浴衣美人
星くず桜 Part2 浴衣美人
しかして
時計の針は無情に進み、あっと言う間にその日はやってきた。
ネクタイ締めなくていいのかとか、せめて襟つきのシャツくらい着ていったほうがいいんじゃないかとか、いろいろと気を揉む俺に、いつも通りでいいからと普段着のTシャツ姿のまま、俺は美紅の家に連れていかれた。
ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
俺はひとつ深呼吸をすると、ドアホンのボタンをプッシュした。
“はい、どちらさまですか”
女性の澄んだきれいな声が響いた。とりあえず、お父さんじゃなかったことに俺は内心感謝する。
「橘です、本日はお招きにあずかりまして・・・」
みなまで言い終わらぬうちに、きゃあぁぁー!とスピーカー越しに黄色い声が響いた。
な、なんなんだ
。
と思っていたら、門扉が開いた。自動なんだ、すごいな。
そして、格調の高い樫の扉が開くと、中から浴衣姿の若い女性が出てきた。
門扉から玄関までは10メートル以上離れているけど、それでもかなりの、いや、すごい美人なのははっきりわかる。
「どうぞー!」
女性は手招きしている。どうやら気さくな人らしいのに安心した。
玄関に招き入れられる。
ここも広くて豪華だ、こんなすごい家に住んでいる美紅が、よく俺の住んでる安アパートに来てくれるよな。
「いらっしゃい。待ってたのよ、美紅の彦星さん。あ、わたし、美紅の姉の朱里です」
美紅の彦星さんか、何か照れる。どうやら歓迎されているらしいのにひとまずほっとした。
それにしても、近くで見ると美紅の姉さんはつくづく美人だ。
白い牡丹をあしらった緋色の浴衣がとてもよく似合っていて、「あでやか」という言葉がぴったりだ。そこらのモデルよりもよほど美人だと思う。美紅の家って美人の家系なんだな。
先に立って歩きだした朱里さんのあとに続いて歩き出すと、隣の美紅にいきなり腕を引っ張られた。
「え、なに?」
「ダメだよ、蒼くん」
「なにが?」
「さっきおねえちゃんに見惚れてたでしょ。おねえちゃんには婚約者がいるんだから、好きになっちゃダメ!」
美紅は拗ねたような口調でそう言うと、俺を睨んだ。
か、可愛い。
確かに朱里さんは美人だけど、やっぱり俺にとっては美紅が世界で一番かわいい。
でも・・・。
俺はちょっと美紅をからかってみたくなった。
「へえ、じゃあ、婚約者がいなかったらお姉さん好きになってもいいわけ?」
「ダメ、絶対ダメ。てか、やだ。好きになんないで!」
美紅は涙目になっている、苛めすぎたかな。反省・・・。
「冗談だって。俺は美紅しか好きにならないから」
そっと美紅の耳元で囁くと、美紅は頬を染めて頷いた。
前を歩いていた朱里さんが足を止めた。
観音開きのドア、日本の一般家庭ではまず滅多にお目にかかれないほど立派なものだ。どうやらここがリビングらしい。
「どうぞ。あ、それから・・・」
朱里さんは俺のほうを見ていたずらっぽい口調で言った。
「仲がいいのはわかるけど、人をダシにいちゃつくのやめてくれる?」
「ど、どうもすみません・・・」
「いえいえ、ごちそうさま・・・」
朱里さんはくすくす笑っている。よかった、気を悪くしたわけじゃないらしい。
ふう・・・。
つい、ここがどこかということを忘れていた。
駄目だよな、俺。美紅の前だと他のことが目に入らなくなってしまう。
こんなことで、この状況を無事に乗り切れるんだろうか。
不安・・・。
。
アホですね、何をやってるんだか・・・




