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お題【ある村の呪われた記憶】

「あ、こんにちは!」


 と手を振った僕に、イグぽんが「フレンドリーだな」と笑う。


「え、イグぽんのいとこでしょ? ほら、さっき紹介してもらった」


「違う違う。でも、狭い村だから、遡ったら親戚かもだけど」


「そっかぁ、似ているよなぁ」


「外から来た人、けっこうそう言うんだよね。棲んでいるうちらはあんまりそういう気はしないんだけれど」


 そう言ってイグぽんはにこにこと微笑んだ。その可愛い笑顔に見とれている自分にはっと気づき、僕は慌てて目をそらす。

 そう、僕らは別に付き合っているわけじゃない。

 人懐っこい彼女が、僕をここに連れてきてくれたのだって、ちょっと気が合うからってだけで、特に気があるとかではないのかもしれないし。

 それにここへ来るって話も最初は冗談だと思っていたし。


 最初に話が出たのは昨晩のこと。サークル合宿の最終夜、僕とイグぽんと先輩二人が夕食後の洗い物当番だった。

 先輩二人は大きな鍋を、僕らは小さな食器を洗っていて、その時、僕にしか聞こえないような声で、イグぽんがこんなこと言った。


「そういえばうちの実家、ここからそんな遠くないんだ」


「いいなぁ。僕は実家通いだし、どっちの祖父母もけっこうご近所だし、そういう田舎があるって境遇は羨ましいよ」


「じゃあ、来る?」


「ほんとに? 行く行く!」


 軽い気持ちでそう答えたら、イグぽんはクスっと笑って「他の人にはナイショだよ」って言うもんだから、なんだかついナイショにしていたら、今朝起きて解散前の部長挨拶の前に、こっそり集合場所を伝えてきて……そりゃ、嬉しかった。

 うちのサークル合宿は現地集合現地解散で、その前後に個人や仲良しグループで別旅をくっつける人たちも少なくないんだけど、僕は予定入ってなかったし……というか、女子と二人きりで行動ってこと自体初めてで、皆にはナイショってことも含めてすんごいドキドキしてた。


「あ、今度こそさっきのいとこさん?」


「ブッブー。外れですー」


 最寄りの駅からバスで一時間以上かかるという山奥な割には、けっこう若い人が多い。

 それもみんなイグぽんと同じくらい綺麗で。

 もうすぐお盆だから帰省しているのかな。

 そのあとも村の中や近所の山道を案内してもらい、緊張してたのもあって、体がとても疲れてしまった。


「ね、夕飯前に温泉でもどお?」


「イ、イイネ!」


 声が裏返りつつ返事した割には、妄想に反して当然のように一人湯だった。

 だよね。

 いきなり混浴とかそんな展開、エロマンガの中にしかないよね。

 ただ、この空が見える露天風呂はすごくいい。

 星が綺麗だし。

 暮れかけた空はその西側にだけまだうっすらと明るさがほんのり残っていて、そのグラデーションの中に砂をばらまいたみたいに星が無数に輝きはじめている。こんな景色、自分の身内の家からは到底見ることはできない。

 やっぱり旅行はいいな。


「ねぇー。着替えここに置いておくねー」


 ふと、イグぽんの声がした。


「は、ハイー!」


 また声が裏返ったところで、急に恥ずかしくなる。

 だって着替えって……さっき脱衣所で下着だって脱いできたんだよ。

 自分の下着をイグぽんが……いやいやいや。ちょっと待って……僕、興奮し過ぎなんじゃないの?

 慌てて温泉から出て脱衣所に向かおうとして、ちょっとだけ違和感を覚える。

 イグぽんの声が聞こえたのって、脱衣所とは違う方向のような。

 でも「ここに」って言ったってことは……とりあえずさっき脱衣所にした小屋に向かうと、ドアは開かない。

 カギがかかっている?

 でも全裸でウロウロするのもアレだし、仕方なく声がした方へと向かう。

 足の裏に石畳のひんやりとした感触を覚えながら少し歩くとこちらにも小屋があった。

 しかもその小屋からは、壁も天井もある廊下が奥へと延びていて、その向こうには少し大きな家が見える。

 うわぁ!

 なんか贅沢な温泉宿みたいじゃないか。

 さっき案内してくれた時はこんなのなかったと思うけど……まさかサプライズ?


 テンションが上がりまくって小屋に入ると、脱衣カゴがあり、浴衣と帯とが置いてあった。

 僕の下着は置いてない。

 自分の下着をイグぽんにどうこうされたかもな可能性は低くなってホッとしたものの、とりあえず浴衣を着てみて味わうこの心許なさ。スースー感がやばい。

 これじゃちょっとあぐらはかけないよね。


「着替えたー? 開けていい?」


 イグぽんの声がまた聞こえた。

 小屋の奥の通路からだ。こっちのドアは全部が木で出きている。取っ手もドアノブじゃなく角材みたいなのがついている。それを横にスライドさせるとギィィィと素朴な音を立ててドアが開いた。


「わ、イグぽん……」


「似合う?」


 僕が着ているのと同じような浴衣。

 しかも彼女も湯上がりのようで……うわー……これ股間がそうとうイケナイ感じになりそうで困った。僕がモジモジしていると、イグぽんは「来て」と、通路を進んで行ってしまう。

 少し前かがみになりながら、僕は彼女のあとを追いかけた。


 建物の中は、予想とは異なり「旅館」みたいな所とは明らかに違う造りになっていた。

 フスマもドアもない細い通路を何度も曲がり、迷路のアトラクションみたいだなと思っているうちに、一つの部屋へと着く。

 四畳半くらいの畳敷きの部屋。

 窓がないのは階段をいくつか降りたからだろうか。

 甘い香りが立ち込めていて、中央に二つ、お膳が用意されていた。僕とイグぽんのだろうか。それにしても、なんか凝った演出だよな。実はここ、隠れ有名宿とかだったりして。


「座って」


 うながされるままにお膳の前に座り、ご飯をいただいたのだけれど、浴衣の隙間から見えるイグぽんの肌とかがすごく気になって味はまったく覚えていない。

 というか、そのあともあんまり覚えていない。


 目が覚めると、僕の手足には何かがついていた。

 まだあの畳の部屋に居て、部屋の四隅から鎖のようなものが伸びていて、それぞれが僕の両手両足へとつながれている。

 四畳半に大の字。

 というか、状況が理解できない。

 サプライズだとしてもタチが悪い。

 鎖が外れないかガチャガチャやっていると、足音が近づいてきた。


「目、覚めた?」


 イグぽんに声が似ているけれど、もう少し大人っぽいっていうか色っぽい声。

 続けてゴトリと大きな音を立てて何かが外れる音。

 手足の錠前ではない……鍵? この部屋に? 板を引きずるような音がしたあと、足音と布のすれる音が部屋の中に入ってきた。そしておもむろに何か柔らかいものが僕の脚に触れる。これってもしかして……僕の体は勝手に反応する……けど……また甘い香りがたちこめてきて……妙に眠たくなってきて……。



 

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。

 最初のうちは叫んだり暴れたりしていたけれど、何も状況は変わらなかったし、手首や足首が痛くなると眠れなくなるので僕はおとなしくするようになった。

 時折食事が運ばれてきて、時折温泉のお湯で体を拭いてもらって、トイレの世話までされて、時折甘い香りに包まれて……そして僕はずっと監禁され続けた。


 そんなある日、イグぽんの声がした。


「ごめんね」


 本物のイグぽんの声だった。しかもあられもない格好をしている。


「……どうして?」


 僕が尋ねると、彼女は無造作に僕に触れた。

 でも、僕の心同様、体も萎えたまま。


「本当だ。全然元気ないね。もっとやる気のある人だと思ったんだけど」


 わけがわからないのと、彼女が冷たいのとで、僕の頬がじわりと熱くなる。


「あのね、まだ戦争していた頃のお話。ここの村は男手が全て戦争に取られたのね。そんな時、徴兵を逃れてここの村に逃げ込んできた人が居たのよ。村の女たちは戦争中、彼をかくまって……そして戦争が終わって戦死の通知が次々と届いたあと、この村の男は彼だけって状態になってしまったの」


 イグぽんは僕を優しく撫でながらしゃべり続けた。


「戦争が終わった後、彼はそれまでの恩を忘れて逃げようとしたのね。そりゃ、一人で全員の相手をするのは体がもたなかったろうし。でも、それじゃ村として困るわけよ。だから彼を逃がさないようにするしかなかったの。そしたらね、彼は協力してくれなくなっちゃって……しかもちょっと目を離した隙に自殺しちゃったのよ」


「村からまた男が居なくなっちゃって……仕方ないからまた連れてきたのね。今度は一人じゃなく何人も。ところが、しばらくするとその男たちが自殺しちゃうのよ。しかも、生まれてくるのも女ばかりで男は一人も生まれなくなっちゃって」


「だからまた連れてきて、そして自殺しちゃわないようになんとかするしかなくなってしまったの。もちろん、そうは言ってもそれは大変な労力よ。一度に囲える人数も多くはないし」


 イグぽんの顔が僕に近づく。僕の全身に暖かい柔らかさがしっとりと押し付けられる。


「ねぇ、思い出して。最初にこの部屋に来た時、とっても元気だったじゃない」


 ……そんなことはもう、覚えていない。


「だから……また頑張ってよ……嫌いじゃなかったら、連れてきたリしなかったんだから」


 いまさらそんな風に言われても……昔、彼女の一挙手一投足にドキドキしていた自分は、もうここには居ない。


「あなたが元気になってくれないと、取り換えるしかなくなっちゃうの。ね、お願い。そんなことしたくないのよ」


 イグぽんの唇が僕の唇に触れる。記憶にある限りでは、これが僕のファーストキスだ。それでも、悲しみと恐怖とに凍え切った僕の心は、もう温まってはくれなかった。




<終>

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