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真城くんはキューピット  作者: まれす
第1射 キューピッドの務め
3/4

第2話 人生初テニス

「ゲームカウント6-0。勝者、桐島」

「ありがとうございました」

「ハァ……ハァ……あっした……」


 肩で息をしながら、俺は大の字に倒れた。

 1ゲームすら取れなかった。が、不思議なことに悔しさは生まれてこない。気持ちいいぐらいに敗北を喫したからだろう。

 いや、ここはあえてあのセリフを言っておくべきか。俺は虚空に向かって、震える拳を突き上げた。


「俺はもう、二度と敗けねェから!!」

「いやぁ…流石に無理だと思うぞ?」


 すかさず、コートの脇から耀太鋭いツッコミが飛んできた。

「うっせ。人生で一度は言ってみたいだろうが」

「1ゲームすら取れてないクセによく言うよ!」

 外野で騒ぐ耀太を無視し、俺は再び地面に沈み込んだ。

 そもそも、どうしてこうなったのだろうか。それは1日前に遡る。


 ◇


「入部希望です」

 放課後のテニスコート。俺の言葉に、テニス部部長の緋田先輩は訝しげに眉をひそめた。そして、手元のバインダーを叩きながら口を開く。

「……じゃあまず、学年と名前を教えてくれるかな」

「2年、真城凪月です」

「身長体重は?」

「172の、58キロです」

「ひょろ長いっすね」

 先輩は値踏みするように俺の全身を見た。

「まあ、あまり運動って感じの体格じゃないけど……中学では何やってたの? スポーツとか」

「帰宅部です。でも、テニスの知識は完璧に入ってます」

「へぇ。……どんな戦型が好きなんすか?」

「そうですね……王道を征く、漫画系ですかね」

「漫画系?」

「『テニスのお嬢様』っていう軟式庭球の漫画を全巻読破しました。スプリットステップからジャックナイフまで、知識は完璧です」

「ふざけんな帰れ」


 即答だった。

 隣に立つ副部長の伊上龍真いがみ りょうま先輩も「まあ、ウチはキツいからな……」と苦笑している。

 だが、耀太のキューピッドを引き受けた以上、ターゲットである柚波と同じ空間に潜り込む必要があった。

 ここで引く訳には……。と、その時だった。


「待て待て緋田。やる気があるのはいいことじゃないか」

 追い出されそうになった俺を止めたのは、椅子に座って人懐っこい笑みを浮かべた、顧問の神田先生だった。

「よく聞け真城。お前の入部を認めよう。ただし、2週間、うちの基礎メニューを逃げずにこなすこと。そして、最後に2年の中で1番強い桐島と試合をして、1ゲームでもとる。それが条件だ。」

 こんな運動もろくに出来ない俺にチャンスを与えてくれる人が、耀太から「鬼畜テニス教官」だの「畜生神田」だのと呼ばれている男と同一人物だとは、にわかに信じ難い。

「ありがとうございます。やらせてください」

 俺は深く頭を下げた。不純な動機とはいえ、このチャンスは逃せない。

「よし、いい返事だ! じゃあ明日から、死ぬ気でついてこいよ!」


 ――そして迎えた、仮入部1日目の今日。

 神田先生の「まずはお前の今の実力を見せろ」という鶴の一声で、俺は急遽予備のユニフォームを用意してもらい、いきなり桐島と1戦交えることとなった。前言撤回する。やはりあの男は耀太の言う通り鬼畜だ。で、その結果が6-0という、桐島の蹂躙である。


 そして今に至る。

 2年生最強と揶揄される桐島謙吾きりしま けんごとの一戦を終えた俺は、もうクッタクタだった。このまま寝れるくらいには。

「よし、試合は終わったな!次、ランメニューだ! 外周15周!」

 大の字で現実逃避を決め込んでいた俺の耳に飛び込んできた地獄のような言葉。外周なんて1周するだけで息切れするのに、15周だって!?いやいやいやいや……流石に何かの冗談だろう。

 そう思ったのも束の間、緋田部長の容赦ない怒声が響き渡った。

「真城! お前は新入生扱いで逸見と耀太と一緒に走れ! 逸見、お前は教育係としてコイツが死なないように見ててやれ!」

「了解しました、部長」

 眼鏡をかけた真面目そうな部員が、淡々と頷く。どうやら本気で15周走るみたいだ。

「ほら凪月、立てって! 行くぞ。あ、そうだ。紹介してやるよ、コイツは同じ2年の逸見凌仁いつみ りひと! 1年の教育係を任されてる、うちの部の『歩く規律』だ!」

「紹介はいいから足を動かせ。兵藤、喋る余裕があるならペースを上げろ。真城もだ」

 凌仁は感情を排した声で言い放つと、正確なピッチで走り出した。

「厳しい奴だな」

「 そうなんだよ。ルールとかにうるさい風紀委員気取り。馬鹿みたいに真面目なんだよ!」

「全部聞こえてるが?お二人さんよぉ…」

「あ、まずい逃げろ!うっし凪月、走るぞ!」

 こうして俺らは凌仁から逃げるようにして、外周へ駆けて行った。



 だが、本当の地獄はそこからだった。

 試合で削られた体力では、走り始めて5周目で早くも肺が焼けるように熱くなった。10周目には足が鉛のように重くなり、一歩踏み出すごとに意識が遠のいていく。

「……ハァ……ハァ……死ぬ……無理……やだ……」

「凪月! 踏ん張れ! 楓華さんに俺たちの一生懸命な姿を見せるチャンスなんだよ!」

「……俺は、もう、無理だ……」

「ここで止まったら俺の好感度まで下がる! 死ぬ気で走れ!」

 ついに12周目。俺の膝がガクガクと震え、視界が完全にブラックアウトしかけた、その時。

「……倒れるな。ここで止まれば二度と立ち上がれなくなるぞ」

 左側から、凌仁が俺の脇の下をガシッと支えた。

「ほら、あと少しだ! 頑張れ凪月!」

 右側からは耀太が俺の腰を押し上げる。

「二人とも……離せ……やだ……」

「無駄口を叩く余裕があるなら、あと三周、その足を前に出せ」

 凌仁の冷静な、だが拒絶を許さない声が響く。

 俺は二人掛かりで引きずられるようにして、地獄の15周をどうにか完走したのだった。



 もはや屍だった。

 這うようにしてベンチへたどり着き、そのまま突っ伏す。

「……死ぬ……」

 息をするたびに肺が軋む。口の中は微かに血の味がした。


 グラグラと揺れる視界の中、頭上からふわりと、影が落ちた。

 汗と土埃の匂いしかしない空間に、不意に、甘い柑橘系のようなシャンプーの香りが混ざる。


「――キミ、大丈夫?」


 頭上から降ってきた明るい声に、俺はゆっくりと重い瞼を上げた。

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