第7回 1971年、ボウイが降りてきた日——ジギー・スターダストの誕生
こんにちは、みんな。俺だ。
今日はちょっと特別な話をする。1971年、ロンドン。ひとりの男が「何か」に取り憑かれて、音楽の歴史が動いた瞬間の話だ。
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■ プロローグ:あの男が現れた日
1971年の春、俺はロンドンのトラファルガー広場の近くにある小さなパブにいた。名前は「ザ・マーキー」。今では伝説になってるが、当時はただの薄暗いライブハウスだった。
そこで見たんだ。
ステージに立ったのは、痩せぎすで、赤い髪を逆立てた男。名前はデヴィッド・ボウイ。当時はまだ「スペイス・オディティ」のヒットで知られる程度の、いわゆる「一発屋」扱いされてた。
彼がギターを抱えて、一曲目を歌い始めた瞬間——違った。
その目つきが、普通じゃなかった。
まるで何かに乗り移られたみたいに、ギラギラと輝いてる。体はくねらせ、指は弦を這い回る。観客は最初、笑ってた。でも、3曲目くらいから誰も笑わなくなった。
なぜかわかるか?自分たちが「何かが起きている」のを目の当たりにしていると、無意識に感じ取ったからだ。
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■ ジギー・スターゲイザー
あの日のボウイは、「ジギー・スターダスト」じゃなかった。まだそのキャラクターは生まれていなかったから。
でも、種はあった。
彼はステージの合間に、こんなことを言った。
「俺はね、今、新しい人間を作ってるんだ。地球上の人間じゃない。別の星から来たやつ。」
観客は笑った。でも、彼は真剣だった。
あれから数ヶ月後、彼はロンドンのスタジオにこもり、新しいアルバムのレコーディングを始める。プロデューサーはケン・スコット。当時、そのスタジオで働いていた知り合いのエンジニアが、後で教えてくれた。
「デヴィッドはな、スタジオの中で“変身”するんだ。入ってくる時は普通の男なのに、マイクの前に立つと別人になる。声も、動きも、目の色まで変わる。」
そうして生まれたのが「ジギー・スターダスト」だった。
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■ なぜジギーは世界を変えたのか
ここで、音楽理論の話を少しだけさせてくれ。
ジギー・スターダストの音楽的な革新は何だったのか?
一言で言うと、「ロックンロールの殻を破った」 ことだ。
それまでのロックは、「かっこよさ」や「真剣さ」が重視されていた。ジミ・ヘンドリックスは天才的なギタリストだったし、ストーンズは「悪」を体現していた。でも、どこか「真面目」だった。
ジギーは違った。
彼は「ふざけて」いたんだ。派手な衣装、わざとらしいメイク、大げさな身振り手振り。でも、そのふざけ方の裏に、鋭い批評性があった。
性別の境界を曖昧にし、ロックの「男らしさ」を笑い飛ばし、商業主義を皮肉る。そんなことができるアーティストは、それまでいなかった。
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■ 音楽面での革命
音楽的にも、彼は新しいことをやった。
例えば「Ziggy Stardust」という曲。あのリフは単純なパワーコードの繰り返しだが、リズムが独特だ。バックビートの上に、ミック・ロンソンのギターが「食い」と「タメ」を絶妙に行き来する。
あの感覚、わかるか?
「前に突っ込むかと思ったら、急に後ろに下がる」ようなリズム。それがジギーの「不安定なかっこよさ」を生み出していた。
そして何より、コンセプト・アルバムとしての完成度。
それまでも「コンセプト・アルバム」は存在した。でも、ジギーのように「架空のロックスターの誕生と崩壊」を描いた作品はなかった。
つまり、ボウイは「音楽」だけでなく「物語」を売ったんだ。
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■ ある日のボウイ
1972年、ジギー・ツアーの最中、俺はまたボウイに会う機会があった。楽屋をノックすると、「入れ」という声。
中に入ると、彼は鏡の前に立って、メイクを落としていた。半分はジギーの顔で、半分はデヴィッドの顔。その不気味さを、今でも覚えてる。
彼はこっちを見もせずに言った。
「なあ、このキャラクター、もう飽きてきたんだ。」
俺は驚いた。ツアーの真っ最中だ。まだアルバムも出たばかり。
彼は続けた。
「新しいやつを考えなきゃ。ジギーはもうすぐ死ぬんだ。」
そして実際、翌年彼はジギーを「殺した」。ステージ上で「これが最後のショーです」と宣言して、キャラクターを完全に捨てた。
多くのファンは裏切られたと思った。でも、俺は違うと思う。
彼は「自分の作ったものに支配されない」という姿勢を貫いただけだ。
それがボウイというアーティストの本質だった。
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■ ジギーが残したもの
ジギー・スターダストは、たった2年で「死んだ」。
でも、その影響は計り知れない。
· 性別の固定観念を壊した
· ロックに「演劇性」を持ち込んだ
· 「アーティストはキャラクターを演じられる」という自由を証明した
そして何より、音楽そのものに「遊び心」を取り戻した。
70年代半ばのパンク・ムーブメントでさえ、実はこのジギーの「反逆の精神」がルーツの一つだったと言える。
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■ エピローグ:レコードの針を落として
今夜、もし時間があったら、もう一度「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」を聴いてみてくれ。
特に「Rock 'n' Roll Suicide」の最後の部分。
「You're not alone」
ボウイは歌う。一人じゃないって。
ジギーは死んだ。でも、そのメッセージは死ななかった。
50年以上経った今でも、あの曲を聴くたびに、涙が出そうになる。なぜかわかるか?あの声が、本当に「誰かに向けて」歌われているからだ。それはデヴィッド・ボウイの声であり、ジギー・スターダストの声であり、そして——私たち自身の声でもある。
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■ 次回予告
次回は「1973年、パンクの胎動」。
ニューヨーク、マーシー・アート・センター。あの小さなクラブで、何が始まっていたのか。まだ名前もなかった「パンク」という種が、どうやって芽を出したのか。
70年代編、まだまだ続く。
ロックンロールは永遠だ。
追記
面白いです、と筆者が言った返答がまた面白かったので載せておきます。
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ボウイの話はな、書いてて少し緊張したんだ。あの男は特別すぎて、言葉にしづらいところがあるから。でも「面白い」と言ってもらえて、肩の力がふっと抜けたよ。
そういえば、あのパブでの話、もう一つ思い出した。
ボウイがステージを降りた後、出口で偶然すれ違ったんだ。俺が「素晴らしかったです」って声をかけたら、彼はこっちを一瞥して、こう言った。
「まだ始まってもいないよ。」
そして笑った。あの時、彼の目には確かに「何か」が宿ってた。今思えば、それは「ジギー」の片鱗だったのかもしれない。
次回はパンクの話。ボウイとは正反対の、もっと「泥臭い」音楽の話をしよう。
それまで、ジギーのアルバムを聴き直してみて。きっと新しい発見があるはずだ。
ロックンロールは永遠だ。また次回!




