見てこいと?」
「屋根の上です」
「屋根?」
思わず天井を見上げる。少し黄みがかった白が目に入る。
「レストランの屋根? それともホテルの屋根?」
「レストランの屋根です。おそらく、窓の下にあると思うのですが」
生徒がホテルから出ないための見張りの先生の前を通って、私と東城は外に出た。
「浴衣で寒くないですか」
思わず脱力した。
「あのねえ、あたしは魔女なの。自分の周りを一定の温度にするくらい、できるの」
「……便利ですねえ」
これは初歩の魔法だし、魔法具もいらない。応用するとちょっと大変だけど。
「じゃあ、ちょっと見てくるわね」
「お願いします。おそらくあるはずです」
あたしは呪文を詠唱した。それを見た東城が不思議そうに聞いてくる。
「箒はいいんですか?」
「これ、だってそんなに高くないじゃない。箒に乗るまでもないわ」
そして、足にぐっと力をこめる。周りに少しだけ風が吹いて、それが足元に集まった瞬間、あたしは思い切り地面を蹴った。
「おー……」
「よい、しょっと」
斜めになっている屋根の上に無事着地すると、下にいる東城が控えめな拍手をした。
「なるほど、何も箒で飛ぶことはなかったんですね。ジャンプ力が増せばよかったのか」
と言って、なにやらぶつぶつと呟き始めた。
「窓の下って言ったわよね? ちょっと見てくる」
「なぜ風が……? 今の呪文は一体……」
考え込んでいる彼は放っておいて、吹雪の中、屋根の上を歩く。
今あたしが歩いているのはレストランの上。右側に壁があるけど、これは壁じゃなくてホテルなんだ。
壁に沿って歩くと、五メートル先くらいに窓があった。ほんのりと光って見えるのは、内側の障子から光が透けているからか。
そして、その窓の下に、「それ」はあった。
「ちゃんと説明してくれるのよね?」
再び、レストラン。今度は二人じゃなくて、ホテルの支配人さんもいらっしゃる。東城が呼んできてくださいと言ったからだ。
「お手数おかけしました。しかし、おかげで謎が解けました」
謎が解けた、だなんて、探偵みたい。
「ええと、私はどうして呼ばれたのかよくわかっていないんですが……」
支配人さんは残り少なくなった自分の髪の毛を優しく撫でた。どうやら癖らしい。
「今日の警報のことです」
それを聞くと、支配人さんはああ! と手を叩いた。
「そのことなんですが、扉を開けたという生徒は分かったのですが、『ためしに開けてみただけ』だと言っていたそうです。いや、ご迷惑をおかけして……」
「おそらく、そうではないでしょうね」
え? という顔で東城を見るおじさん。
「私にはもう、どうして彼女たちが非常扉を開けたのか、その理由がわかっています。が……」
「本当ですか!?」
「ど、どうしてよ!?」
「……あなたたちが、他に漏らさないと誓うのであれば、お話しましょう」
あなた「たち」というのは、つまり、あたしも入っているらしい。
「まず発端は、生徒たち……仮に、三人にしておきましょうか」
あたしの頭の中に、三人の女子生徒が浮かび上がる。
「彼女たちは、このスキー合宿に学校でやってきました。夜は早く寝なければならないし、朝は早い。疲れもあったでしょう」
東城はレストランの向かいの売店に目を向けた。
「彼女たちは売店でアイスを買うことにしました。高校単位で来ているわけですから、おそらくお菓子やジュースを買うのは禁止だったでしょう。先生がたの目をかいくぐって彼女たちは目的の物を手に入れました。しかし、買った物が悪かった」
「彼女たちは、何を……」
支配人さんの問いには、あたしが答えた。
「……アイス」
東城があたしの方を見た。そして、まるでできの悪い生徒に対して行う補習みたいにゆっくりと噛み砕いて説明しだした。
「そうです。彼女たちはアイスが食べたくて、そして購入した」
「……」
すっかり話が見えなくなったらしい支配人さんは、困ったようにあたしの顔を見た。
「……あのね、東城。確かに、あんたの言った通り、屋根の上にはこれがあったわ」
あたしは、屋根の上から持ってきたそれを机の上に置いた。
「……え? アイス?」
「そうです。彼女たちは、これをとりに行くために扉を開けたのです」
カップアイスが三つ。棒アイスが一つ。どれも溶け始めて柔らかくなっていた。
「どうしてそんなこと……」
「彼女たちの考えを追ってみると、こうです。
まず、彼女たちはどうしてもアイスが食べたい時間があった。それは、入浴後です」
「まって、なんでわざわざあったまった体をまた冷やすのよ」
東城はあたしを特に出来の悪い生徒を見る目で見た。
「小林さん、あなた、今温かいですか? 寒いですか?」
「え? ……ちょうどいいけど」
あたしは浴衣の上にいつもの黒いコートを着ていた。
すると、意外なことに支配人さんが驚いた声を出した。
「え? ちょうど? そんなコートを着ているのに?」
「え?」
軽く混乱していると、東城が細長い指をくるくるとまわした。
「ちょっと、魔法を解いて下さい。気温が一定になるっていうのを」
「え……ちょっと待ってね」
慌てて魔法を解除する。すると。
「え……、なにこれ」
ぶわわわわ、と頬が火照る。目が潤んできて、汗がにじむ。
「なにこれ……あっっっつい!!」
コートをばさりと投げ捨て、浴衣をまくり上げる。
「……やはり、あなたはホテルの中の設定温度が高くなっているのをしらなかったんですね」
「あ、なるほど。これはお風呂上りにアイス食べたくなるわ」
納得。
「それでは話を続けます。……お風呂上りにアイスを食べたかった彼女たちは、しかし、それが叶わないことを知ります」
すると東城は売店を指さした。
「彼女たちがお風呂に入れるのは夜の八時から。そして売店は、七時に閉まってしまいます。それまでにアイスを買うことが可能でも、部屋に冷蔵庫はありません」
話が進むにつれ、支配人の顔がこわばって来た。あたしも、もう答えが見えてきていた。
「まさか……」
「彼女たちは、どうにかしてアイスを冷やせやしないかと考えた。そして、雪の中に埋めることを思いついたのです」
「でも、どうして窓の外に?」
彼女たちの部屋の窓から、屋根に積もった雪の上に投げるのは簡単だが、そのあと回収ができない。
「昼間、あなたも見たでしょう。屋根の上の雪は、次の日には下に落ちるんです」
「……あ!」
ここに着いた時のことを思い出す。屋根からどさどさと雪が滑り落ちていた。雪国の建物の屋根は、自然とそうなるように斜めにされているというのをテレビで見たことがある。
「彼女たちは、今日の夜の間に雪の中にアイスを隠しておいて、明日の昼間に下に落ちた雪の中からアイスを取り出すつもりだったのです」
しかし、それは叶わなかった。
「ホテルの入り口には見張りの先生が居て、しかも彼女たちはそのことを知らなかった。おそらく夜間は吹雪くから外にでられないという話を聞いていなかったのでしょう」
引率の先生の話を聞かず、アイスケースを見ていた女子生徒を思い出す。そうか、あの子たちか。
「夜間に外に出られないということは、お風呂上りにアイスを回収することができないということですからね。彼女たちは焦ったでしょう。見つかれば売店でアイスを買ったこともばれてしまいます。なんとかして外に出て、明日の昼までに屋根の上のアイスを隠さなければ」
「そっか、それで……」
入り口以外に外に出られる場所を探す彼女たちの目に、非常扉が入ったのだとしたら。
支配人さんが反省するかのように溜息をついた。
「警備会社に連絡がいくなんて、考えもしなかったでしょうね。しかし、簡単に開く癖にすぐにアラームが鳴るようにしてしまっていたのも、なんだか申し訳ないなあ」
すると東城はあの、この前あたしに見せたような優しい目をして言った。
「ホテル側の責任ではないです。扉には、『開けたらアラームが鳴ります』とでも書けばいいでしょう」
「にしても、これ、どうしよう」
もはやどろどろに溶けたアイス。あたしは正直食べたくない。
「雪の中に隠すって言うのは名案だけどさ……」
「名案? まさか!」
今日はやけに大きい声出すのね、東城サン……。
「アイスを雪の中に隠しても、普通に溶けますよ」
「えっ!? なんで!?」
雪は冷たいし、凍りそうな気がしていた。
「かまくらの原理と同じです。温かいんです、雪の中は」
「……ああ」
簡単なことだった。らしい。
アイスの件は、支配人の判断で誰にも伝えられないことになった。
あたしはともかく、東城はそれでいいのかと聞くと、
「私は、どろどろに溶けたアイスが降ってきたら嫌だっただけなので」
だそうだ。いちいちカンに障るやつ。




