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銃弾と祈りのシスター  作者: 猫じゃらし
第4章 次に目覚める者へ
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第27話 聖典騎士団の核心

 数日が経った。



 宿の一角に小さな文机があった。インク壺が1つ。羽ペンが2本。宿の主人が備え付けてあったものだった。クラリスはその前に座って、薄い紙に細かく文字を書いていた。セラは窓の近くに腰を下ろして、外を眺めていた。街の物売りの声が遠くで聞こえた。


 書きながら、クラリスは何度も止まった。


 書いた。消した。書き直した。


 情報を渡すための言葉と、情報を隠すための言葉は、かなり近いところにある。どちらも選んだ言葉だけが紙に残るという意味で。クラリッサの記憶が、帝国の貴族社会が使っていた暗号文の作法を静かに引いた。記号ではなく語順と助詞の組み合わせで意味を二重にする技法だった。100年前に父が使っていた。


 書き終えた。封をした。


 「少し外してきます」


 セラが振り向いた。クラリスはすでに立っていた。


 「ここで待っていてください」




 協力者の繋がりを使うのは初めてではなかった。


 帝国側で接触した人間が、王国にも繋がっていた。それは旅の途中で確認済みだった。その経路を今、使った。書簡を届ける先は直接ではない。3つの中継点を経て、最終的にヴィンセントのもとへ届く設計になっていた。


 中継の最初の場所は、街の東端にある薬師の店だった。店主は何も聞かなかった。封書を受け取って、棚の奥に入れた。それで終わりだった。


 街の通りに出た。


 石畳は同じだったが、曜日が違うのか露店の数が多かった。布地を売る声、香草を売る声、何かを焼く匂い。クラリスはその中を歩きながら、返答が届くまでの日数を頭の中で計算した。早くて4日。遅ければ1週間を超える。


 待つほかなかった。




 返答が届いたのは、6日後だった。


 同じ薬師の店に立ち寄ると、棚の奥から折り畳まれた紙が出てきた。封に特定の印が押されていた。クラリッサの記憶がその印を確認した。ヴィンセントの系列だった。


 宿に戻った。部屋の扉を閉めた。


 紙を広げた。


 読み始めて、少しして、クラリスの手が止まった。


 文字の一行目。「組織の頂点は人間ではない」。


 平叙文だった。断定だった。驚きではなく確認するように書かれた文字だった。ヴィンセントの家系が代々語り継いできた情報だというのが、その書き方から滲んでいた。長い年月をかけて何世代もかけてやっと届いた言葉を一文に圧縮したような、重さのある文字だった。


 続きを読んだ。


 「100年以上、同一の存在が組織を動かしている」


 「帝都の公文書には、その存在の痕跡が意図的に消されている」


 「我々の家系が語り継いできた禁忌の情報として、以上を伝える」


 4行だった。それ以上は書かれていなかった。


 クラリスは紙を二つに折った。


 目を閉じた。


 100年以上、同一の。


 その言葉を頭の中で一度動かした。動かしたまま、止めた。止まったまま、しばらく動かなかった。


 クラリッサの記憶が、100年前の帝国の宮廷を一瞬だけ引いた。侯爵家としての社交の場。正面に座っていた人間たちの顔。それがまだ生きているという事実が、記憶と現在の間で静かに繋がった。繋がったまま、クラリスは目を開けた。


 紙をシスター服の内側に収めた。


 窓の外。街の屋根が見えた。昼の光だった。




 同じ日の夕方、リードが部屋に来た。


 扉を3回叩いた後に開けた。クラリスは文机の前に戻っていた。セラは部屋の隅で何か小さな石を並べていた。遊んでいた、というより手持ちぶさたを処理している動作に見えた。


 「話があります」


 リードは入るなり言った。


 「王国軍の上層部から、確認の要請が来ました」


 クラリスは顔を上げた。


 「あなたに直接会いたいと言っています。鉄の聖女の噂が、上まで届いているようです」


 「どなたがそう言っているのですか?」


 「軍の副将格の人間です。私が橋渡しをすることになります」


 クラリスは返答の前に一拍置いた。リードが続けた。


 「危険ではないと思いますが、断る選択肢もあります。ただ、今後の動きを考えると」


 「会います」


 「……確認しますが、王国への協力を?」


 「会うだけです」


 リードが少し間を置いた。


 「分かりました」




 翌日、街の東側にある王国軍の詰所で、その人物と会った。


 副将格と聞いていたが、制服は地味だった。50代ほどの男だった。白髪が多く、目の細い人物だった。テーブルを挟んで向かいに座った。リードが横に立った。セラは詰所の外で待たせた。


 「噂は聞いている」と男は言った。「帝国の魔法使いを複数、止めたと」


 「過分に広まっているようですね」


 「そうは思わない」


 男はクラリスをしばらく見た。見る目に品定めの意図があったが、敵意はなかった。


 「王国に、与してもらえるか?」


 「私はシスターです」


 「シスターで答えているのか?」


 「はい」


 男はわずかに眉を動かした。クラリスは続けた。


 「私の目的と王国の利益が一致する場面では、動きます。ただ、与するという形では、お互いにとって誤解を生みます」


 「なぜ?」


 「私の動きは、王国のための動きではないからです。それを王国の手柄として扱われた時に、私は訂正できない立場になる。そうなる前に、明確にしておきたいと思いました」


 男はしばらく黙った。


 「正直な人間だ」


 それだけ言って、男は立ち上がった。握手は求めなかった。ただ、扉を出る前に一度だけ振り返った。


 「鉄の聖女。いい名前だ。本物かどうかは、これから分かる」


 扉が閉まった。


 リードが「……これで良かったんですか?」と言った。


 「良かったかどうかは分かりません」


 クラリスは窓の方を見た。


 「でも、嘘をついて始めるより良いと思います」




 詰所から宿に戻る道で、セラが隣を歩いた。


 石畳とは違う砂利の道だった。足音が少し変わった。セラが短い歩幅で歩いていた。


 少しして、セラが口を開いた。


 「クラリス様」


 「はい」


 「わたし、は」


 足が一度止まった。また歩き始めた。


 「役に立っていますか?」


 クラリスはセラを見た。セラは前を向いていた。亜麻色の髪に昼の光が当たっていた。緑の瞳は真っ直ぐ道を見ていたが、道を見ていない目だった。


 少しの間、クラリスも前を向いて歩いた。


 「セラ」


 「はい」


 「あなたがいなければ、わたしはここまで来られませんでした」


 セラが横を見た。クラリスは前を向いたままだった。


 返事はなかった。セラはまた前を向いた。歩幅が、少しだけ広くなった。


 その変化を、クラリスは見ていなかった。見ていたかもしれなかった。どちらでも同じだった。言葉は言葉として、もう外に出ていた。




 宿に戻ってから、地図を広げた。


 王都までの街道を確認した。今いる街から、3つの宿場を経由する。順調に行けば8日か9日の行程だった。街道の状態は——クラリッサの記憶が王国の道路事情を引いた。100年前より舗装が進んでいる区間があるはずだ、という判断が出た。実際の状態は歩いてみるまで分からないが。


 ヴィンセントからの情報を、もう一度頭の中で動かす。


 頂点は人間ではない。100年以上、同一の存在が。


 聖典騎士団の中核は王国内部にも根を張っている、という情報もそこに加わった。王都という場所が必要だった。動くなら、中核を見なければならない。見る前に外から動かしても、どこかで止まる。止まった先に、また次が来る。それを繰り返すことになる。


 地図をたたんだ。


 リードに話した。


 「王都へ移動します」


 リードは少し間があった後で頷いた。


 「準備は、明後日には整います」


 「ありがとうございます」



 出発の朝は曇りだった。


 荷物は少なかった。クラリスとセラはもともとそれほど持っていなかった。リードは馬を1頭用意していた。セラのために、と言った。セラは最初に断ろうとして、クラリスが「遠慮しなくていいです」と短く言うと、それ以上は何も言わなかった。


 街を出た。


 街道に入ると、建物が消えた。空が広くなった。草地と並木が続いた。王都までの街道は、思ったより整っていた。クラリッサの記憶の中の道路事情が、概ね正しかった。


 リードが少し後ろを歩いた。


 クラリスとセラが並んで歩いた。


 しばらくは何も言わなかった。足音と風の音と、馬の蹄の音だけがあった。


 セラが空を見上げた。


 「クラリス様」


 「はい」


 「空って、どこの国でも同じですね」


 クラリスは少しの間、空を見た。


 灰色の雲の端に光が滲んでいた。雲の切れ目から青が見えていた。帝国の空も、王国の空も、遮るものが何もない場所では同じ高さに見えた。


 「そうですね」


 それだけ答えた。


 胸元に懐中時計があった。シスター服の内側で、その重さが確かにあった。歩くたびに、ほんの少しだけ揺れた。

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