表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/138

お題【とまれ】

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 さっきから耳もとで小さく音が聞こえている。耳鳴りなんかじゃない、子どもの甲高い声。その声を聞きながら私は走っていた……この広い森の中を……どこへ。そう、どこへ行けばよいかも分からずに。


「あ゛あ゛あ……」


 あ、とまらなきゃ! 私はぐっと大地を踏みしめて立ち止まり、その場に動かぬよう構えて耐えた。


「ルムァザゴンダッ」


 息を殺してじっと待つ。背中をつたう汗ですら私を脅かそうとする罠に感じる……やがてまた声が始まる。


「だぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 いまのうちだ。私は必死に走り出す。足にまとわり付く下草を避けながら、道なき道をひた走って。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 そして、おもむろに目の前が開ける。今度こそ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」


 なんとか声が止まる前にやぶを抜けられた。すぐに立ち止まって、しゃがんだのは足がガクガクいってて動きそうだったから。両手も地面について身構える。


「ルムァザゴンダッ」


 息を殺して次の声が始まるのを待つ。こんなことをさっきから何十回繰り返しただろうか。


「だぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛」


 また始まった。でも私は動けなかった。視界に、すぐ目の前に、りっちゃんの足の裏が見えてしまったから。りっちゃんだけじゃない、としくんも、だいきも、みんな倒れたまんま。

 え、もう私だけ? 私が最後?


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 涙でにじんでぼやける両目をぐっと見開いて、私は辺りを見回す。この声、本当にどこから聞こえてくるのか。それが分からないと……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 立ち上がる気力もほとんど残ってない。だってどこに逃げても一緒だもん。どこへ逃げても、どんなにここからまっすぐ離れて行っても、必ずこの神社の境内へと戻ってきてしまう。本当にどうしたらいいの?


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」


 もう、どうでもよくなってきた。私も……みんなと同じようになっちゃったほうが楽になれるかも……。


「ルムァザゴンダッ」


 涙がどんどんあふれだす。誰かがアイツに触らないと帰れないのに。みんな捕まっちゃって私が最後なのに。私がみんなを助けないといけないのに。涙が止まらない……涙だけじゃなく喉の奥からふるえてくる。なんでこんなことしてるんだろう。誰か助けて。もう嫌だ。もう……「嫌だ」と叫びそうになった私の口を、誰かがおさえた。


「おねえちゃん、だめ」


 誰かの声が聞こえた。おねえちゃん? 私のこと? でも、見えない。あの声とは違う、可愛い女の子の声。


「わたしがみがわりになるから、そのあいだにみんなにタッチして」


「だぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ミヅゲタ」


 そのあいだにって、もしかして今?

 私は急いでりっちゃんの足に、それからだいきの手にもタッチした。としくんの所はちょっと遠いなって思ったとき、耳元で女の子の叫び声が聞こえた。


「ギョウワオジマイ」



  

「いちこちゃん! いちこちゃん!」


 私が目を覚ますと、りっちゃんが私をゆさぶっていた。私の横にはだいきもいた。


「あれ、私……」


「かくれんぼでさー、全然探しに来ないから見に来たら鬼なのに寝てたんだよ?」


「かくれんぼ? 鬼? 私……?」


「もう、いちこちゃんったら! じゃあ次は何する?」


「オレ、ドロケイがいい! ドロケイする人、このゆびとまれ!」


「……だいきってば、三人じゃドロケイにならないじゃない」


「あれ? だって昨日もドロケイしたよ……しなかったかな」


「だるまさんがころんだしてなかった?」


「うーん……そういやしてたような気がする」


 りっちゃんと、だいきの話を聞いていて、私の中に突然、ひとりの女の子の顔が浮かんだ。知らない子なのに、不思議なくらい懐かしくて、そして悲しくて、寂しくて。


「いちこちゃん、泣いてるの?」


「え、あ、ヘンだよね……ごめんね」


「ううん。あたしもさ、ここで遊んでいると急に悲しくなることあるんだ。理由は分からないけれど」


「なあ、今日はもう帰らねぇ?」


 私は涙を拭いて立ち上がる。私も帰ろう……でも、何か……忘れているような。


「いちこちゃん、なに探してるの?」


「わかんない。でも、なんかとっても大事なものだった気がする」


「明日、また探しに来たらいいじゃん」


「……そうだね」


「な、明日はやっぱりドロケイしたいから、ひろくん誘おうぜ」


「それ、賛成!」


 りっちゃんとだいきは盛り上がっているけれど、私は全然、そんな気持ちになれなかった。


「私、明日は来ない」


「どうして?」


 理由はうまく説明できないんだけれど、さっきまで思い出せていた女の子の顔が、急に思い出せなくなったから。

 ここではもう、大事なモノは二度と見つからない、そんな気がしてしまったから。




<終>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ